十一月・3
「好き!!」(挨拶)
「チョップ」(返事)
ゲシッ!
「あいたー!?」
約束の土曜日。
ローカル線を降り、改札を抜けた所でこれである。
「なんでさトーちゃん!」
「いやお前がなんでだよ」
会って早々ささやく程度ならまだしも、全身に炎をまとう勢いで愛を叫んだ上に、がっぷり抱きついてくんじゃねぇ、一体どこの道成寺だ。つか周囲をよく見てみろ。
ニヨニヨ顔のご夫婦や、「キャー!」とか感動してるっぽい同年代らしき女子の集団。
「ケッ」と卑屈なしかめっ面で背中を向ける男性に、何故か一眼レフをこちらに向けている────
オイ何勝手に写真撮ってんだ、やめろ下さいお願いします
─────など、ちょっと所の騒ぎじゃ無く、注目集めすぎだバカ者。
「つーかなんで駅にいるんだよ、待ち合わせ場所ここじゃなかっただろ」
「だって二ヶ月ぶりなんだもん、ちょっとばかり早く会って、先につまみ食いしたっていいじゃんかー。そのために待ち伏せたのじゃよー」
「いったいオレから何を補給してんだお前は」
あとちょっぴり涙目&上目遣いで下から見上げんな、あざと可愛いだろ!
「ねー、所で今日はぐっちーは?」
「ああ、一応誘ったんだけどな」
「うむ?」
「『今とーっても気分がいいから、今日はトオル君を自由にして良い権利をやろう、ふっふっふ』とか、訳の分からん事を言って辞退したが」
「それって……?」
本当に謎すぎる。オレの所有権や監督権は、誰の手中にあると言うのか。
「勝者の余裕ってヤツじゃないデスかー、ヤダヤダー!」
「だから何故抱きつく!?」
「増量ポイントもまとめて補填中ー!」
「ええい、ドサクサ紛れにまさぐるな、あと匂いを嗅ぐな!」
「何があったんだよー教えろよー!」
「いやお前らこそ何があったんだよ!」
「お客様ー?」
声に気づくと駅員さんが側に立って、ニコニコしながらこちらを見下ろしている。
「他のお客様のご迷惑になりますので、そういった行為はここではご遠慮下さい」
あ、コレ笑顔で切れてますわ。竹○直人さんの芸みたいだ、器用だな。
「あっすいません、今叩き出しますから」
「トーちゃんひどくない!?」
「ええい、とっととブツを回収しに行くぞ」
「アチキのグレちゃんを怪しい粉みたいに言うなー!」
うるさい二人を遠巻きに見ていた観客達は、そこでようやく散ってくれた。
いやもうホントすいません……。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
二ヶ月ぶりとなる「ホットスペース」に到着すると、店長がやはりニヨニヨしながら待ち構えていた。
うう、妙に照れくさいのはなんでだ。
「お、来たねモテ男くん」
「店長にだけは言われたくないですねぇ」
「あははは、まぁそんな事より玲華ちゃん、お目当ての物、早速弾いてみるかい?」
「それはもう!」
「ベースはちょっとクセがあるから、触りだけでも教えておくよ」
て事で、店長は玲華につきっきりで色んなアドバイスをし始めた。玲華も元々筋がいいので、店長の教えをバンバンと吸収している。
なんかこういうのっていいなぁ。音楽は年齢も性別も、そして国籍だって超えられる共通の言語みたいなものだし。
オレも自分の子に、何か楽器を教えてあげられれば良かったんだがなぁ。
あの子は小学生の時に左手の小指を粉砕骨折してしまい、なんとかくっつきはした物の、第一関節から先が固着してしまって、自由に曲げられなくなったのだ。
故にギターのような楽器は物理的に不可。
ドラムも家でスティックと練習台でやらせてみたが、やはり骨折した側の手のぎこちなさは取れなかった。
世の楽器演奏者さんや絵を描いてる人達は、指や手のケガにだけは十二分に注意して欲しいと切に願うよ。
やがて「即席・ベースの弾き方講座」の時間も終わる頃─────。
「トーちゃん、この子に名前をつけて欲しいんだけど」
玲華が突然言い出した。
「名前?」
「うん。そうすればアチキ、この子をトーちゃんとの間に出来た我が子のように、末永く可愛がってあげられそうなのだが、ど、どうでしょーか?」
「発想がちょっとアレな点は一旦置くとして、名前ねぇ」
「アレっていうなよー、真剣にお願いするよー」
「うーん」
グレコか。スペルは"Greco"だよな。グレ子? いやそれだと積み木を崩しかねんな。うーん……。
あ。
「Grecale……」
「グレカーレ? なんて意味ー?」
玲華が、聞いたことの無い名前を耳にして、もうワクテカしている。
「イタリア語で『北東の風』って意味だったと思う」
「おお、イタリア!」
いつもいつもつむじ風(※時々強風)みたいな玲華を見て、ピッタリだなぁとか思ってしまった。あと生前(?)に、これくしょんしていた擬人化艦隊の娘っ子からというのもある。
「グレカーレ……。ふむふむ、可愛いグレちゃんの名付け親がアチキのカレシって、ダブルミーニングとも言えるな? ふひひ」
……なんか怖いなこの子。
「チョー気に入ったー、グレカーレちゃん、これからよろしくねー! あとありがとートーちゃん! 大好きー! 」
ぐはっ。
耳元で囁かれる「愛しています」より、どストレートにぶつけられる「好き」って言葉は、なんかこう破壊力抜群だな。ひょっとして熊をも一撃ではないだろうか。
うん、何言ってんだオレ。
「折角だし、お祝いになんかプレゼントしてやるよ」
「えーっ、いいの!?」
「つっても安い物ならって条件だが」
「まぁそこはお互い中学生ですし? でも嬉しいなー、何がいいかなー」
「とは言えお前、もうチューニング用の音叉だのストラップだのは一通り持ってるんだよな?」
「まーそうだねー」
ふむ、ならば。
「店長から、『これは買っとけ』みたいなオススメとかあります?」
近くでまぶしい物でも見ていたかのような店長に、いきなり話題を振ってやった。
「えー、そんな野暮はしたくないんだけどな。とは言えそうだね、必需品なのにお手頃価格な物と言えば」
「言えば?」
「やっぱりピックだね」
「なるほど、で、どうする? ピックがプレゼントってことでいいか?」
そこで玲華は満面の笑みで。
「うん! もうトーちゃんからのプレゼントだったらなんでも嬉しい!」
あー、これは勝てないわ、諸手を挙げて降参だわ。
なので生前(?)では、動物愛護の関係から貴重品となってしまい入手不可能となった、べっこうのピックを奮発してやることにした。
店長からはソフトケースもロハでいただいてしまい、玲華はこれ以上ないってほどに上機嫌である。
流石に申し訳なかったので、オレは自分用にPaisteのスティックを買うことにした。スティックはメジャーなヒッコリーではなく、軽さとバランスのよいメイプルのやつだ。
店を出てからの玲華はオレの手を強く握ったまま離さず、これ以降はこのまま遊び倒すことにするそうな。
仕方ない、今日は一日、玲華の好きにさせてあげよう。




