十二月・9
「ええと、和歌や短歌ってものを、教頭先生はどのように捉えてらっしゃるので?」
「うん、五・七・五・七・七の三十一文字を使い、多様なテーマを表現する、謂わば詩だね。この文字数での形式は成立当初から普遍で、現代まで継承されているものと認識している」
流石に自分の担当科目であり、知識は当然あるように思える。
ただし先ほどの口調だと、どうも「歌」の部分を理解してない気がするんだよなぁ。そこいら辺から切り崩してみようか。
「じゃあもう少し伺いたいのですが、これなんで『歌』って文字が入ってるんです?」
「君はテレビで『歌会始の儀』というものは見たことは?」
「あります」
テーマとなる字を決め、一般からも詠進された歌を選んだ後、皇族が1月になると催している雅やかな儀式のことだ。
正直、見ていて退屈なのは仕方ないが、あれは目を閉じて音だけを聞いていると、なかなかに風流だったりするんだよな。音声で想像力を刺激されると、脳内で様々な光景がぶわっと膨らんだりもする。
うん、確実にトシくってたよねー、自分。
「なら話は早い。和歌や短歌はあの独特な、古式ゆかしい節回しで詠み上げるものだ」
「なるほど、ただの文字列に抑揚を付け、音階も用いて表現しているので『歌』というんですね」
「……あー、つまり君の言いたいことは」
多少鈍い人でも、ここまで言えば分かるだろ。
「和歌も短歌も、それらは全て音楽であると言いたいのかね?」
「はい」
「それは違うな」
「何故です?」
「私は音楽は専門外だが、そもそも音階があるという一点だけで音楽と定義するのは、少し無理があるんじゃないか?」
「そうですか? 自分はメイン楽器がドラムですが、ドラムだけのアンサンブルというものもありますが」
「あんさ……、何だねそれは」
「ああ、ええと二人以上、しかしオーケストラよりはずっと小規模な人数で演奏する形式の音楽です」
「タイコだけで?」
タイコ言うなし。
「ありますよ、アフリカの民族音楽などは、打楽器に人の声だけで演奏するものも多いですし。ドラムの音自体に高低はありますけど、リズムだけでも音楽として成立しています。ましてや音階がちゃんとある以上、和歌も短歌も、これは立派な音楽ではないでしょうか」
「ふーむ。言葉が無くても成立するものなのか。音楽とは奥が深いな」
あのな。言葉だけで全ての思いが伝わるなら音楽なんて要らないっての。
世の歌の、その半分以上が恋の歌だってことに、いい加減気づいて欲しい。
歌詞もリズムもメロディーラインも、それぞれアプローチが違うだけでな。
と、ここまででちょっとは歩み寄ってくれそうな雰囲気にはなったかな? 少なくとも『人生において不要』とまで言わなくなってくれたと信じたいが。
少し緊張がほぐれたので、視界を広げる余裕が出来た……、のはいいんだけど。
───あの。度会先生も長谷川先生も、(いいぞ、もっとやれ!)みたいな、期待のこもった目でこっち見ないで頂けますかね。
「ただやはり、和歌が音楽であるという実例が無いと、ちょっと理解が及ばないと言うかだね」
「え、何故です? 実例ならとっくに存在してますし、教頭先生も含み、ここにいる全員が何度も歌っているはずですよ」
「え?」
おいおい、マジで今まで気づかなかったのか?
俺はそこでにっこりと笑顔を作り、こう言い放った。
「『君が代』って言うんですが」
「「えっ」」
───まさかの、ここにいる全員が知らなかったっぽい。
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「君が代。出典は『古今和歌集』にある「読人知らず」の和歌です。通説では、結婚式で新郎から送られた歌に対する、新婦側の返歌だとも言われ、初出は相手の長寿を願う、祝いの歌だったと言われています」
「ああ、だからあのような、海外の国歌とは全く異なる雰囲気なのだね」
玲華の父が、心底感心したという風で続けた。
「まぁ西洋の音階にムリヤリ合わせた結果、あのようになったと言いますか」
「なるほど。しかしその、比較対象にはならないとは思うが、どうにも海外の国歌は勢いがあり過ぎると言うか、歌詞も血なまぐさいものだったりもするけれど」
「特にヨーロッパ辺りの国なんかは、結構過激ですよね」
───聞け、戦場の咆哮を
野蛮な敵のその叫び 我が陣めがけてまっしぐら
妻子の喉を かき切らんと襲い来る
進め 進め 我らの土地に 穢れた血の雨を降らせよう───
(『ラ・マルセイエーズ』:フランス国歌)
流石、自分の国の王族を首チョンパしてきた国だ。
それに比べ、日本の国歌のなんと牧歌的なことよ。
「君が言いたいことは分かった、非常によく理解は出来た」
教頭先生がこっちを見、次に度会・長谷川の両音楽教師に向かって言った。
「私の発言に問題があったことは認めよう、誠に申し訳なかった。私の不勉強のせいで、お二方には不快な思いをさせてしまった、陳謝する」
「いえいえそんな!」
「頭を上げてください教頭」
と、ここで教頭が俯き、こんなことを言い出した。
「実は私は音痴でね、人前で歌ったことなど子供の頃以来まったくなく、とても苦しい思いで音楽というものを避けてきた……いや違うな。憎んでもいたんだろう」
あるある。特に幼少の頃に恥ずかしい思いをしたりすると、年が進むにつれて蛇蝎のごとく嫌ったりするしな。それはちょっと寂しい限りだ。
音楽の楽しみ方なんていくつもあるんだし、聞くだけだっていいじゃないか。
「ただ」
ん?
「やはり学生達に不必要な混乱を与えた責任は、誰かが取らねばならない。」
あれっ。
「既にやってしまったことは仕方ない。だが現在いる生徒達には、やはりけじめは必要だ。そこは理解して貰えるだろうか?」
んー、まぁ確かに。流石に授業のボイコットは学生の本分からかけ離れているし、やり過ぎだとも思うよ。
要するに、校長も教頭も、今回の騒動に対する「落とし所」が分からないのだろう。
「であれば、軽音楽部を試験的に新設してみたらどうでしょうか」
今まで静観していた長谷川先生が、ここでようやく口を開いた。
「軽音楽部?」
「ええ、つまりはバンド活動です」
「う、ううむ」
「教頭先生の懸念は、バンド活動にかまけて成績が下がったら、という点でしょう?」
「確かに」
「であれば」
ここで渡会先生が続けた。
「試験的にという意味合いで、条件をつけて部を設立する、というのはどうでしょうか」
「条件……、あ、そうか」
ここで教頭がハッとした顔になった。
「万が一にも成績が下がった場合は、即廃部にしても良い、とかかね」
「ええ」
「それで良いかと」
「それなら本業も疎かにはしなくなるだろうな、であれば……」
────話は、当事者の俺と玲華を置き去りにして、どんどん進み始めていた。
ピンポンパンポーン♪
いや、このタイミングでこのSE音とか、ビックリするだろ。
俺は平静を装い、すっかり冷めてしまった残りのお茶をグイと飲み干した。
「あ、すいません、お手洗いってどこにありますか?」
「ならアチキが案内するよ。てことで、パパ上様、あとはお願いね」
いかつい感じの父親の顔が、ホンワカと綻んだ。
いや「パパ上様」ってお前、家ではどんな呼び方してんだよ。
「分かった。君たち二人はこのまま下がっても良いだろう。校長、構いませんか?」
「ええ結構です。ここからは大人の話になりそうですからな」
「と言うことだ。なんなら玲華、徹君を家に案内してあげなさい。彼も疲れたろう」
「いえ自分は……」
渡会先生のナビをしなくちゃならないんですが。
「ラッキー! トーちゃんが家に来るのって初めてだよね! おもてなしおもてなし!」
腕を掴まれ、引きずられる様にして校舎の外へ出た。
渡会先生、また後でお目にかかりましょう────
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先生方の話し合いが終わった所で、学校から玲華の家に電話が入り、俺はその足でまた中学校へ戻って、渡会先生と合流する手はずとなった。
報・連・相は大事、超大事。
「玲華の家って、ここから近いのか?」
「なんと、徒歩5分の優良物件でございます!」
お前は住宅販売の営業スタッフか。
傍目にも分かるほどのルンルン具合で上機嫌な玲華を、道行く人が微笑ましそうに見ている。
いやお前、ちょっと恥ずかしいから解放してくれないかな。
正門を出てバイパス道路の高架下をくぐり、てくてくと歩くと、もうそこが玲華の家だった。
おおぅ、本家であるオレの家よりはこぢんまりとしているが、住宅街の中ではなかなか良い立地にあるな。
「アチキの部屋は二階で……あっ」
「ん?」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
玄関に入るや否や、もの凄い勢いで自室めがけて階段を駆け上がっていった。まさかベッド下にいかがわしい本を隠しに行ったとか?
んな訳あるかい、思春期男子じゃあるまいに。
自分の思考にツッコミを入れていると、ドスンバタンと音がし始めた。
……と。
ドンガラガッシャーン!
「わきゃー!」
────何やってんだか。
とは言え、女性の部屋に勝手に上がり込むことも出来まい。
俺は騒動が終わるまで、じっと我慢の大五郎状態で待つことにした。
とは言え、あの様子だと三分間じゃ終わらんだろうなぁ。




