十二月・1
初のライブも終わり、後は期末試験を乗り切れば、冬休みも間近となった十二月。
青野と二人、放課後の自主勉強会に赴く途中、パタパタと廊下を走っておられる渡会先生と出会う。流石は師走、この古い呼称は伊達では無かったか。
「あ、お疲れ様です渡会先生」
「こんにちわ」
「あら初川クンと青野さん、こんにちわ。最近めっきり寒くなったわねー」
「全くですね。所で何だかお忙しそうですが、手伝いとか入り用ですか?」
「ううん、今のところは大丈夫。そっちはこれから?」
「おなじみのメンバーと勉強会です」
「そうなの、いつも思うけどすごいわね。じゃ気持ちだけありがたく貰っておくわ、また明日ね」
「はい」
「先生さようならー」
そしてまたもやパタパタと忙しない様子で去って行く。うーむ、教師が廊下を走るとか、生徒が咎めていいものだろうか?
「初川、アンタ年上が好きなの?」
「お前はとつぜん何を言い出すんだ」
─────色々あったこの数ヶ月。
青野とは親公認で仲良くなり。
松元とはあの台風の日の件で心の距離が近づき。
山口とはバンド活動もあって以前よりラフな付き合いができて。
玲華とは、その、まぁなんだ、お互い決壊寸前のダムと言うか、うん。
以前公民館の図書室で、「夏休みの宿題を早めに終わらせる」という目的で何回か集まって以来、今は全員同じ高校への進学を考えていることもあり、学校でも自主的な勉強会を定期的に開催している。
まぁ「全員」の中にオレは含まれないけども。
そんな事情とは関係無く、今日みたいに部活のない日は、学校の図書室に集合するのがお約束となっていた。
それはいいんだが、今ちょっと聞き捨てならない事を言われた気がする。
「えー、なんかアンタって最近、無闇矢鱈とモテまくるし、ひょっとして? と思って」
「一体どこのハンサムボーイだそれは」
「言われてみればハンサム……、ではないわね」
「おい」
「ウソウソ、冗談よ。アンタのかっこよさは、アタシが保証したげる!」
バン! と、背中を強く叩かれた。
「ただ、モテすぎってのもちょーっと困るのよねぇ」
「いってーな! ……って、いまなんか言ったか?」
「んーん、なんにもー」
なんだかよく分からんが、今は時間が惜しい。
青野と二人、廊下で他愛のない会話をしながら、松元と山口の待つ図書室へと歩みを進めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「さーて、時間も押してる事だし、ちゃっちゃと始めるか」
「今日は何やる?」
「ボク国語やりたいな国語。特に古文」
「私も古文はからっきしだからなー。教科書教科書っと」
図書室には他の生徒もいることはいるが、どちらかと言えば個人が多く、オレ達みたいにグループで来ている生徒はいない。
反面、年明け早々に受験本番を控えている3年生は一人もいない。なるべく静かにやらないと、とは思うが、これなら多少声を出しても大丈夫だろう。
「期末試験の範囲、古文は源氏物語の『桐壺』からだったっけな」
◯リチン男の誕生秘話、はっじまっるよ~。(なげやり)
「じゃ初川、解説よろしくー」
「丸投げすんな。とは言え時間も惜しいしな、分かったよ」
「やったー!」
最初は読み合わせ。全員に小声で、実際に音読して貰う。
「じゃ、最初にやるのは人名探しだ。人物の名前を見つけたら丸で囲っておくように」
「ふんふん」
「ページのすみに書き出しておくのも、あとあと分かりやすくなるぞ」
次に現代語訳を解説、そして古文にありがちな出題の傾向と対策を講じる。大まかに言えば、やることなんてこの程度だ。
ぶっちゃけ古文なんて、適切な助詞を間に挟んだり、最初に記述された後に省略された主語や代名詞を当てはめるだけでも、大分理解は深まるしな。
何はなくとも先に現代語訳を読んでしまった方が、後々理解しやすいのだ。
一通りやることは終わり小休止をしていた時、青野が興味津々でこんなことを言い出した。
「所で源氏物語って変に長くて、これからのアタシの人生で読むことなんか絶対に無いと思うから、いま聞いちゃうけど」
「あのな、現代語訳の本が普通に売ってるから、一度ぐらいちゃんと読んだ方がいいぞ」
「もー、意地悪。で、全巻通してどんなストーリーな訳?」
聞いちゃいねぇ。
「こういうと語弊があるが、ぶっちゃけ昔の女の人が書いたエロ小説だな」
「えっ」
「え?」
「え、エロ……」
瞬間、図書室内の空気が凍り付いた……様な気がした。き、気のせい、だよな?
念のため、ひょいと周囲へ視線を投げたが、誰もこちらを見てはいなかった。
うーむ……ちょっとした違和感を覚えたんだが、だ、大丈夫そうだな。
自主勉メンバーに向き直ると、オレは小声で続けた。
「だってそうだろ。平安京で生まれた高貴なお方が、オレらと変わらない年齢で姉さん女房と結婚し、先ずは軽くマザコンを発症。義母への恋心を抱くのが始まりだ」
「へ?」
「義母への横恋慕はひとまず保留。次に二股相手の若い恋人を、これはさっきのとは別の年上彼女の怨霊に嫉妬で呪い殺され、反省の意味も込めて行ったはずの療養先で、今度は覗きをエンジョイ」
「のっ、のぞ……」
「そこで見かけた幼女が元で、今度はロリコンに目覚めただけじゃ飽き足らず、こっそり攫った挙げ句に、自分好みの女になるまで面倒を見る傍ら、ついに義母とヤっちゃったとか、もうなぁ。存在自体が生きる性欲モンスターなんだわ」
「ひえっ」
……あ、いけね。あまりにも直球過ぎるネタばらしをしてしまった。まぁ内容が内容のためか、源氏物語は学校の授業で扱う範囲のメチャクチャ少ない、ある意味ラッキーな題材なのである。
とは言え、まだまだ純真無垢なお年頃なこの時代の中学生女子には、ちょっと刺激が強すぎたか?
ふと見ると、三人とも何故かモジモジし始め。
「な、なるほど、なかなか興味深い内容だね。ボクびっくりしたよ」
「アタシ、ちょ、ちょっとだけ読んでみようかなーって、思っちゃった」
「お、同じ女性が書いた歴史的文学作品だし? それもアリかもねー」
─────気付けば他の席の女生徒までもが、いそいそと文学・歴史の書架に向かって席を立ち始めていた。中には一年生らしき子の姿も見える。
あー、これは……、やってしまいましたなー。げに恐ろしきは人の業なり。
紫式部さん、あなたの同志はこの時代も健在です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そんなバカな話をしていると、いよいよ一斉下校時刻と相成った。
オレ達はそれぞれ家路につき、さて明日はなんの科目をやろうかと思案を巡らせつつ、轟天号で校門を出た時だった。
この学校、正門とは別に出入り口があと二つあるんだが、うち一つが下り坂になっているルートがある。
ふと坂の下を見ると、倒れた自転車の下敷きになって藻掻いている、小柄な人影が見て取れた。どうにかして脱出を試みているが、自転車の重さのせいか、それとも制服の一部がどこかに絡んでしまったのか、うまく抜け出せない様子。
「おおお?」
背格好から青野かとも思ったが、アイツは別の門を使っているはずだ。
と、そんな悠長なことを考えている場合じゃ無い。
「いま助けるからね」
「ふえっ?」
取り敢えず自転車を取り除き、道路の端へスタンドで立ててからその生徒に近づく。仰向けになってはいるものの、通学用ヘルメットをちゃんと被っているお陰で、頭部へのダメージは無さそうだ。
手を握って助け起こし、制服に付いた汚れをはたいて取ってやる。幸い破れた箇所は無さそうだが、砂埃まみれだなこれ。
「どっか痛いところとかある? 首とか頭とか。あと吐き気とかの異常は?」
こんな時、『大丈夫か?』と声を掛けてはいけない。子供は相手を心配させまいと『大丈夫です』と、嘘をつく場合が多いからだ。直球でケガの有無を聞いた方が良い。
「あのっ……」
「うん?」
「は、恥ずかしいんですけど、おし、お尻を強く打ちました」
「お尻か。尾てい骨とかの骨の部分じゃ無く、単純にお尻の肉だけ?」
「は、はいっ」
名札を見ると一年生の女子だ。陸上部でもテニス部でも見かけた覚えが無く、お互いに面識は多分無い。
「うーん、念のため一応保健室に行こうか。歩ける?」
「え、えっと」
一歩踏み出したところで、顔が苦痛にゆがむ。これ単なる打撲ならいいんだけど。
「無理そうか。じゃ、ちょっと失礼」
「え、ひゃっ!?」
かつての配偶者にもやった事の無い『お姫様抱っこ』というものを、二度目の人生で初めてやってみた。
「あっ、あの」
「イヤかも知れないけど、ちょっとだけガマンしてな」
「いっ、いやとかじゃない、んですけど……」
「あぁえーと、恥ずかしいのはオレも同じだから、わざわざ口にしなくていいよ」
「ふええっ!?」
ピンポンパンポーン♪
あーもー、この機能オフにできないもんかな。
(無理じゃよー)
(ですよねー)
オレ、一生この音と過ごすんだろうか。
ふと将来的に(※例えば結婚後とか)、奥さん以外の女性のから好感度が変に上がってしまった場合、某ゲームの様に殴って下げるとかしなきゃならんのかしらとか、謎思考が頭をよぎる。
うん、普通に逮捕案件だな、止めよう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
幸い、まだ保健の先生がいてくれた。事情を話して処置をお願いしている間に、オレは女生徒の自転車を取りに行った。既に暗くなった周囲を確認し、カバンの中身が散らばっていやしないかも、ペンライトを使ってチェックする。
うん、大丈夫そうだな。
そうして彼女の自転車を押し歩いたところ、重大な異変に気づいた。
「げ、ホイールが変形してる」
ポテチのように極端なものじゃないが、リムの一部が歪んでブレーキシューに当たり、異音がしている。これ、このまま乗せて帰すのは危険では。
オレは自転車を駐輪場に置き、そのことを先生に告げに戻った。
所が保健室は既に施錠済み。
肝心の先生も見当たらず、保健室前の廊下には、さっきの女生徒がぽつねんと佇んでいるだけだった。
処置が済んでここに放置と言うことは、ケガ自体は無かったのだろう。ケガが無いなら自力で帰れる、という判断なのだろうが、それにしたってヒドイ話ではある。
女生徒(涼木美帆という名前だった)に自転車の不具合を伝えると、やはりと言うか不安になった様子。家の場所を聞くと二部落先で、オレの家とは反対方向、しかも結構な距離がある。
オレの轟天号を貸そうかとも思ったが、フレームサイズが合わなすぎて逆に危険。
─────と、まぁ諸々の条件が揃ってしまい、オレは今現在、彼女を後ろに乗せた二輪タクシーと化していた。流石にこの夜道を徒歩で帰らせるのはマズイ、と判断したからである。
彼女はセオリー通り、チェーンとは反対側へ両足をそろえて横座りし、自分のカバンをしっかりと抱えている。
人一人分の重さもそうだが、ライトを点けるためのダイナモで更に重くなったペダルが、今は地味にツライ。
「あのう、先輩って、あの初川先輩ですか?」
「ん? 初川って名字の上級生、他にもいたっけ?」
彼女の言っている意味が分からず、オレは疑問に思ったままを口にした。それともオレって存在、まさか複数人いたりするの? なにソレ怖い。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、多分あってると思うから大丈夫だよ」
「ほっ」
ほっとされた。
「あのっ、こ、このご恩は一生忘れませんっ!」
「あはは、一生はちょっと大げさだな、家に着くまでで十分だよ」
「えっ」
「それより、曲がるところってそろそろ近いのかな?」
「あっはい、あそこのガソリンスタンドの道を左に入って下さい」
「了解」
距離にして約4キロ、なかなか走り応えがあったな。
それにしても街灯少なすぎだろ、この部落。
家の前まで送り届け、出てきた母親に事情を説明。明日は車で送迎し、自転車は朝そのまま積んで修理に持って行く手はずとなった。うむ、やはり軽トラ最強だな。
「今日は本当にありがとうございました」
「いいよいいよ。じゃまたね、お大事に」
「はい!」
不安混じりだった声が一転、明るいものになった。
いいことしたなーという充実感と心地よい疲労感を抱え、オレはペダルを強く踏みこんだ。




