十二月・5
「あ、初川君。後で音楽室に来てくれない?」
涼木さんのお父さんから電話を貰った翌日。
ホームルームも終わり、さて帰るかーと気が緩んでいた所。
どうも廊下で待っていたらしい度会先生から、急遽お呼びがかかった。
「えっ、はい、構いませんが……」
ふと見ると、先生の表情が曇っていることに気がつく。
が、その原因もひっくるめて、ここでは出来ない話なのだろう。
「でしたら10分後ぐらいに伺います」
「お願いね」
なんだろう。度会先生にあんな表情をさせるような事、オレ何かしたっけか。
首を捻りつつも、同級生らと呑気な挨拶を交わし、いつものメンバーとも別れ、オレは一人音楽室へと足を運んだ。
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「実は例の長谷川先生のいる中学校で、初川君たちがライブ演奏をした件なんだけど」
「あ、その節はありがとうございました。三津木先輩みたいな凄腕のギタリストを紹介して貰って、正直感謝の気持ちでいっぱいです。本当に助かりました」
「あー、うん、まぁ、ね」
いつぞやと同様、先生持参のコーヒーを頂きつつ、オレは真正面から向き合っていた。
しかしなんだろう、どうにも歯切れが悪いな?
「で、改まってお話とは一体?」
「初川君、あのとき途中でイチャモンつけてきた、風紀担当の先生って覚えてる?」
「はぁ、あのバ」
「ば?」
おっと、うっかり罵倒語を冠にした名詞が飛び出る所だったぜ。
「ば、場の雰囲気に馴染めなかった、あの先生ですか?」
「今なにか別の単語につながりそうな気がしたんだけど」
「き、気のせいですよ、ヤダなー先生」
「あらそう?」
度会先生はニッコリと笑顔を作ると、話を続けた。
あ、これ先生もオレ達側のお仲間だって、いま確認が取れちゃったわ。
「まぁ今はそれは置いておくとして。実はちょっと困ったことになってるの」
「と言うと?」
渡会先生の話してくれた内容はこうだった、曰く。
・例のゲリラライブの件で、風紀担当の教師がかなりお怒りだということ
・あのバ教師、実は教頭の立場にいる人物だったこと
・風紀担当という立場から、外部の生徒を招いてのライブを疑問視していること
・そもそもの助っ人の依頼について、あれは玲華の校長への直訴という形で受理されたこと
・バ教師は当日になるまで、ライブの件を全く把握できていなかったこと
・そして長谷川先生にも怒りの矛先が向けられてしまったこと
・芋づる式に渡会先生と、三津木先輩の学校長へも連絡が行ったこと
・そして当然、玲華本人にも叱責が及んだこと
いや玲華お前、そんな大事な話、あれから一言も連絡してこなかったじゃないか……。
しかも「直訴」って、一体何と引き換えに校長を納得させたんだ?
そしてこれが最大の問題点と言うことだが。
「あのライブの後、同じ中学の生徒から『謀反』が起きたって話にまでなっちゃって」
そこで度会先生は、ため込んでいた息をはぁーっと吐き出した。
「いや謀反て」
「まあ私も一音楽教師として、バンド活動がウンタラって前時代的な考えの人は、正直ウンザリなんだけど」
「昭和ですからねぇ」
「へ?」
「なんでもありません」
しまった、ここは別の単語を使うべきだった。
みんな知っているとおり、昭和世代というのはザックリ分けて戦前・戦中・戦後になる。
第二次ベビーブームだのの辺りが、ちょうどオレ達の世代からちょっと前から。いわゆる戦後派。
それよりもう少し上になると、ラッパズボンでチューリップハットに、大麻すぱすぱラブ&ピース、アタマハッピーなヒッピーセットが該当する。ニッチやね。(ド偏見)
だがあのバ教師辺りは、年齢的に戦中派ドンピシャ世代だろう。頭の固さが戦後派に比べて段違いなのは、想像に難くない。
つーか、玲華の直訴に許可だした校長。
お前には「かばう」コマンドは無かったんか? ああん?
「所で先生」
「なに?」
「先生はエレキギターみたいな楽器でも、割と肯定する派ですか?」
「うん、それはそうよ。だってエレキギターに限らず、楽器の習熟って一朝一夕で身につくものじゃ無いし、そこには当人にしか分からない苦悩や困難が、必ずあったはずだもの。そういった努力を頭ごなしに否定したり、ましてや『不良』なんてレッテルを貼って一蹴する行為、私は大ッキライなの」
やや怒気をはらんだ言葉で、渡会先生が一気にまくし立てた。
そこには教師という立場を抜きにした、一人の「演奏家」の姿があった。現役中学生の時はここまでアツイ先生だとは思ってなかったな、ちょっと惚れてしまいそうだ。
……いや、くれぐれも自重しろよ? 中身オッサン中学生。
「─────はっ、ご、ゴメンナサイ!」
我に返った先生が、恥ずかしそうに両手を振って謝罪する。
オレはそんな先生の手を取り、自分の手に包んで言った。
「や、そんな謝らなくても。その気持ち、よく分かります。楽器に限らず、人の積み上げてきた努力を、いったい何だと思ってんだコノヤロウって感じですよね」
そこで先生はポカンとした顔になり。
次いでみるみる頬が赤く─────あ、いけね。
ピンポンパンポーン♪
──────────。
───────。
───へ?
(おっ、オオトモさま、オオトモさまー!)
オレは大慌てで、最近ご多忙中らしき土地神様を呼び出した。
(なんじゃな?)
(今更な確認ですけど、このSE音って、単純な好感度上昇の時に鳴るんでしたっけ?)
(うんにゃ、ばっちり恋愛感情が発生、もしくは深まったときに鳴るものじゃが、それがどうかしたかの?)
……うわあああ、マジかー! やっちまったー!
まさか教師(というか、一回りも年齢の違う年上の相手)から、恋愛感情に近い好意を向けられるとは、流石に思ってなかったー! どどどどうしよう。
オレが内心、自分の迂闊な行為に焦っていると。
「えっ、初川君、これって……わぁー」
オレの左指先にある弦ダコに気づいた先生が、驚愕の視線を向けてきた。
「ええっと、はい、ギターやってると、どうしてもこうなりますよね」
「……すごく、努力したのね」
「時間はともかく、毎日触るようにはしてます」
先生は俺の手をしっかりと握り直し、まるで発見したばかりの宝物であるかのように、しげしげと見つめている。
「美しい……、ステキな手ねぇ。私、こういう努力している手って、好きよ」
─────ワシらの先生は、この手を好きだと言うてくれる。
努力家の素敵な手だと言うてくれましたわい。─────
オレが先生の手のぬくもりにドギマギし、ゴルのセリフで必死に気を逸らしていると。
「……あっあっ、ごっゴメンナサイ! わ、私ったら」
オレの動揺に気づいた先生が、慌てて手を離し謝罪する。
「いや、その、今のは自分も、不注意でした、ゴメンナンサイです」
「でっ、でも」
「デモもストもありません。えっとじゃあ、あの、これってお互い様ってことで」
「そんなのでいいのかしら……」
うーむ、うら若き女教師が、頬を赤く染めて恥じらう姿とか、純愛ドラマか工口ゲでしか見たこと無いぞ。
いや振り幅が極端すぎるなオレ。
何となく、お互いに気まずくなりかけた頃。
オレはふと、気になっていたことを尋ねることにした。
「とっ、所で先生、さっき言ってた謀反の内容っていうのは、具体的には?」
「あっ、うん、そのことなんだけどね……」
先生はポツリポツリと、とても言いにくそうにではあったが語ってくれた。
冬の日中とは言え、それなりに暖かな日差しが差し込む音楽室で。
オレは話の内容を聞き、一気に体温が下がった気がした。




