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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
61/71

十二月・10

 ─────そろそろいいだろうか? そう思っていたら、上の階から声がした。


「も、もういーよー」


 かくれんぼかよ……。

 ツッコミを入れたいのをグッと堪え、俺は靴を脱いで階段を上がっていった。

 見れば突き当たりの部屋の前で、玲華が手招きしている。


「な、何もない所ですがっ」


 そして一歩踏み込んだ先は……、なんと言うか、これ以上「玲華らしい部屋はない」と思える空間だった。


 ベッドとクローゼットはまぁ当然あるとして、壁にはエレキが2本、床にはスタンドに載っているベース(このあいだのグレちゃんだ)が1本と、ローテーブルが一つに座布団代わりのクッションが二つ。

 ……ベッド上の「Yes, No枕」は、この際見なかったことにする。


 視点を変えると、壁際の本棚には大量の音楽雑誌。

 そして学習机の上には。


「『ゼロから始められる作曲入門』……、へぇー」

「あっ」


 いや、なんと言うか、すごいなお前。

 生前(?)メンタルが壊れかけたとき、SNSで見かけた”神絵師”と言われるアカウントや、動画配信の”やってみた”タグで見かけた楽器演奏など、「何かを作り出せる・生み出せる人」を非常に羨ましく思ったものだ。


 玲華は中学生でありながら、もう俺の想像の数歩先を行っていた。言い方は悪いが、かなり焦った。

 俺が音楽を本格的に始めたのは高校の吹奏楽部からだったし、それまでは音譜の読み方すらよく分かっていなかった。

 パーカッションパートに入ったのも、音階に関しての知識が今からじゃ追いつかなそうだったのと、リズム音符ならなんとか理解が及んで読む事ができたという、実に消極的な理由からだった。


「いや、なんと言うか、すごいなお前」

「ふえっ……」


 さっき思った言葉が、そっくり口を突いて出た。

 そして妙な鳴き声をあげた玲華はと言うと、顔を真っ赤にして茹で上がっていた。


「演奏だけじゃ飽き足らず、その先へ進もうとしてるんだな」

「い、いずれは自分で作詞作曲した歌を、世に出してみたいという欲求がっ」

「いやマジですごい。呆れとか感心を通り超して、もう崇拝の域だわ。(あが)(たてまつ)っちゃうわ」

「うぇっ」

「いよっ、ミケーネ王!」

「へ?」

「悪い、アガメムノンって言いたかっただけ」

「なにソレ?」

「ギリシャ神話の英雄の名前」

「ぷっ、くふふふふ」


 そこで玲華はハッと気がついたようになり。


「と、取り敢えずテキトーに座ってて! いま飲み物とか持ってくるから」

「悪いな」

「ううん、ゆっくりしていってね」


 そう言い残し、階下へと降りていった。すぐにキッチンらしき所からパタパタと音がし始める。

 俺は改めて机に近づくと、そこにあった作曲関連の書籍をパラパラとめくってみた。


 音楽は、自由だ。

 しかし他人に伝えるためには、どうしても共通の手段や方法が必要になる。

 言うなれば「音の(こと)()の具現化」、それが楽譜だ。


 多分、「何かを生み出したい」というぼんやりとした欲求は、中学生頃に一度強まるんだと思ってる。

 でなければ、「自分で書き込む詩集帳」みたいな商品が売れるはずが無い。


 ええ、自分も買いましたが何か?


 それにしても今の時代、受験勉強や部活動に追われる中、それでも時間をひねり出し、自分の好きな道を歩くために邁進する。

 それが一介の中学生にとって、どれだけハードルが高いことかは、想像に難くない。


 ふと、机の上にある紙の山の中に、玲華の手書きの譜面に気がついた。

 ─────おお、これは。


「トーちゃん……、あっ」


 気づけば玲華がトレイにティーポットとカップ、それにお菓子を載せたまま、部屋の入り口で立ち止まっていた。


「あ、すまん、ちょっと視界に入っちゃって」

「うわーうわー!」


 慌てふためいた様子でローテーブルにトレイを置くと、玲華がこっちに向かって突進してきた。


「は、恥ずかしいから見るなよー!」

「お前、プログレとか好きなの?」

「っ!」


 正直チラ見だけじゃ判断できかねるが、リズム譜を見た限りでは、変拍子を多用してるのは分かる。


「俺も好きだぞプログレ。GENESIS(ジェネシス)とか最高だよな」

「えっ、トーちゃんも!?」

「そんなに驚くことか?」

「てっきり今はやりのポップとか、CMソングみたいのばっかり好きなのかと」

「いや、クラシックも含めて、音楽は結構聴く方だと思う」

「じゃ、じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど!」

「落ち着けっ!」


 やや食い気味に顔を近づけてきたのと、例の枕が”Yes”側になっていたのを思い出し、おかしな流れになってしまわないよう全力で回避する。


「あたたたー!?」


 具体的にはアイアンクロー。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「へー、トーちゃんずいぶん渋いラインを突いてくるねー」

「そうかぁ?」

「うん、『ナーサリー クライム』って、かなり前のアルバムだよね?」

「確か71年だったっけな。『大ブタクサの逆襲』とかいいよな」

「うん、あのイントロのうねる様なキーボードとか好きー」

「わかる、でもベースがカッコイイのは『サルマキスの泉』だよな」

「それだー! さすがトーちゃん、好きー!」


 まさか女子中学生相手に、こんなに濃い音楽話が出来るとは思わなかったな。

 それは玲華も同じだったようで、お互い夢中になって、好きな曲やお勧めの演奏箇所を語り合った。

 玲華はいま、変拍子の多様な表現や面白さに夢中になっているらしい。俺は思いつくまま、クラシック音楽の世界なんかも耳に入れてやった。

 アーロン・コープランドのバレエ曲、『エル・サロン・メヒコ』の複雑さ加減を話してやると、目を輝かせて食いついてきた。

 なんなんだあの「6+2/8」って譜面の表記は。変態め。


「ふーっ」


 満足したらしい玲華が、やや上気した顔で息を吐いた。


「やっぱりトーちゃんとアチキ、相性ばつぐんだったかー。これはもう結婚するしかないのでは?」

「気が早ぇよ」

「むー、このどケチー、いけずぅー、スカポンタンのこんじょーくさりー」

「根性腐りってお前……」

「ふーんだ、トーちゃんには言って良いことと良いことと、あと良いことしかないもーん」

「罵倒が全肯定なんだが!?」

「つーん」


 と、玲華の視線がこっちを向いた。

 ちょっと潤んでいるように見えたので、ついっと視線をカップに移す。


「でさー」

「ん?」

「あの、ベ、ベッドの上を見て、何か気づいたこと、なーいー?」


 よし、力いっぱいとぼけるとしよう。


「特に変わった物はないと思うが?」

「ま、枕」

「ママ蔵?」


 ホラーかな? 蔵の扉を開けたら、母親のクローンが培養槽に入って、壁際にズラッと並んでいる光景が浮かんだわ。


「ちがうー! 枕じゃよ枕ー!」

「枕がどうかしたのか?」

「ぐぬぬ」


 あ、ちょっぴり涙目になってる。

 俺ははぁーっと長目に息を吐き出し、改まった顔で玲華を見た。

 今だけは父親視点、お説教モードに入るとしよう。


「そういうのはまだ早い、と、俺は思ってる」

「えっ……」

「少なくとも、法で定めた年齢に満たない内は、例えお互いが本気だとしても、あってはならない事だ」


 頼むから、ちゃんと伝わってくれよ?


()()()()、玲華の両親に顔向けできなくなる様な事は、俺はしたくない。それは分かって欲しい」

「う、うん……」


 大丈夫かな? ある意味、彼女の重大な決心を拒否してしまった訳で。

 まぁこれが元で距離を置かれたり、最悪嫌われてしまっても仕方ないとは思う。


 そうしてしばらくの間。

 黙りこくってしまった玲華が、ハッと何かに気づいた様子でこっちに向き直った。


「えっとー、つまり」

「?」

「『将来的』にってことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って意味、だよね?」

「まぁ、そうなるな……、うん?」


 おや?


「ふっ、ふふふ……」


 ───── オレ、何か()っちゃいました?


 玲華は握りこぶしをグッと天へ突き出し。


「やったー言質(げんち)取ったー! やっぱりれいかちゃん大勝利ー!」

「いや待てまてステイ! 今のはあくまで一般論であって!」

「きゃほーい! 今夜はお赤飯だー!」


 聞いちゃいねぇ。



 浮かれまくった玲華は、学校からの電話が鳴り響くまで落ち着きを取り戻す事はなく。


 その間、オレは激しいキスの嵐に見舞われ続けた。

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