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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
56/71

十二月・5

「あ、初川君。後で音楽室に来てくれない?」


 涼木さんのお父さんから電話を貰った翌日。


 ホームルームも終わり、さて帰るかーと気が緩んでいた所。

 どうも廊下で待っていたらしい度会(わたらい)先生から、急遽お呼びがかかった。


「えっ、はい、構いませんが……」


 ふと見ると、先生の表情が曇っていることに気がつく。

 が、その原因もひっくるめて、ここでは出来ない話なのだろう。


「でしたら10分後ぐらいに伺います」

「お願いね」


 なんだろう。度会先生にあんな表情をさせるような事、オレ何かしたっけか。

 首を(ひね)りつつも、同級生らと呑気な挨拶を交わし、いつものメンバーとも別れ、オレは一人音楽室へと足を運んだ。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「実は例の長谷川先生のいる中学校で、初川君たちがライブ演奏をした件なんだけど」

「あ、その節はありがとうございました。三津木(みつき)先輩みたいな凄腕のギタリストを紹介して貰って、正直感謝の気持ちでいっぱいです。本当に助かりました」

「あー、うん、まぁ、ね」


 いつぞやと同様、先生持参のコーヒーを頂きつつ、オレは真正面から向き合っていた。

 しかしなんだろう、どうにも歯切れが悪いな?


「で、改まってお話とは一体?」

「初川君、あのとき途中でイチャモンつけてきた、風紀担当の先生って覚えてる?」

「はぁ、あのバ」

「ば?」


 おっと、うっかり罵倒語を冠にした名詞が飛び出る所だったぜ。


「ば、場の雰囲気に馴染めなかった、あの先生ですか?」

「今なにか別の単語につながりそうな気がしたんだけど」

「き、気のせいですよ、ヤダなー先生」

「あらそう?」


 度会先生はニッコリと笑顔を作ると、話を続けた。

 あ、これ先生もオレ達側のお仲間だって、いま確認が取れちゃったわ。


「まぁ今はそれは置いておくとして。実はちょっと困ったことになってるの」

「と言うと?」


 渡会先生の話してくれた内容はこうだった、曰く。


・例のゲリラライブの件で、風紀担当の教師がかなりお怒りだということ

・あのバ教師、実は教頭の立場にいる人物だったこと

・風紀担当という立場から、外部の生徒を招いてのライブを疑問視していること

・そもそもの助っ人の依頼について、あれは玲華の校長への直訴という形で受理されたこと

・バ教師は当日になるまで、ライブの件を全く把握できていなかったこと

・そして長谷川先生にも怒りの矛先が向けられてしまったこと

・芋づる式に渡会先生と、三津木先輩の学校長へも連絡が行ったこと

・そして当然、玲華本人にも叱責が及んだこと


 いや玲華お前、そんな大事な話、あれから一言も連絡してこなかったじゃないか……。

 しかも「直訴」って、一体何と引き換えに校長を納得させたんだ?


 そしてこれが最大の問題点と言うことだが。


「あのライブの後、同じ中学の生徒から『謀反(むほん)』が起きたって話にまでなっちゃって」


 そこで度会先生は、ため込んでいた息をはぁーっと吐き出した。


「いや謀反て」

「まあ私も(いち)音楽教師として、バンド活動がウンタラって前時代的な考えの人は、正直ウンザリなんだけど」

「昭和ですからねぇ」

「へ?」

「なんでもありません」


 しまった、ここは別の単語を使うべきだった。

 みんな知っているとおり、昭和世代というのはザックリ分けて戦前・戦中・戦後になる。

 第二次ベビーブームだのの辺りが、ちょうどオレ達の世代からちょっと前から。いわゆる戦後派。

 それよりもう少し上になると、ラッパズボンでチューリップハットに、大麻すぱすぱラブ&ピース、アタマハッピーなヒッピーセットが該当する。ニッチやね。(ド偏見)


 だがあのバ教師辺りは、年齢的に戦中派ドンピシャ世代だろう。頭の固さが戦後派に比べて段違いなのは、想像に難くない。


 つーか、玲華の直訴に許可だした校長。

 お前には「かばう」コマンドは無かったんか? ああん?


「所で先生」

「なに?」

「先生はエレキギターみたいな楽器でも、割と肯定する派ですか?」

「うん、それはそうよ。だってエレキギターに限らず、楽器の習熟って一朝一夕で身につくものじゃ無いし、そこには当人にしか分からない苦悩や困難が、必ずあったはずだもの。そういった努力を頭ごなしに否定したり、ましてや『不良』なんてレッテルを貼って一蹴する行為、私は大ッキライなの」


 やや怒気をはらんだ言葉で、渡会先生が一気にまくし立てた。

 そこには教師という立場を抜きにした、一人の「演奏家」の姿があった。現役中学生の時はここまでアツイ先生だとは思ってなかったな、ちょっと惚れてしまいそうだ。


 ……いや、くれぐれも自重しろよ? 中身オッサン中学生。


「─────はっ、ご、ゴメンナサイ!」


 我に返った先生が、恥ずかしそうに両手を振って謝罪する。

 オレはそんな先生の手を取り、自分の手に包んで言った。


「や、そんな謝らなくても。その気持ち、よく分かります。楽器に限らず、人の積み上げてきた努力を、いったい何だと思ってんだコノヤロウって感じですよね」


 そこで先生はポカンとした顔になり。

 次いでみるみる頬が赤く─────あ、いけね。



 ピンポンパンポーン♪



 ──────────。


 ───────。


 ───へ?


(おっ、オオトモさま、オオトモさまー!)


 オレは大慌てで、最近ご多忙中らしき土地神様を呼び出した。


(なんじゃな?)

(今更な確認ですけど、このSE音って、単純な好感度上昇の時に鳴るんでしたっけ?)

(うんにゃ、ばっちり恋愛感情が発生、もしくは深まったときに鳴るものじゃが、それがどうかしたかの?)


 ……うわあああ、マジかー! やっちまったー!

 まさか教師(というか、一回りも年齢の違う年上の相手)から、恋愛感情に近い好意を向けられるとは、流石に思ってなかったー! どどどどうしよう。


 オレが内心、自分の迂闊な行為に焦っていると。


「えっ、初川君、これって……わぁー」


 オレの左指先にある弦ダコに気づいた先生が、驚愕の視線を向けてきた。


「ええっと、はい、ギターやってると、どうしてもこうなりますよね」

「……すごく、努力したのね」

「時間はともかく、毎日触るようにはしてます」


 先生は俺の手をしっかりと握り直し、まるで発見したばかりの宝物であるかのように、しげしげと見つめている。


「美しい……、ステキな手ねぇ。私、こういう努力している手って、好きよ」


 ─────ワシらの先生(ひめさま)は、この手を好きだと言うてくれる。

      努力家(はたらきもの)素敵(きれい)な手だと言うてくれましたわい。─────


 オレが先生の手のぬくもりにドギマギし、ゴルのセリフで必死に気を逸らしていると。


「……あっあっ、ごっゴメンナサイ! わ、私ったら」


 オレの動揺に気づいた先生が、慌てて手を離し謝罪する。


「いや、その、今のは自分も、不注意でした、ゴメンナンサイです」

「でっ、でも」

「デモもストもありません。えっとじゃあ、あの、これってお互い様ってことで」

「そんなのでいいのかしら……」


 うーむ、うら若き女教師が、頬を赤く染めて恥じらう姿とか、純愛ドラマか工口ゲでしか見たこと無いぞ。

 いや振り幅が極端すぎるなオレ。


 何となく、お互いに気まずくなりかけた頃。

 オレはふと、気になっていたことを尋ねることにした。


「とっ、所で先生、さっき言ってた謀反の内容っていうのは、具体的には?」

「あっ、うん、そのことなんだけどね……」


 先生はポツリポツリと、とても言いにくそうにではあったが語ってくれた。




 冬の日中とは言え、それなりに暖かな日差しが差し込む音楽室で。


 オレは話の内容を聞き、一気に体温が下がった気がした。


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