一月・4
「トーちゃん。トーちゃん大丈夫? 起きられる? お粥食べられそう?」
「おお、なんだか久しぶりに『ら抜き表現じゃ無い受動態』を聞いてる気がする……」
「よく分かんないけど、体起こせそう? お粥持ってきたよ!」
「ありがと」
玲華の声かけで目を覚まされ、夢現だった意識が徐々にハッキリしてきた。
誰の指示だか知らないが、座椅子まで下の部屋から持ってきてくれている。
「ずいぶんと気が利くな」
「まっちゃんさんが教えてくれたー。取り敢えず上半身だけ起こすよ。手伝っていい?」
「ああ」
言われるがままと言うか、為すがままと言うか、俺は玲華に両手を引っ張られキョンシーみたいになる。そこへすかさず座椅子を置かれたので尻の位置をずらし、何とか食事の体勢が取れた。
「意外と力あるよな玲華」
「ダテにギター担いでないよー。そんなことはいいからホラ、食べられるだけ食べてみて?」
「分かった」
家にあった鎌倉彫のお盆には、ノリを散らした玉子粥とネギ沢山のみそ汁、そして沢庵と伊達巻き、かまぼこなんかが載っていた。食欲は湧かないが完食はできそうな、絶妙な病人食である。
「悪いな、じゃあいただきます」
「はいどーぞ。あおちゃんさん謹製の入れ粥じゃよー」
では、と匙を手にしようとするが……ちくしょう、力が全く入らない。指が自分の物じゃ無いみたいだ。
「え、だ、だいじょーぶ?」
「ちょっと無理っぽい」
うーん、どうやら自分が思ってた以上に具合が悪いんかな。
「じゃあ食べさせてあげるよ、匙貸して?」
「いつもすまないねえ」
「トーちゃん、それは言わない約束だよ?」
ドリフのコントか。
(なんか余裕ありそうじゃない?)
(でも力が入らなくて辛そうではあるわね)
(せんぱいお顔もまっかです)
(別な意味で変色したんじゃないのかなぁ)
ふと部屋の扉を見れば、うっすら開いたそこには縦に4つの目があった。軽くホラー。
しかしつっこむ気力も無く、玲華に「ハイあーん♡」されながら、黙々と食べ物を咀嚼していく。
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無事完食した後、さっき持ってきて貰った風邪薬をいくつか選び、水で服薬した。
リンコデ(※リン酸コデイン散)とカマ(※重質酸化マグネシウム)、そして何よりアスピリンがあるのは助かった。特にアスピリン、これは飲むとグッスリ眠ってしまうので、今日はもう全員に帰って貰う良い口実になりそうだ。
それにしても、汗を大量にかいているせいか、尿意が全く無いのが救いと言えば救いか。
む、汗と言えば。
「玲華、悪い」
「んー、なにー?」
「汗をかいた下着とパジャマを着替えたいんだが、手伝って貰えるか?」
「ヒュッ」
なんだ今の音……、音?
「ち、ちょーっと待ってて! いま相談してくるから!」
誰に何をだ。
「いや、そこのタンスに入ってるから。二段目な。あと背中にタオルを一枚入れて欲しい」
「あわわわ」
一体どうした……。あ、いけね。
医療事務員を辞めて介護福祉士の資格を取った後、仕事で全身清拭や洗体、体位交換、挙げ句オムツ交換だのを当たり前にやってたせいか。
はたまた急性胆嚢炎で入院した際に、身の回りの世話を看護実習生アンド元嫁にやってもらっていたせいか。
俺は他人に自分の体を晒したり触らせることに、全く抵抗がなくなっていたのである。
よくよく考えてみれば、相手は女子中学生。
同年代の、しかも恋愛感情ありありな男子相手には、ちょっと酷な申し出だったかも知れん。
「あ、いや、すまない。自分でやるから取り出して渡してくれるか?」
「うっ、うん、じゃあ……」
「ちょっと待ったぁーっ!」
もの凄い勢いで部屋の扉が開け放たれた。




