十二月・8
「もう一つ、こればかりは少々看過できない問題がありましてね」
そういいつつ、校長もお茶を一口すすって続けた。
「と言うと?」
「玲華さんに対して実施した、まあいわゆる処罰について、学生達からの抗議が噴出しているのです」
玲華のお父さんからの問いかけに、校長がゆっくりと噛みしめるように言った。校長はそこで改めて手を組み、姿勢を前屈みにしてこちらに身を乗り出した。
「正直、やり過ぎではないか、と。そしてそう言った声に呼応した一部の学生達が、授業をボイコットするようにもなりました」
「それは困りましたね」
「ええまあ、今は受験生にとっても大切な時期ですし、ほとほと困っているのです」
ふぅと、校長は息を吐いてソファに沈み込み、訥々と話し始めた。
この学校は立地的に、県内有数の進学校が近くにあることもあってか、学力レベルも市立校にしては高い方である。そんな学校で授業放棄の騒ぎが起きた上、万が一にも進学率に影響が出てしまったら……。
更に言うなら、この学校にはそういった高校への進学のため、わざわざ隣の学区から子供を通わせている親もいるのだそうだ。なので一学生が引き起こした問題としては、今回の騒動はかなり大きな部類に入るだろう。
この時代、いわゆる「不良」が引き起こすあれやこれやの事件が、TVニュースやドラマでかなり話題になっていたこともあり、学校関係者には胃の痛い話ではあるだろう、それは理解できる。
とは言えバンド活動なんて、別に校内の廊下をスクーターで走り回ったとか、学校の屋上を占拠して立て籠もったとかの、違法行為に抵触するレベルの話じゃないだろう。
普段から勉強漬けな学生達が、みんなで楽しく騒げるような、ある意味「息抜き」の場を設けただけじゃないか。時にはガス抜きって必要なんだぞ?
特に学校みたいな、外界とは隔絶された閉鎖空間においてはな。
「一つ伺いたいのですが」
校長の話が終わった頃、玲華のお父さんが声を上げる。
「なんでしょう」
「今回の停学処分、既に実施されてしまっているので、今更撤回はできませんし、こちらもどうこう言うつもりはありませんが、これはどなたが言い出し決定に至ったのですか?」
「はい、それは私です」
バ教師が挙手して言う。
「根拠を聞いても?」
「校内の風紀を乱した、では理由になりませんか?」
「風紀、ですか」
「ええ。学生による合唱やクラシック音楽の演奏会ならともかく、いま流行っている安っぽいCMソングを並べたお遊びなど、中学生には不要です」
斜め向かいに座る玲華の瞳から、ハイライトが消えた───ように見えた。
そのまま視線を下に落とし、俯く姿が痛々しい。
そしてきっぱりと言い放ったバ教師のセリフに、誰も二の句が継げないでいる。
正直言って、とんでもないアホを見ている気分だ。
「あの、ちょっとだけ、いいでしょうか」
玲華がハッとした表情でオレを見た。
「ええと、教頭先生は、音楽は学生にとって不要だと、言いたいのですか?」
「君は、ああ、あの時応対したタイコの子か」
いやタイコて。ドラムスティック三本束にして、その鼻に突っ込むぞこのやろう。
「全ての音楽が不要とは言わないが、でも学生の間は必要無いんじゃないかな?」
「それは勉学に支障を来すから、という意味でしょうか」
「そうだね」
うん、コイツやっぱり殴って矯正した方がいいかも。
「ちなみに教頭という地位に上がるためには、管理職選考試験てのがありますよね?」
「そうだ、よく知っているね」
「と言うことは、勉強は大人になってもずっとし続けるって意味で合ってます?」
「そうだね」
この人をおちょくる様な態度と物言いに、腹の内側が徐々に煮えてきた気がする。
「じゃあいつになったら音楽やれるんです?」
「それは……、授業でもやっているだろう」
「クラシックや合唱以外のジャンルについての話ですが」
「何が言いたい?」
ちょっとばかり剣呑な雰囲気になったのを察知したのだろう、校長が慌てて止めに入った。
「ああ、ええと、君……も初川君だったね、一旦落ち着こうか」
「はあ」
「良かった、ではお茶でもどうかね」
「ありがとうございます、いただきます」
落ち着くために、温くなってしまったお茶をゆっくりと飲み込んだ。
一息つき、お茶をテーブルに置いた所で再開する。
「続けます」
「えっ」
慌てる周囲を無視して、オレは続けた。
「教頭先生、あなたは音楽ってものを、どう考えてらっしゃるので?」
「自分に関しては、という前提で言わせて貰うが、人生において不要なものだと常々思っている」
この発言を聞き、今度は度会先生はおろか、長谷川先生までもが目を丸くした。
そりゃそうだろう。自分の担当教科がこうもハッキリと役立たずである、などと面と向かって言われてしまうとは、想定外だったに違いない。
「ははぁ、そんな感じなんですね、理解しました」
「理解してもらえたようで何よりだ」
「あっそうだ、所で教頭先生の担当教科って何ですか?」
「国語だが」
───今度はオレの口が開いたまま塞がらなくなった。
え、本当に? よりによって国語教師やってるクセに、でも音楽不要論者なの? おかしくね?
「国語教師が音楽不要と言うのは、何かおかしいことかね?」
「あの、教頭先生」
「うん?」
「中学校の教師なのですから、当然和歌や俳句なんかも教えているんですよね」
「そうだが」
「なのに、ご自分の考えを、これっぽっちも疑問に思わないんですか?」
「?」
駄目だこいつ…早く何とかしないと…。
仕方ない、自分でもちょっとイヤな、例のテクニックを使わせて貰うとするか。
オレはしばし逡巡し、───段々と、何も知らない子供を相手にするような気分になっていった。




