十二月・3
「せんぱい、わたっ、私、ガンなのかも知れなくて」
うおぅ、いきなりヘビーな話が来たな。とは言え笑って済ませる訳にもいかないし、ちょっと真面目モードになるとする。
「ふーむ、ちょっと混乱してるみたいだから、こっちからの質問に答えて貰う形で話をしてもいい?」
「はいっ、お願いしますっ」
……て訳で、咄嗟に思いついた脳内問診票を元に聞き出した情報はと言うと。
・症 状:胸部痛、具体的には両方の乳房の中にしこりがある
・発症時期:今年の夏頃から
・経 過:ずっと続いており、今も痛みがある
・受診履歴:無し、怖くて誰にも言っていない
「今日は保険証はお持ちですか?」
「?」
「何でも無いです」
しまった、元医療事務員の頃のクセが出た。アホかオレ。
「ここまで聞いといてなんだけど、どうしてオレを頼ろうと思ったの?」
「えっと、テニス部の友達から」
オーケイ分かった皆まで言うな。
あの伊吹先輩の騒動の件、どうも下級生にはかなり大げさに伝わっているらしいな。実際松元も、てっきりオレが医学の道へ進むものだと勘違いしていたし。
「うーん、最初に断っておきたいんだけど」
「はいっ」
「オレ別に医者でもなんでも無いし、そっちの道へ進もうとも思ってはいないんだ」
「そっ、そうなんですか?」
「うん、だから先ずはちゃんと、お医者さんに診て貰うのが肝心だよ」
「でも怖くて……、本当にガンとかだったらどうしようって」
そこでまたポロポロと泣き出した。そうなんだよなぁ、こういう心配事って理屈じゃなくて、誰か詳しい人に聞いて安心したいだけなんだよなぁ。
そこでふと、オレは従妹の一人が同じように乳房のことで心配し、食事も喉を通らなかった時期があったのを思い出した。
まぁあの子の場合、自分の胸を早く大きくしようとし、先端を一所懸命に引っ張って努力(?)した結果、ちょっぴり傷つけて化膿しちゃったって話なんだが。
そしてその年に帰省した際、
「おにーちゃん、あんまりおっきくなってなくってごめんなさい」
と謝られ、いったい何事かと理由を聞いたら、返事の代わりにペロンと服の裾をまくられた。
その瞬間視界に飛び込んできたのは『乳首に絆創膏』という、そのスジのマニアにはたまらんだろう絵面が……。
────────うん、何の話をしてたっけ?
「えーと、じゃあ一番可能性の高い説明をします」
「はっ、はいっ」
「それ多分、二次性徴ってやつです」
「ええと?」
「小学校の時、女子だけ集められて、性に関する授業がなかった? 生理とか」
「あっ、はい」
そしてこの単語を口にするの、こっちが恥ずかしいんだけどなー。
「お、おっぱいの中にタネみたいなしこりが出来たり、膨らみかけの時には痛みが出るんだって、教わらなかったかな?」
「そ、そうでしたっけ?」
いやオレも詳しくは知らないけど。
と言うか、これちゃんと聞いてなかったのか、もしくは理解が追いつかなかったのか。はたまた自身に当てはまる事柄がほぼ皆無で、日常生活を過ごす間に忘れちゃったって事もありうるな。
改めて彼女の全身を見るに、オレと同学年でぶっちぎりに発育遅めな青野より更に小柄だし、そう言えば昨日抱き上げたときもやたらと軽くて、まるで小学生を抱えたのかと一瞬思ったぐらいだった。
「涼木さん、初潮もつい最近来たんじゃないかな」
「はっ、はいっ」
「ああ、なら心配ないよ。これから体が段々と大人になっていく、今はその最初の段階で、おっぱいの痛みもその一つだよ。そもそも乳がんって10代前半の子には無いって聞くし」
「そうなんですか、よ、良かったー」
彼女は心底ホッとした表情で、やっと不安から解消されたようだった。
─────その時だった。
「じゃあこれも大丈夫ですよね」
あっと思ったが時既に遅し。止めるまもなく、涼木さんが制服の裾を捲り上げた。
そこにはまだブラジャーの必要など全くないほぼフラットな胸が、可愛らしいぽっちを二つ並べて現界していた。
「ちょっ!?」
「?」
光ー! アニメでよく見る謎の光ー! 謎の光は何処ー! 今こそ仕事してー!
この羞恥心の無さはなんだろう。余程信頼されたのか、それとも彼女がまだまだお子様だからなのか。
とは言え悲しいかな、オレだって男子なのだ。視線はどうしても胸のぽっちに吸い寄せられ……、ん?
(あれ? なんだこの黒いホクロみたいな皮膚)
例えるなら黒豆せんべいの豆みたいな。
白い肌にポツンとあるだけに、そこだけやたらと目立っている。
えーやだなーコワイなー、これたまたま医学書で見ちゃったアレじゃないかなー、違うといいなー。
「せんぱい?」
「あーっと、そこまでしてくれなくても大丈夫。寒いだろうからもうしまってね」
「はいっ」
ニッコニコで服を直す彼女を見て、オレはちょっとだけウソをつくことにした。
「念のためだけど、一応お医者さんにだけは診て貰ってねー」
「えっ」
「あー違うんだ、『どこも悪くないよ』って証明をしに行ってもらうだけだから。それなら納得できる?」
「どこも悪くない証明、ですか?」
「そうそう。その方が今後も安心できるでしょ?」
確かこの時期、近所の病院の外科は女医さん担当の日があったはず。
「お母さんにお願いして、近くの病院に女の先生がいる日に診て貰ってね」
「はいっ、分かりました」
冬にかく冷や汗とか、もうホントに勘弁して欲しい。
ましてやこんな所を、いつものメンバーに見られでもしたらと思うとゾッとする。
コッチに一切の落ち度が無いのに責められまくるとか、ヘタすると『悪魔の証明』になりかねないし。
その後。
涼木さんは迎えに来た母親の車で帰宅。
オレは図書室へ向かう道すがら、ちょっぴりの罪悪感に苛まれるとともに。
どうかちゃんと受診してくれることを切に願っていた。




