十月・2
「やー、待たせてゴメンね」
「ああ、うん」
約束の土曜日、午後6時、ローカル駅舎の駐輪場。
なんとなく落ち着かない気分とは裏腹に、今日のこの時間を楽しみにしている自分に気がついた。
もしも自分が何事にもめげず、あのバレンタイン以降も淡々としていたら、そして松元たちともっともっと話が出来ていたら、また違っていたかも知れない、そう思えるようになっていたからだ。
それに生前(?)だと、松元は女子校に進学したため、同じ通学列車に乗っていたにも関わらず、全くと言って良いほど接点が無くなってしまった経緯がある。
そして前にも話したが、卒業式で好意的な弄りをしてきた心情の、その本音を垣間見るチャンスだな、とも。
「所で今日はどういった用件なんだ?」
「それは着いてからのお楽しみだよ」
「いや、親御さんとか兄弟さんに会う心の準備がな」
「大丈夫」
そこで松元はこっちを向いて破顔した。
「今日は家に私一人だから!」
「うぇいうぇいうぇい!」
「?」
”待て”というつもりが、ただのパリピになってしまった。
つか、えぇ、何でこんなに朗らかな顔で、不純異性交遊疑惑満載なシチュエーションを構築しちゃった訳?
「おま、自分のやってることの意味が分かって」
「まぁまぁ」
あ、これちゃんと分かってて言ってるっぽい。妙に高揚した、それでいてどことなく恥ずかしげな表情が見て取れる。
いや、単にからかわれているだけという可能性もあるが。
うーむ仕方ない、ここまで来たんだ。
毒を食らわば皿まで完食とも言うし、乗りかかった泥船とも言うし、とにかくなんだその。
そんな子供、修正してやる!
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「ただいまー、さー入って入って」
「お、おう」
実はドッキリで、待ち構えていた親兄弟が一斉に吶喊してくる───とかは無かった。本当に家には誰もいないようだ。
「ウソなんてついてないでしょ? ほんとに誰もいないってば」
「親兄弟はどうしたんだ?」
「今日は全員、長野のおじいちゃんちに出かけてる」
「なんで?」
「お父さん仕事が忙しくて、先月お墓参りに行けなかったから」
「松元はどうやって墓参り行きを断ったんだ」
「受験勉強したいからってウソついた」
「てことは」
「今夜は二人きりってことだね」
まぁ別にいいか。もしもそんな状況になったら、怒ったフリをして帰るだけだし。
「取り敢えずそこの椅子に座ってよ」
「はー、分かった分かった」
台所らしい部屋に引っ込んだ松元から促される。
俺はダイニングテーブルに並んでいるイスの一つに腰掛け、……おや?
「なぁ」
「なに?」
「松元の家って親と、あと兄貴が3人だっけ?」
「そうだよ」
「イスの数たりなくないか?」
「ああ、うん、私のお母さんとっくに亡くなってるから」
あ。
「なんか、ゴメン」
「いいよいいよ、私が生まれてすぐのことだし」
こういう所が不躾だよなと自分で思う。
そしてちょっと気まずい時間が流れた後。
「はい、どうぞ召し上がれ」
次々運ばれてくる松元の手料理で、ちょっとした晩餐が始まった。
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「おお、このハンバーグ美味しいな」
「そりゃもう、ちょっと味に一工夫してみたんだ」
「へぇ、どんな?」
「教えなーい」
どうやら青野の家の一件以来、松元もちょっとマジメに料理に取り組んでいると言う。母親不在の家庭であれば、家族全員でローテーションするとは言え、料理当番になる機会も多かろう。
その成果があったのか、最近では家族からも好評のようだった。
食事を終え、二人並んで食器洗いと片付けをしていると、松元が小声で何か呟いた。
「ふふ、これでまず一つ、夢が叶っちゃったな」
「夢?」
「あっ、何でもない何でもない」
────また青春ポイントがどうとか言い出さないだろうな?
さて、腹も膨れたことだし、次は何をするのかね?
「じゃあさ、ちょっと勉強教えてよ」
「それはいいが、一体どういう風の吹き回しだ?」
「はぁー」
「なんだよ」
「『風の吹き回し』なんて言い方、ホントにする人いるんだなって」
「いるさっ、ここに一人なっ!!」
ありもしない左腕の仕込み銃が疼くんだぜ。
「で、何の教科をやるんだ?」
「保健体育! ……やだ、ちょっと、引かないでよ」
「えぇー」
「いやあの、ホント大真面目に勉強しないと困るんだってば! 教えてくれないと、今夜は帰さないからね!」
オレの女友達が大真面目過ぎるしょびっちな件。
そろそろ全員集合の時間なんだが、うーん仕方ない、座学だけなら面倒見るとするか。
俺は家に電話をかけ、今夜は友達の家に泊まるかも知れないと告げた。
これ後日、親同士でお礼の品のやり取りになりかねんな。うまくごまかさねば。




