十月・3
「で、保健体育の何を勉強するんだ?」
「性の話!」
────いや、その、うん。
自分中身オッサンだし、子育ても病院勤務の経験もあるから一通りの知識は持ってるつもりだし、実際男の子とは言え自分の子供にちゃんと教育した実績もあるけど。
普通の中学生男子なら顔真っ赤にして拒否するか、もしくは全然分からない方面の話なので説明できないかの二択になるんだがな。
あ、いや、薄い本の世界なら(※男子側に知識があれば、または女子側が教える目的で)実践行為に及ぶ展開にもなるのか?
なんにしても、年頃の娘さんからの質問としては、頭の痛い部類の話ではある。
まさかとは思うが、からかう為だけに家まで呼びつけた訳じゃ無い、よな??
「一応、理由を聞いても?」
「いやその、うち母親っていないじゃない」
「さっき聞いたな、悪かった」
「ううん、それは全然。でさ、お父さんと兄貴ばっかりだと、こういった話って詳しく聞ける相手がいなくって」
「いやオレだってそうだろ」
所が、松元は真剣な顔をしてこう続けた。
「え、初川って、お医者さんになるんじゃないの?」
「なんでや」
現役の頃はお医者さんや薬剤師さんから、関連する学校での苦労話を聞いていたこともあって、自分には到底ムリだなぁと思った記憶が。
当時勤務していた病院の薬局長さんが高校時代の先輩だったが、薬学部の大学にプラスして、親からの命令で別の化学系の大学にも通わされた話を聞いたことがある。
都合8年間勉強漬けの日々を過ごし、一時は精神的に疲弊して、ある日飲み会での帰り道に電柱によじ登りセミと化した挙げ句、通行人に通報されて警察に保護された、なんてエピソードをお持ちの方だ。
お陰で化学式さえあれば大抵の薬は複製可能だそうだが、それは人の生き方としてどうなんだ。
「えー、だって青ちゃんから聞いたよ、PTAだっけ? の話とか」
「あーPTSDなぁ」
青野、余計な事を……。
「ありゃ聞きかじった話が面白かったし、為になったから覚えてただけで、それ以上でも以下でもないぞ」
「って言うか、同い年の男子がどんな意識なのかもちょっぴり知りたいなーって」
「そっちが本音か……」
「あと私、小学校で受けるはずだった授業の日、風邪引いて休んじゃってて」
「そうだったっけ?」
「うん、だから生理の話は友達に聞いて知ってるけど、もうちょっとちゃんと勉強したいなって」
うーん、小学生の頃の女子に対する性教育ってどんなだったんだろ。男子はその時間、校庭で草むしりしてたから知らないんだよなぁ。
とは言え、塾講師や家庭教師のバイト経験がある自分には、教えを請う生徒からの要求は無碍には出来ないという意識ががが。
「ひょっとしなくても、松元が知りたい内容とは確実にズレるが、それで良ければ」
「いいよ。って言うか、元々は初川に『女の子とはなんぞや』って教えるための勉強会だし」
────ほほう、いい度胸だ
よし、ちょっぴりガチ目の性教育をしてやろうじゃないか。泣いて謝ったって容赦しないからな。
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「────と、これで終わりだ」
「ふぇぇ、頭がフットーしそうだよおっっ」
どこかのテンプレ幼女みたいな声で痙攣してる場合じゃないぞ。はー疲れた。
一応どんな内容だったのか、思い出しつつざっと列挙しておくか。
・「精巣と卵巣は元は同じ物」からの生物学、特に遺伝子や染色体、性器の構造
・「体外受精動物と体内受精動物の違い」に始まる、進化や受精方法の解説
・「妊娠と出産、そして分娩の種類」について、会陰切開や帝王切開の話
・「性病の種類と胎児感染」から、予防と倫理観まで幅広く、ビッチ死すべし
「ご理解いただけた?」
「初川の知識量が凄すぎてちょっと怖い」
「まぁな」
「ほめてないよ!?」
「でも『正しく』勉強するとこんな具合なのは仕方ない、どうしても医療が絡む話だし」
「それはそうだけどさぁ」
はぁーっと溜息をつく松元。
悪かったな、期待していたようなキャッキャウフフなシチュエーション、今回はわざと遠ざけたんだよ。
でも松元の表情がどんどん死んでいったのは、正直スマンかった。
特に会陰切開の辺り、顔が真っ青になってたしなぁ。
「でも初川らしいと言えばそうだなぁって思った」
「オレって女子からどんな位置づけに見られてるんだ?」
「スポーツマンのくせにガリ勉」
「文武両道と言ってくれ」
「あと根っからスケベ、略して根スケ」
「異議あり!」
後に登場する某ブラウザが、いかがわしいキャラみたくなっちゃうだろ。
とまぁ散々話をし、要求には十二分に応えてやれたと思うので、そろそろお暇しますかね。
そう思って時計を見ると、……うわ、もう二時間も経ってたのか。早く帰らないと『ウィー○エンダー』が始まってしまうじゃないか。
ぶっちゃけ成人男性向けの『再現フィルム』を、女子中学生と一緒に視聴することだけは避けなければ!
「あー、じゃあんまり遅くなってもアレだし、帰るとするわ」
「……ねぇ初川、ちょっと外の様子おかしくない?」
「うん?」
松元に言われ耳を澄ませば、なんだかえらい勢いの雨風の音。
「ちょっとテレビつけてみるね」
そういって点けたテレビに、たまたま気象予報が映し出された。
『────本土に接近中の大型台風19号は、紀伊半島の沖を毎時25キロメートルのスピードで北北東へ向かっており、明日未明には東京湾へ上陸する模様です。気圧は950ミリバール、中心から半径20キロ以内は、風速40メートル以上の暴風圏に入ります────』
え、これ大型どころの騒ぎじゃなくない? てかいつ発生してたんだよ、こんなドデカい規模の台風。
慌てて玄関扉を開けて外の様子を見てみると、どこからか飛ばされてきた店の看板がズリズリと、松元の家の前の道路を横切っていく所だった。
いやこれ、とてもじゃないが、自転車どころか徒歩でも帰れんぞ……。
呆然としているオレの肩をポンっと叩き、松元が嬉しそうに言った。
「お泊まり決定、だね」
確か古語に、帰って欲しくない人を引き留めるかのように降る雨を『遣らずの雨』と言うのがあった気がするが、遣らずの台風ってのは初めてお目に掛かるな、うん。
「うーん……。仕方ないか、じゃあ一泊お願いしようかなぁ」
危険なのは嫌なので防御に極振りしたいと思います。
オレは再度家に電話をいれた。
親には「一宿一飯の恩義はお前が返せ、こちらは関知しない」と言われた。
あ、これ子供同士で集まってるって薄々気づいてるくさい。同級生に松下って男子生徒もいるし、そっちだと思ってる節があるぞ。
まさか女子の家で二人きりとは思ってないだろうが、バレたらヤバいな。
さて、松元的には長い夜の始まりかもだが、オレはとっとと寝てしまおう。うんそれがいい。




