十一月・2
「ほうほう、それはれいちゃんからの挑戦だね?」
「なんでそうなる……」
休み時間に山口を音楽室に呼び出し、玲華からの一件を伝えての開口一番がそれだった。
「え、だってれいちゃんとは『とあるもの』を賭けて勝負してるし」
「そうなのか?」
そう言えば9月に即席のバンドで演奏、と言うか練習をした時、そんなことを言っていた記憶があるな。
「ちなみに、何を賭けているのか聞いても?」
「え、普通に教えないけど」
バッサリだー! ま、まぁ女の子同士の話だし、男のオレが聞いてもよく分からん物なのだろうな、そう思おう、うん、思うことにした。
ハイ、この話やめやめ。
「で、どうする。参加するのか?」
「って言うか、ボクとトオル君が参加する前提なんでしょ、これって」
「そうなんだよなぁ」
「じゃあ受けて立つしかないじゃん」
デスヨネー。
「分かった、じゃあ玲華の方にはオレから返事しとくわ」
「電話するの?」
「いや、普段は手紙だけど、……電話だと何かあるのか?」
「んーん、物的証拠ってポイント高いなぁって」
なんか怖いルビが見え隠れしてる気がするんだが……。
と言うか、明日会うことになってるんだが。
そう言えば玲華とは、年末年始になると会っていたので、年賀状の遣り取りはした事が無いな。
そしてこの時代、同級生女子にうっかり年賀状なんて出したら、年明け早々にからかわれるのがデフォだったので、怖くてそんなもの出せないという、昭和あるあるな話も。
思い返せば、玲華以外の同年代女子から届いた封書って、「後輩らしき女子からのラブレター」(しかも当時のお約束通り下駄箱に入っていた)だけだった事に、今更気づいて悶絶した。
うおお、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきたぞ。
「いやホラ、ボクたちって同じ学校だし、毎日顔を合わせてるから、手紙のやりとりってしたこと無いなって」
「そりゃ必要無いからな」
目の前で話せば済むことだし、伝え間違いもその場で訂正できるし、何より楽しいじゃん、ちゃんと会って話をするのって。
そこで山口はうーんと考え込む。え、オレまた何かやっちゃいましたか?
壁に掛けてあるベートーヴェンの瞳が、何故かこっちを向いてキラーンと光った気がした。
「話は変わるけど、トオル君ってれいちゃんと電話したりは?」
「……そう言われてみると、一度も無いな、うん」
「えー、それはそれでなんだか可哀想」
「その代わり、会った時はマシンガントークなんだが……」
あれを電話口でやられるとツライ。と言うか、この頃の電話って一家に一台、家族全員の共用スペースか、もしくは玄関付近の廊下なんかに置いてあるのが普通なのだ。要するに家族に内容が丸聞こえなのである。
そんな所で、受話器から溢れんばかりの『好き』を浴びせられてみろ、一瞬でお茶の間が凍り付くわ。そして、それは玲華の家でも同様だろう。
……アイツにも一応「恥ずかしい」という概念はあったんだな、今更だけど。
「その辺りは人それぞれかぁ」
「ご理解いただけて何よりだ」
「じゃあさ、ボクんちには今度からたっくさん電話してきていいよ」
「ほわーい?」
「いや、えっと、そのぅ……」
何故か突然小声になったぞ? ああ、バンド活動の打ち合わせとか、今回みたいな遠征の時に必要だからか。そりゃそうだな。
「それはいいが大丈夫なのか?」
「え? 何が?」
「いや、家の人に変な顔されないか? 何せ男子からの電話だし」
「あ、それは大丈夫、ボクんち『切り替え機』があるから」
「ええ、いいなそれ」
突然だが説明しよう! (CV:富山敬さん)
古の黒電話の時代、まだ「子機」という概念は無かった。さっきも言ったとおり電話は一家に一台が普通で、しかも全てが有線。
所が「同じ電話番号で二台設置できる」仕様はあったのだ。それが山口の言う『切り替え機』の存在である。
原理は簡単、線路の『分岐器』と考え方は全く同じ。
要するに外からの電話線と電話機の間に機器を設置し、切り替えた電話機とのみ通話が可能となるのである。
もちろん同時使用は不可、黒電話なので保留機能も無し。
そもそも切り替えた瞬間に切断と同様になるので、取り付けている家は非常に少なかったはずである。自分も実物には一度しかお目にかかったことは無い。
「普段は親のいる部屋に繋がってるけど、そうだね約束を決めようか」
「そうだな」
「学校では言いづらいことなら、時間を決めてその時にかける」
「うん」
「緊急の電話でどうしてもって時は、最初に2回だけ呼び出し音を鳴らして一度切る」
「それがオレからの合図になると」
「そうそう、そしたらボクがダッシュで切り替えに行くから、1分後ぐらいにかけ直す。これなら親が電話に出ることはないから、安心して」
ああ、こういう「親スルー電話のかけ方」ってなんだか懐かしいな。
当時の男子から女子への電話の何がイヤだったかって、相手の「親」の存在なんだよな。
その時の受け答えで、親は電話相手を「観察」や「警戒」もしていたのだろう。
親の立場になった事のある身では、これが一種の「篩い」として機能していたのだと思うに至ったよ。
生前(?)の世界では、親が間に挟まる事が無くなったため、我が子の友人関係がどんなものかを知るすべは消失してしまった。
いじめが深刻化・悪質化していったのは、これも一つの原因だったのかもと、今更ながらに思うオレである。
ガラケーやスマホに弱みを握られ呼び出され、挙げ句の果てに自死に追い込まれた、なんて事件を見るたび、胸が痛くなったものだ。
─────話が盛大に逸れたな、軌道修正っと。
「分かった」
と。
「うふふふ」
「ど、どうした?」
「なんか、こういう悪巧みって楽しいなって、ふふふふ」
山口サァン、帰ッテキテー!
「あー、まぁ親御さんの心証が悪くならない程度に、な」
「って言うか、これでなん歩リードできたんだろうね、うふふふ」
いやホント、一体なんの勝負をしてるんだろ。
ふと振り返り、さっきのベートーヴェンを見ると、何故かあさっての方を向いている。
─────様に見えた。うん、気のせいだなきっと。
色々あるが沈黙は金、今は迫り来るバンド活動の為、新しい曲の練習と。
明日会うことになっている玲華と、どう接したらいいかのか悩む時間が欲しかったりする。




