十月・4
入浴は断った、残念だったな諸君。
うん、何処へ向けての煽りだこれ。
と言うのも、松元がシャワーを済ませて出て来る前に、さっさと寝入ってしまおうと画策したからだ。
これなら万が一、松元が一時の気の迷いでアレなアプローチをしてきてもすぐ諦めるだろうし、俺もそれ以上の過ちを未然に防げるしな。
─────ふと、今回女子相手に(座学とは言え)性教育をしてみて思ったんだが。
平成以降、年少者による性犯罪が増えたのって、学校で男子も交えて一緒に「教えちゃった」のが原因では?
これは自分の経験からの思いつきなんだが、まぁちょっと付き合ってくれ。
自分が性行為について、……要は「棒と穴の役割と使用方法」(※超婉曲表現)を知ったのは、中三になってからだった。
知る機会なんていずれ勝手にやってくると思っていたし、大体そういう行為はちゃんと大人になって働きだし、相手を迎える頃には経済的に自立していなければならない、という当時の考え方が大きかったのもある。
なので婚前交渉などとんでもない。どこの学校にも一定数はいる、ド低脳な不良共のやることだと思ってたな。
むしろ「強制的に教え込まれる」方が、どう考えてもマズい。ヤる方法を知ってしまった以上、歯止めの効かないアホ男子と、単なる性欲を愛だと思い込むトンチキ女子が揃えば、そりゃもう大騒ぎさ。
結論:「性教育は小学生女子にのみ実施。男子には教えんでもよろしい」
そして男子より早く耳年増と化した女子を、やがて簡単に股を開くクソビッチにさせないためにも、性病の恐ろしさもセットで叩き込む、これ。これ最強。
ガチャッ。
────などと、枕が変わって入眠しきれずグルグル思考だった所へ、松元が風呂から戻ってきた。
一応、松元は自分の部屋のベッドで、オレはリビングのソファーベッドで寝ると決めてさせてもらった。
物理的にも遠ざけましょうという訳だ。お互いの身の安全と、社会的信用の維持のためにもな。
「初川、もう寝ちゃった?」
死ーん。
「えっ、ホントに寝ちゃったの? ウソでしょ?」
寝たふり寝たふり。アーアー聞コエナーイ。
「うん、もう。折角の機会だし、もうちょっとおしゃべりしたかったんだけどなー」
わっふるわっふる。
「仕方ないかー。じゃ、私も寝よっと」
ホッ、ようやく諦めてくれたか。
薄目を開けると、松元が体の向きを変え、自室に向かおうとするのが見える。
その時だった。
フツッ、という感じで、いきなり部屋が真っ暗になる。あーこりゃ停電だな。強風に煽られてどっかの電線でも切れたんだろ。
そして家中の家電が死んだせいで、台風の存在がより一層際立ち、耳に届いた。
雨戸に当たる雨はザンザカやかましく、風も轟々ともの凄い音を立て……。
「やだっ!」
────そして松元が半泣きになってオレに抱きついてきた。
「うおっと?」
「やだーもー、怖いよー! やだやだー!」
そう言えばこの子、三居の事件の時も最初から泣きじゃくってたな。
他の女子達は、どちらかと言うと唖然というか呆然としていて、状況に理解が追いついていない様だった。
松元は、きっと感受性が豊かなんだろう。他人の痛みにも瞬時に同調できてしまうから、感情の振幅が激しいんだ。
オレは改めて腕を伸ばし、落ち着かせるため正面から抱きしめて頭を撫で、背中をぽんぽんと叩いてやる。
「うっ、ふぐっ」
「泣くな泣くな、取り敢えずオレがいるから安心しろ」
「うんっ、うんっ」
「大丈夫か? 自分の部屋まで行けそう?」
ひっくひっくとすすり上げ、それでも多少は落ち着いたかと思ったんだが。
「むりぃ……、うっく」
オレのTシャツをギュッと握りしめ、頭を横に振ってイヤイヤをする。
「分かった、じゃあ落ち着くまでそうしてな」
「うん、そうするっ」
仕方ない。オレは小さな子供をあやすように、松元を宥め続けた。
のびまくり確定Tシャツは、この際あきらめるとしよう。
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────いつの間にか、二人とも寝てしまっていたらしい。
外は変わらず激しいし停電も復旧していないが、状況を理解して肝が据わると、人間どこでだって寝られるんだなぁとちょっぴり感心する。
そしてこのソファーベッド。背もたれが可倒式で幅を広くして使えるんだが、横にちゃっかり松元がいて、穏やかな寝息を立てていた。
暗がりにもすっかり目が慣れ、間近に見る松元の顔が、ちょっとだけ愛おしく思える。
いつもはクール系と言うか、高身長なスタイルも相まってキリッとしたイメージなのだが、こうして見ると年齢相応の可愛らしい女の子、なんだな。
あーあー、涙の跡までくっきりだ。
スウスウと穏やかな寝息を立てる松元から視線を外し、オレはふと考える。
俺、この世界では何がしたくて、どこへ向かうつもりなんだろ。
例えば来年のバレンタインの真相が判明したとしよう。
犯人(?)を突き止めて溜飲は下がるだろうが、じゃあその後は? その後もこの世界での生活は続くんだ。
受験、進学、そして就職、結婚に子育て、etc.etc...
その時、俺の隣には誰がいて、どんな顔をしているだろうか。
今ではもう顔すら明瞭に思い出せない、元結婚相手の台詞を紐解く。
────『あなたは優しさの使い方を間違えている』
優しさだけでは駄目らしい。
そして今みたいな八方美人が、いずれ通用しなくなるのも分かってる。
いや『使い方』だったな。それってなんだ、どうすればいい?
お互いもっとちゃんと向き合っていれば、別れたりせずに済んだのだろうか。
しまったな、ヒントぐらいは聞いておくべきだった。
「我々はどこへ行くのか、我々は何者なのか。」
某特車二科第二小隊隊長の引用文が口をついて出る。
これ、一人称ならまんま俺のことなんだよな。
と。
「うーん」
寝ぼけたお子様が体を寄せてきたので、借りていたタオルケットを肩までかけ直してやる。
ああもうハイハイ、そんな格好で風邪引くな……よ?
(もにゅ)
そんな、格好、で……。
(もにゅん?)
……考えてみれば松元のヤツ、風呂上がりの姿のままだった訳で。
(もにゅもにゅ♡)
ノーブラTシャツだったかー。
つかおっぱいが返事すんな。別の生き物なのかソコ。
(もにゅーん……)
静かすぎる室内。
間近に感じるぬくもり。
この世界に二人だけが切り取られたような感覚。
いかんいかん、なんだか久しぶりに「異性」の存在を意識してしまった。
とは言え、未成年者からの全幅の信頼を裏切るわけにもいかないしな。
こんな時は生前(?)よく使っていた、一瞬で賢者タイムに入れるマジックワードを思い出せ。
『うーん、もう今夜はカンベンしてくれー』
どうだ、コトが済んで疲れた気になるだろう?
うん、何処へ向けての煽りだこれ……。
さめない熱にうかされたまま、まんじりともせずただ朝を待つ俺だった。




