四月・3
始業式。
今年は青野や松元から事前に聞いてしまっていたので、特に感動も何も無いものだったが、それでも新学年、新学期、新しい教室、新しい机、そしてクラス替えにはちょっとだけワクワクした。全部楽しみだったとも言う。
うん、俺ってば分かりやすいな。
新しい教室は2年A組だった。
女子は特に代わり映えがなく……と言っても当然か。何せ一学年で60人のド田舎校、他の小学校からの編入はあり得ず、同じクラスになったことのないヤツは、唯の一人もいないのだ。
ちょっと視線を彷徨わせると、松元と青野がこっちを見て軽く手を振ってきた。そういえば君たち仲良かったよね。
笑顔だけで返事をしたら、二人もニッコリと笑ってくれた。あー甘酸っぱい、一体どこのリア充だよ。
その近くには山口がいた。生前(?)一緒に食事をした記憶が、今ではなんだか懐かしい。改めて見ると流石に若いな、と言うかこんなに幼い印象だったっけ?
やや色素が薄く、茶髪にも見えるショートボブ。教室に必ず一人いるピアノ女子である。
こっちに気づくと、軽く頷くだけの挨拶をしてくれた。俺も同じように返す。
他には誰がいるのかなーっと視線を移動させた瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
うん、一人問題児がいるぞ、三居のヤツだ。
三居はちょっと感情のコントロールが効きにくいだけの普通の男子だが、俺はしっかり覚えていた。
何故そうするまでに至ったかの経緯が未だに全く不明だが、三居は後に同級生相手に、流血沙汰の「事件」を起こしたヤツなのだ。
被害者は多部君、俺と一緒の高校に上がった友達だ。小柄で愛嬌のあるヤツなので、そんな派手なケンカに巻き込まれる要因は皆無のハズである。
あの事件はいつだったっけな、ちょっと気にかけておこう。
と。
「はいみんな、速やかに講堂へ移動してねー」
パンパンと手を打ち、神野先生が教室に入ってきた。うわーお、懐かしい。
確かこの頃の神野先生って36歳ぐらいだったんだよな。元オッサンの俺からしたら完全に年下だよ。
教科は社会、厳しさもひょうきんさもある面白い先生だ。
「今日から新しく赴任される先生が何人かいるから、みんな行儀良くして、この中学校に来て良かったなーって思わせてあげてね?」
「え、それって今日だけはって意味ですかー?」
誰かがふざけて答え、教室内がどっとわく。
「ほーらバカ言ってないで、さっさと移動してちょうだーい」
「「はーい」」
色々あった中学時代だったが、今はぐっと飲み込んでみる。まぁせっかく第二の人生の門出なんだ、そうカリカリしても仕方ないだろう。
講堂へ移動するその最中、俺は一度肩を上げ、ため息とともにそっと落とした。
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……校長の話が長いのは、ひょっとしなくても全国共通お米券? うん、流石に長すぎて脳が震えた。自分の指ぐらいかじりそうな、強烈な眠気がやってきたぞ。
幸い講堂の床に座った状態なので、貧血で倒れるような定例イベントは発生しないものの、そろそろ暇をもて余した生徒の中から、コッソリ隣の生徒と内緒話を始めるヤツも出る頃合いではある。
そんな雑然とした空間の中。
「ね、あそこに並んでるのって新任の先生だよね?」
山口、おまえもか……。まぁ退屈なのは確かだし、ちょっとばかり乗ってやろう。
「今年は多いのな、三人もいるぞ」
「だね、所であの一番右にいる女の先生さぁ」
「ん?」
「音楽の担当だって」
「ひょっとしなくても神野先生情報?」
「そ」
色々と漏洩しちゃってますな、責任者出てこーい!
とは言え今は昭和なのである。プライバシー云々で騒ぎ立てるヤツはまだおらず、電話帳には契約者名がフルネームで書かれているし、雑誌を見れば『文通希望』の文字の下、全国津々浦々の個人情報が、郵便番号付き住所でまるっと掲載されていた時代なのだった。
悪用するバカさえいなければ、個人情報なんてただの紙切れなんだよな、わかってるかクソ業者ども。
平成すらジャンプした時代からやってきた、これはオッサンの怒り。
おかげで当時のバイト先だった塾では、生徒の連絡先ですら担当講師は把握できないのであった。寒い時代だと思わんか?
「何ブツブツ言ってるの?」
「ちょいと現役塾講師から怒りのメッセージを受信してた」
「んん?」
「なんでも無いから前向いてろよ、見つかったら面倒だぞ」
「そうだね、でもキレイな先生だよねー」
「それには同感だ」
音楽教師の度会先生、これが初めての教師生活。
新卒ということは現在22歳。つまり俺からしたら自分の子供より若いのだ、そりゃピッチピチで赤道小町ドキッな君に胸キュンキュンですわ。
黙れ俺の脳細胞。
「えーと、初川君?」
「今度は何」
「やっぱり初川君も、ああいった美人の先生は好きだったり?」
ちょっとからかう風で上目遣いとか、おまえ結構あざといのな。
「一度も会話したことない相手に、一体どんな感情を抱けというのか」
「客観的に」
そうは言うがな山口、俺は未来から転移してきた身なのだよ。どんな先生だったか既に知ってしまっているので客観的な判断はもとより、主観的な評価も割愛させて頂きたく存じ上げ候。
だがあえて言おう。
「好ましい外見ではあるが、ぶっちゃけそれだけだな」
「へー、なんか意外」
「なんでさ」
「初川君て年上の女性が好きそうだから」
「俺ってそんな風に見えるのか?」
「だって同年代の女子とは深く関わろうとしないじゃない?」
たかが中学生同士、どんな深い関わり方があるというんだ。金八先生か? 15歳の母親か? おとーさん不純異性交遊は許しませんよ!
「逆だ逆。いとこに年下の女の子が多すぎて、年上・同年代ともに接し方がわからないんだよ」
「そ、そうなんだ、ふぅーん」
「だから山口みたいに、男女の垣根無く会話できるヤツの方が、メッチャ好みだったりする」
青野や松元みたいに、それほど気を遣わなくてもいいって意味でな。
……。
………。
…………あっ。
ピンポンパンポーン♪
しまった大湿原、もとい大失言ダヨ! 全員集合ー!
「はっ、初川君、ボクにはまだそういうのは、ちょっと早い気がする……ッ」
「お、おう、正直スマンかった」
体育座りの膝の間に、山口は顔を隠してしまった。耳とうなじが真っ赤である。
アルコール消毒で過敏反応しちゃった皮膚みたいだなと、視線を外しながらふと思った。やれやれ、冷えるまでほっとくしかないか。
あー、ちょっとだけ弁解するとだな。
既婚のオッサンは「好き」って言葉を発するのに、割と躊躇しないものなのだよ。
何せ時々囁いておかないと、晩ご飯のおかずがやたらと貧相になるからな。
これはリップサービスの一環なのだ。決してセクハラなどではない、ないったらない。
しかしうむ、この無遠慮さは意識的に直す努力をしないと、後々大変なことになる気がする。
と言うか山口よ、今思い出したけど、君ってこの頃は「ボクっ娘」だったっけ。あざとさが五割増しぐらいになったぞオイ。
「……ばーか」
「お前な……、あー、今は聞こえないフリしといてやるよ」
校長の長話が終わるまで、俺と山口も口にチャックを決め込んだ。
これが今の二人の心地よい距離感、それそのものなのだろう。
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ガタガタと講堂内に音が響く。
始業式の終わったこの場所は、明日新入生の入学式に使われるのだ。
男子は全員でパイプ椅子の用意、女子は各種飾り付けに駆り出されていた。
新任教師も初めての職場であり、ベテラン教師陣からあれこれと指図され、生徒に混じって生真面目に動いていた。
これで何脚目かの椅子を展開し並べていると、たまたま側にいた関先生から呼ばれた。
「初川ー、悪いがアッチの女子の飾り付けを手伝ってやってくれないか?」
「はい、何をすればいいんですか?」
「あそこのキャットウォークに上がって、下から上がってくる飾りを取りつけて欲しいんだ」
「わかりました」
その程度ならお安いご用だ、正直パイプ椅子の運搬にはウンザリしてた所だし。
向かった先で近所に住む三年の先輩女子を見つけ、関から頼まれたと伝えると、早速キャットウォークに上がっていった。
上から見下ろして気がついたが、度会先生もここにいたのか。うわー、こう見ると結構小柄だったんだな。なんで当時は「先生」っていうだけで、大きな存在だと認識してたんだろう。
それはともかく飾り付けのペーパーフラワーを預かり、指示される箇所へテープで固定。それを何カ所かやった所でこの仕事は終わりになった。
なんだ随分呆気なかったな、などと余計なことを思いつつ、梯子を下りる時に「それ」は起きた。
足を滑らせた俺が勢い余ってそのまま落下。とは言え高さは2m程度だったので、両足同時について踏ん張ればどうにかなるハズだった。
所が、予想落下地点に人がいた。
「ちょ」
ええいやむを得ん、パルクールなんてやったこと無いんだけどな!
ぶつかる瞬間に軽くホールド、そのまま咄嗟に向きを変え、引き倒す様にした上で相手もろとも転がった。ちなみに俺が下である。
流石に女性を下にするのは絵面的にもマズイだろうし、……ってなんだこれ、温かくてモチモチでフワフワしてていい匂いなんだけど、明らかにこれ香水の匂いだし、視界が遮られて息も苦しいこの状況。
「きっ……」
あ、これはやらかした。たぶん柑橘系な妹を持つ兄と同じ、ラッキースケベの発動だ。いや呼吸が止まってるから正直アンラッキーなんだけど苦しい助けて早くどいて。
多分この直後に黄色い声で「キャー、のび太さんのエッチ!」とか絶叫され、これからの二年間はエロ魔神とか仇名をつけられ彼女も出来ず、またもや女性不信になって最終的にトラックにはねられるんだよチクショウメー!
閣下は大層お怒りです。
─────所が。
「君っ、大丈夫!?」
おや? 予想していた内容と違うな。
呑気な思考の俺の上から慌てた様子で声を掛けたのは、例の度会先生だった。
「あ、大丈夫です。先生こそお怪我ありませんでしたか?」
「ビックリしたけど私は平気。それより君の方が、ええと、頭を打ったりしてない?」
「ご心配には及びません。それよりも」
「え?」
「ちょっと恥ずかしいので、離れて頂けるとありがたいのですが」
「あっ、えーとその」
「はい?」
「だ、だったらまず、私から手を離してちょうだい!」
初川氏痛恨のミス! 巻き込む際に伸ばした手は、未だに先生をシッカリ抱きしめていた。
そうそう、相手が頭を打ったりしないようにと咄嗟に判断した結果、俺は先生の腰と後頭部に手を回していたんだった。通りで顔が近い訳だよ。
手を解いた瞬間、慌てて立ち上がる新任女教師。離れていく温もりがちょっと惜しい。
「二人とも大丈夫かー!」
そんなドキがムネムネの状態を打破すべく、遠くの方から関先生の声が飛んできた。
緊張が解けたからか、赤くなる度会先生の頬とは対照的に、血の気の引いた俺の顔は真っ青になっていった。なんでかって?
これから楽しいお説教タイムの始まりだからさっ。がっでむ。
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あの後。
一応保険医の先生にも診てもらったが、身体のどこにもアザや痛みはなし。幸い頭も打っておらず、早めに作業に復帰して、後はホームルームのみで解散。
ちなみに度会先生がかばってくれたお陰か、関からは「今後は注意するように」との比較的短いお説教のみで、さっきの事故は不問となった。
「あー……」
放課後の駐輪場で、俺は盛大にため息をつく。なんだか今日はどっと疲れた。
真新しい教科書をドッサリ渡されたのもそうだし、これを家まで持って帰らなきゃいけないってのもあるけど。この疲労の最大の要因は、教室に戻ってからの鬱陶しさにあった。
特にウザかったのは、この年頃の男子中学生どもだ。
美人の先生を押し倒したとからかわれ、まぁ事実だしなと反撃もせずに黙っていたら、青野と松元が割って入り色々と弁護してくれた。サンキュー君たち、大好きだ。
と、色々あった一日を振り返って、改めてうんざりしていると。
カシュルルルルル、カシュン、カシュルルルルルルルルルルルルル
ペロッ、これは「車のセルモーターは回るのに、エンジンがかからない音」ッ!
いやふざけてる場合じゃ無く、これ続けてるとエンジンが痛むばかりか、最悪バッテリーが空になって、セルモーター自体が回らなくなるぞ?
駐輪場から押し歩いていた轟天号を近くに駐め、俺は大急ぎでそのクルマに近づいていった。
近くで見てビックリ、そこにあったのは古ーいカローラなのでした。この型は懐かしいなー、丸目二灯のヤツだ。
この頃のクルマ特有のガサツなエンジン音も好きなんだよねーとか、今は関係無いから置いとくとして、俺は大慌てで運転席の窓をノックした。
「先生! ストップストーップ!」
「ふぇ?」
やや涙目でこっちを見上げたのは、今日よくよく縁のある度会先生だった。
「エンジン壊れますから! 一旦止めてくださーい!」
「えっ、あっはい」
カシュン。
セルモーターが力なく停止した。うわヤバいな、バッテリー大丈夫か?
エンジンキーもそのままに先生が窓を下げる。当たり前だが手回し式だ。
「あれっ、えとえと、初川君?」
「そうです、私が初川です。それでこれ、どんな状況なんですか?」
「ええと、初川君って機械とかに詳しい人なの?」
そりゃ中身はオッサンですし、簡単なメンテなら自分でやってましたので、とは流石に言えない。
「ええまぁ、親父が車好きなので、それなりには」
言うと先生はクルマから降りてきた。
「じゃあ悪いんだけど、どこがおかしいのか見てもらえるかしら?」
「はぁ、じゃちょっと運転席にお邪魔します」
さて確認。
当然だがギアはニュートラル。
バッテリーはさっきの様子ならまだなんとか大丈夫なハズだし、昔の車なのでクラッチペダルを踏まないとエンジンがかからないとか、ふざけた機能もついてない。
あと考えられるのはチョークなんだけど、……ん? んん?
「……先生、チョークボタンはご存じですよね?」
「とっ、当然じゃない! 流石にそれぐらいは知ってるわよ!」
「それは失礼しました。ちなみに今朝も同じように?」
「ええ、チョークを引っ張ってエンジンをかけたわ。だからこうして出勤できてるじゃない」
「なるほど」
ドヤり顔がちょっと幼くて可愛い。先月まで女子大生やってたんだから当然か。
だが俺は告げなくてはならない、この残酷な真実を。
「えーと、大変申し上げにくいのですが」
「何?」
「エンジンがかかって暖機も十分済んだ後、チョークボタンは戻しました?」
「へ?」
「ボタンを戻さず、そのまま学校まで走りませんでしたか?」
「あ、……ううっ、えーと」
さっきの威勢はどこへやら、視線が左右にスイミング。いやいや、暖まってきたエンジンってかなりの回転数になるんだし、気がつかないハズないんだけどな?
「ひょっとしなくても、今朝は遅刻ギリギリだったとか?」
「うぐっ」
「で、チョーク戻して回転数を下げる時間も惜しんで走ってきたと」
「……」
「走っちゃったんですね?」
「……はい、走りました」
正直でよろしい。原因はプラグかぶりですね、分かります。
急ぎ職員室に行き紙ヤスリを分けてもらう間、度会先生には車のトランクを漁って頂いた。
無事見つかった車載工具の中からプラグレンチを取り出し、次は外したプラグの電極部分を、丁寧に紙ヤスリで磨きあげる。
幸いプラグ取り付け後、エンジンは一発でかかったものの。元女子大生の威厳はすっかり地に落ちたっぽい。
運転席に収まった先生がハンドルを握りしめ、何やらぶつぶつ呟いていた。
「いい年をした大人が教え子に、それも中学生に助けて貰うなんて……恥ずかしい。でもこのままって訳にもいかないわね、だったらいっそ……」
「くっころ?」
「え?」
すいませんなんでもありません。
「ええとあのですね、これはただのお節介ですが」
「何かしら」
「プラグは全部新品に交換した方がいいと思います。電極部分が少しばかり融けかかってました」
「はい」
「ついでにエンジンオイルも見たんですが真っ黒でした。量も最低ラインギリギリでしたし、これも継ぎ足しじゃなく一度全部抜いて、新しいのを規定値まで入れ直して下さい、出来れば早急に」
「はい……」
「それとバッテリーも補充液を足して充電を、……って先生、大丈夫ですか?」
「うーっ」
あちゃー、すっかり涙目になっちゃってる。ちょっと色々と追い込みすぎたか。まぁ別に責任追及したい訳じゃ無いしな。
「ちなみのこの車、誰かから譲って貰ったとか?」
「なんで分かるの!?」
先生驚愕。いやだって、明らかにこの時代からしても古いんだもの。新車では無く中古車だってはっきり分かんだね。
それに室内が若干タバコ臭かった。講堂での顛末の際に、思いきりクンカクンカスーハースーハーしてしまったが、度会先生自身は喫煙者では無いと言える。となると、わざわざタバコの匂いがする中古車を選ぶとは思えない。
ならば身内か親戚、若しくは知人辺りに譲渡して貰った、と考えるのが自然だ。
「……元はお父さんのだったの」
「なるほど」
この頃は車を持つこと、イコール簡単なメンテは自分でやるのが普通だった。
免許取り立ての女性だってオイルぐらいは確認し、パンクをすればジャッキを操作、自力でスペアタイヤに交換もしたものなのだ。
その分、車検以外の定期点検などは疎かになりがちであり、ましてやディーラーに高いカネを落とすなんて無知なヤツのやることだ、なんて風潮でもあった。
しかしまぁ、そんなメンテ不足の車だって、親から貰った物ならしょうが無い。
「じゃあ僕はこれで失礼します」
「えっ、でもそんな訳には」
先生は俺のオイル塗れの手を見て、申し訳なさそうな表情だった。
「あ、僕は全然気にしてませんよ、アルコールで洗えば簡単に落ちますし」
家に帰ったら親父の焼酎をちょっとばかりくすねよう。お酒ってすごい! そう思う吉宗であった。
「そっ、それじゃ私の気が収まらないのよ、分かるかしら?」
「律儀な方ですね先生は、こんなの外れた自転車のチェーンをはめてあげるのと同じですよ」
「そ、そうかなぁ?」
これじゃ埒があかないな。仕方ない、某特車二課の隊長さんの金言を拝借するとしよう。
「じゃあこの借りはいずれ、精神的にお返し下さい」
「ほえ? 精神的?」
「そうです。僕も講堂では先生にお怪我をさせる所でしたし、本当ならおあいこってことにしたいんですが、まぁ妥協点と言うか折衷案と言うか」
そこで先生の肩がふるふると震えだした。え、何それ。俺ひょっとして笑われてる?
「初……川君」
「はい?」
「先生、中学生男子を少々侮ってました」
「はぁ」
「なので今後は初川君のこと、徹底的に特別扱いします」
「 」
「率直に言えば、すっかり気に入ってしまったということです。いいですね? これは決定事項ですよ」
うっすらと口角だけを持ち上げ、イタズラっぽく先生が笑う。そこにはお堅い成人女性の姿は無く、年相応の可愛らしい女の子の姿があった。
いやいやいや、くれぐれも自重しろよ中身オッサン中学生。
「え、えーと、光栄に存じます?」
そしてどちらからともなく吹き出した。
本日、四月初旬、始業式当日。
ホンワカした気分になったのは、どうやら満開の桜だけではない様である。
あっ、なんかポイント? がついてる。
評価頂きましてありがとうございます。