十月・5
朝。
目が覚めると隣にいた松元の姿は無く、その代わりキッチンから味噌汁のいい香りが漂ってきた。
電気もいつの間にやら復旧していて、音量控えめながらニュース番組をやっている。
どうやら昨晩の台風は、紀伊半島に上陸後、急激に勢力を落として消滅寸前らしい。
良かった、これなら昼頃には台風一過になりそうだ。
「おはよう」
「あ、起きたんだ、おはよう」
こっちを振り返りもせず、フライパンを動かしている。おかずは目玉焼きか、はたまたスクランブルエッグかな?
昨夜のこともあって少々気恥ずかしいが、松元的にはどうなんだろう。
……まぁ、その、なんだ。
振り返ってもらわなくても、その真っ赤になってる耳を見れば「あっ」(察し)ってなるから、別にいいけども。
「なんか手伝うことあるかな」
「ううん、いいから座ってて」
「そうか? じゃちょっと顔洗ってくるわ。洗面台ってどこ?」
「廊下の突き当たりがお風呂で、そこにあるよ」
「分かった」
「タオル貸そうか?」
「頼む」
そうして、やっと手を止めてこちらに向き直った松元の顔。
昨夜見たときの「可愛らしいお嬢さん」とは違い、なんだか新婚ホヤホヤの初々しい奥さんみたいに見えた。
そして案内された洗面台で顔を洗いつつ、ぼんやりと考える。
思えば今までの人生において、女子の顔ってあまりまじまじと見た記憶が無かった気がする。
どちらかと言えば顔より印象の方が強く記憶に残るタイプなのは、こう見えても意外と人見知りな性格からきている、と、自分では思ってる。
……そこ、笑うんじゃない。
まぁ後には近視が進んでいちいち直視するのが面倒になったし、何より相手に失礼だと思っていたからだ。分かってくれよ、このガラスの四十代のギザギザハート。
ましてや多感な時期の中学生男子なんて、みんなそんなもんだろ? え、ちがうの?
いや横道に逸れてる場合じゃないが。
とっとと終えて、久しぶりに親と自分以外の人が作った朝ご飯を堪能するとしよう。
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「なんか不思議な感じ」
「んあ?」
出された朝食はごくごく普通の朝ご飯だった。
目玉焼きとタコさんウィンナー、それとちょっぴりのサラダに漬物と味噌汁。これが麦飯(多分)と良く合う。
ごくんと口の中のモノを飲み込み、続きを促す。
「家族以外の男子が朝早くから家にいて、二人っきりでご飯食べてるとか」
「そりゃそうだ、普通ならあり得ない話だからな」
「だよねっ」
ニッコリと笑う松元だった。
「でもこれでやっと、青ちゃんとぐっちゃんに追いついただけ、なんだけど」
────そして小声で何かぶつぶつ言っている。
「ん?」
「初川って、協定とか抜けがけとかどう思う?」
「突然なんだ」
「いいから。どう思う?」
「国同士の話なら、普通に『お互いの牽制』と、『戦争へ至る道』だけど」
一方的に条約破棄して領土を不法占拠とかザラにあるしな。
「いや規模おっきすぎでしょ!?」
「何を聞きたいのかがいまいちボヤけてるし、最大公約数的な話になっちゃうのは仕方ないんじゃないかと」
「んーそりゃそっか。でも『戦争』かぁ、うーんうーん」
首を前後に振る姿が、福島県名物のマスコットキャラっぽい。
「てか、一体なんの話だ?」
「んー」
そこで赤べこ、もとい松元がこちらをまっすぐに見て言った。
「実は私、親と兄貴に『高校は女子校へ行け』って言われてるの」
「知らなかった。理由は?」
「うちって男性ばかりじゃん、だから親としては女子校に入れて、女の子らしく育って欲しいらしいんだ」
「ふうん」
松元の女子校進学って、あれ親の指示だったのか、知らなかった。
てっきり自分から望んで行ったものだとばかり。
「そうなると今のこの仲のいいグループって、ヘタすると私だけのけ者になるじゃん」
「そうなのか?」
「うん。青ちゃんもぐっちゃんも同じ学校に行くって言ってるし」
「へえ」
「そうすると私、不戦敗って事になっちゃう」
「松元さんは何を言っているんだ?」
話がホップ→ステップ→ダンクシュートみたいになったぞ? と言うか。
「いや、別に女子校に行ったからって女の子らしくはならんけど」
「へ?」
全国の女子校に通う生徒の皆さん。
これは近所の女子校で実際にあった・聞いた話なので、誤解無きよう。
「むしろ異性からの視線が激減するので、やたらとオッサン臭くなるって話だ」
「た、例えば?」
「夏になると『暑い暑い』と喚きながら、平気でスカートを捲り上げて下敷きで扇ぐ」
「え、それは同性の目から見てもちょっと……」
「丁寧な物言いも消え失せ、言葉遣いが乱暴になる」
「あー、それは分かるかも」
「気に食わない男性教師に対するイジメが、お手軽スナック感覚で横行するのは、もはや日常茶飯事」
「ええ……」
親父の同級生が松元の言っている女子校で教鞭を執っていたとき、ある日教室に行ったら生徒全員が椅子と机を後ろ向きにして授業をボイコットし、僅か一年で精神を病んだ、なんてコワイ話もあってなぁ。
その後、俺の通うことになった高校へ移動になり、心の平安を取り戻したらしい。
線が細くて気の弱そうな先生だったけど、結果オーライで良かったねとしか。
そして今のは、そこのOGからたまたま聞いた実話である。「想像以上に荒っぽいんだよー」と笑ってはいたが、正直笑い事じゃ無いだろ……。
あと純粋無垢な男子中学生のロマンをへし折らないで欲しい。
「などなど、もしも親がいい加減な先入観で女子校を薦めているんだったら、断固拒否することを推奨する」
「うわー、知らなかった……」
おお、目に見えてガクブルしてるな。
昨夜も思ったけど、松元って三人の中で一番の泣き虫みたいだし、正直不向きなんじゃないかと思う。
でも生前(?)の世界線ではちゃんと通っていたみたいだし、ぶっちゃけよく分からんな。高校に上がってから性格が激変するヤツもいるにはいるし。
────しばし沈黙の後。
「私も青ちゃん達と同じ所に行くことにするよ……」
「それがいいかもなぁ」
あ、しまった。これって松元の未来に思いっきり干渉した事にならないか?
後でオオトモ様にも聞いてみよう。
何やら不穏な空気が流れた後、松元がまた話をふってくる。
「えーと、初川は当然北路高校なんでしょ?」
「それは親父と先生達が言ってるだけでな」
「えっ、じゃあアレってただの噂?」
「ん?」
「初川が北路高校に進学するって噂、知らないの? ていうかみんなそう思ってるよ」
「オレはそこに行くなんて一言も言った覚えは無いんだが……」
中学レベルの勉強がたまたま出来るからって、なんで県下屈指の進学校になんぞ行かなくてはならないのか。
「まぐれで入ったとしても、卒業までずーっと成績最下位の恐れがある所になんて行きたくないよ」
「そうなの?」
「実はオレ、手に職を付けてとっとと働きたいんだよな」
「そうなの!?」
「なぜ驚く」
「だって、噂と全然違うし」
「つーかどこから湧いたんだその話」
まぁ生前(?)は実際そこへ通わされた訳だが、あそこは正直キツかった。
なにせ教師は生徒全員が予習・復習をやっている前提でハイレベルな授業をするから、オレみたいな雰囲気で学生やってるヤツは、あっという間に取り残されるんだよな。
反面、成績優良者ばかりが集まるせいか、学園祭なんかでも不思議な言動や行動をする生徒が散見されることが多い。勉強漬けの生活で、一般常識を忘れてきてしまったヤツも多かったからなぁ。
なので地元では北路高校の略称である「北高」を揶揄して『奇校』、生徒は『奇行生』と呼ばれたりする。壁の向こうから進撃かますぞこのやろう。
と。
そこでまた松元がヘッドバンギングをし始める。
「てことは、みんな立場は一緒じゃん?」
また小声で何かを呟いているが、オレの耳には届かなかった。
「よく分からんが、来年のことを気にしすぎると鬼が笑うぞ」
「そしてこの先チャンスもまだまだある、と」
なんか知らんが松元がコワイ。
──────ふと気づけば、外の様子が穏やかなものになっている。
そう言えば体育祭は今週末、来月早々に地区の合唱コンクール、そして11月中旬には文化祭が待ってるんだよなぁ。この時期の超過密スケジュールは異常。
やれやれ系の主人公っぽく、首を左右に振りながら窓に近づくと、そこには晴れる直前の空。
時折、雲の切れ間から真っ直ぐな陽光が差している。
さあて、いっちょ気合い入れて頑張るとするか。




