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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
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九月・6

 いつぞや青野と二人で映画を見に来た、とある地方駅。

 その時は西口だったが、今日は反対の東口から徒歩で約10分。

 そこに、今日お世話になる楽器店「HOT SPACE」はあった。


 いやー懐かしい。

 高校時代は学校から近いこともあって、帰りに立ち寄っては店長と話し込んだり、上手く演奏できないのでコツを教えて欲しい、と懇願してくる他のお客さん(大抵は俺より年下だ)を相手に、即席の講師をやっていたりもしたのだ。


「おー初川君、よく来たねぇ」

「今日はお世話になります、突然の申し出に快く応じて貰って感謝してます。ホラ二人とも、挨拶あいさつ! こちら店長の三浦さんだ」

「ヨロシク、小さな店だけどここの店長の三浦です」

「よろしくお願いしますー! トーちゃんの婿の玲華です! キャーマジマジ!? こんな素敵な隠れ家で、バンドやっていいの!?」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね。もしうちで楽器を買ってくれるなら、その時はサービスしちゃうよ」

「うきゃー! 買う買う、買っちゃいます! ちょーどグレコのベースが欲しかったんですーやったー!」


 騒がしいやっちゃな、まぁ単純に嬉しいんだろうけど。見てる山口が三歩ぐらいドン引いちゃってるよ。

 あとサラッと俺の婿発言はやめろください。


「あ、あの、今日はお邪魔します。ピアノ担当の山口です」

「こちらもよろしくー。今日はピアノじゃなくてシンセだけど、大丈夫?」

「が、頑張ります!」

「うんナイスガッツ、楽しみにさせてもらうよ」

「それでそのー、トーちゃん?」

「ん?」


 玲華が本気で不思議そうな顔でコッチを見る。


「他のメンバーは? これから来るの?」

「いんや、これで全員だけど」

「えっ?」

「ええっ?」

「そうなの? 初川君」


 ふっふっふ、長いようで短い人生、時にはサプライズも必要なのだよ。


「まぁまぁ、取り敢えず貸しスタジオに入りましょうか」

「う、うん」


 店長は他の店員に店番を任せると、愛用のベースギターを抱え、先頭に立って歩き出す。

 そして入った店の奥。


 そこには時間500円と超安上がり、お金のないバンド学生の強い味方、貸しスタジオ兼防音室があった。

 うわー、ここも懐かしいな。

 高校時代、たまたま吹奏楽部の演奏を見に来てくれた友達から声を掛けられ、学園祭へ向けての練習でこの部屋にはしょっちゅう来ていた。

 見覚えのあるマーシャルのアンプや、TAMAのドラムセットなんかも記憶のまんまだ。


「さて」


 ストン、と。

 俺はそのドラムセットの椅子に、当たり前のような顔をして収まった。


「「ええーっ!?」」


 目を見張る三人。もちろん店長も知らない事実。

 そう、俺は高校に上がってからは吹奏楽部に入部したのだった。


 ドラマー兼パーカッションとしてな!


「皆んな、何を呆けてるんですか、特に店長」

「えーっ、だって初川君、ドラムもやるなんて初耳だもの」

「ギターも好きですが、ドラムはスティックさえあればどこでも練習出来ますからね」


 ハ○肇とクレージー○ャッツをTVで見て、あのドラムから離れて床だのマイクスタンドだのを叩きまくる姿に惚れたんだよね。

 さっき言ったが、俺に教えを請うてくるのは、スネアロールが出来ないパーカスの卵。

 吹奏楽部の諸先輩方にガッツリ叩き込まれたおかげで、俺はスティックを持ってわずか三ヶ月ほどでこれを物にした。


 一方、店長はギターこそ得意だったが、ドラムは一応商品として置いてあるだけ。そしてこのスタジオに設置してあるドラムセットの為だけに、少ないながらスティックも扱っているのだった。

 そもそもこの防音室のせいで、楽器を展示できるスペースはそんなに広く無い。場所を取るドラムセットは基本受注販売だったし、どちらかと言えばギター専門プラスアルファ的なお店なのである。


「おおーっ、またアチキの嫁の新たな一面がー、好きー!」

「えっ、ボクのトオルが玲華ちゃんの、よ、嫁?」


 山口、そこは完璧にスルーしていいぞ。つかサラッと下の名前を呼び捨てにすんな。あと張り合うな。

 それと玲華は帰ったらしばき倒すから覚悟しとけ。


「はははっ、こりゃあたまげた。それじゃ初川君のお手並み拝見といこうじゃないか」

「ふっふっふ、みんなの度肝を抜いてやりますよ!」


 そして玲華は、店長から借りたフライングVをニッコニコで構え。

 山口はカシオから出たばかりのシンセを、これまたウキウキでいじり始めた。


 いいね。

 音楽って基本、テンションぶち上げた方が楽しいし。


 そして俺たちは、当時CMで流行(はや)った曲を3曲ほど、飽きること無く練習しまくった。

 玲華は初めてのバンド演奏で、何かのメーターが振り切れていたようだし、山口はそんな玲華に驚きながらも、今までソロばかりだった自分のスキルの、新たな楽しさに気づいたようだ。


 俺は俺でドラムセットを相手に格闘、もう何十年も感じることのなかった音楽熱に、久しぶりに酔いしれた。


 ああ、この時間がずっと続けばいいなぁ───


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ふぅ、ボクこんなに楽しい音楽の時間って初めてかも」

「そりゃ良かった」

「アチキもー! トーちゃん大好きー!」

「暑苦しいので離れやがれください」

「ひーどーいー!」

「あはは、初川君、この子面白いね」


 予約していた時間も終わり、俺たちはスタジオの中でまったりしていた。


 みんなそれぞれ、普段は基本一人で楽器に触れているメンバーだ。

 こんな風に一所(ひとところ)に集まってのセッション、ましてやこの独特の「一体感」。

 店長を除いては初めての経験だろう。


 最初はややぎこちなかったシロート三人、要はバンド初心者の俺たちを店長がうまくリードしてくれたおかげで、徐々に馴染んでいくのもワクワクしたし、曲の要所要所がビシッと決まった瞬間は、思わず全員が顔を見合わせ、ニヤけてしまうほどに最高の瞬間だった。


「所で」


 店長が部屋の隅からカセットテープを持ってきた。


「今日の演奏、全部録音しておいたよ。今から全員分ダビングしてあげるから、部屋を出たら休んで待っててくれる?」

「あっ、ありがとうございます、ボク一生の宝物にします!」

「うわーうわー、店長も大好きー!」

「あはは、ありがとう。じゃみんなこっちでくつろいでてよ」


 そう言うと店長は、ベースとカセットテープを持って別室に入っていった。

 うーむ、流石は女性経験豊富な男、やることにいちいちソツが無いぜ。俺が覚えてるだけでも、交際相手が4人はいたからなぁ、あのプレイボーイ氏。


「ほら、今日はお疲れさん」


 俺が自販機で買ってきたマッ缶を渡すと、二人は競うように一気に飲み干した。


「「ぷはーっ!」」


 いやキミタチなに張り合ってんの。


 思い返せば昨日、俺が電話をかけ終わって二人のところに戻った時は、もう玲華のしゃべり方がいつもの調子に戻っていた気がするし、そいや山口のことを「ぐっちー」などと友達呼びもしてたな。

 あれって玲華と山口が、俺のいない間に打ち解けたって解釈でいいんだよな。

 え、あの短時間で? すごくね?


「やっぱり音楽って、一緒にやってくれる人がいると、何倍も何十倍も楽しいものなんだねー!」

「だね、ボクもこういうのは生まれて初めてだけど、すっっっっごく楽しかった!」


 おお、なんだか青春ドラマを見ているような気分だ。この後二人は仲良く手を握り合って。


「ぐっちーには負けないよー!」

「ボクだって、れいちゃんに負けるつもりは無いからね!」


 ……ん? そこは「今日はありがとう!」、「機会があったらまた一緒にやりたいね!」とか、笑顔のメンバーを順にコマ送りしながら、スタッフロールとエンディング曲が流れたりする爽やかシーンじゃなくて? なんで勝負事みたいになってるの? つーか。


「お互いまるで違う楽器なのに、一体なんの勝負を始めたんだ?」

「トーちゃんにはナイショなのだー!」

「そうなのだー!」


 山口が感化されてる!? やめろ玲華、山口を壊すんじゃない!



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 そして翌日。


「トーちゃん、昨日はチョーありがとー!」

「おー、楽しんでもらえたなら何よりだ」


 見送りに来た列車の窓から、玲華はそう言って俺の手を握り、ブンブンと上下させた。

 玲華の親父さんは何だか急な仕事が入ったそうで、昨日俺たちがバンドやってた頃に大慌てで帰ってしまったんだそうだ。宮仕えは辛いねぇ。

 まぁここからなら乗り換えは一つだけだし、迷うことも無いだろう。

 それにしても玲華さんや、たまたまボックス席を独占できて他に見る人がいないとは言え、ちょっとはしゃぎすぎなのではないでしょうか。


 ちなみにホームには俺一人だけ。

 地方のローカル線なんて「駅に行く人イコール乗客」であり、こんな風に見送りに来るケースなんて無いに等しいのである。

 なのでまぁ、他者の視線は気にしないと言うか、そもそも無いと言うべきか。


「おかげでメチャクチャ楽しかった、最高の日だったー!」

「良かったな、まぁ次に来たときも、時間が合えばまた一緒に遊ぼうぜ」

「うん、トーちゃんもドラムとギターの練習、手ー抜くなよー?」


 と。


「ほんと、本当に……楽しい時間だったなー」


 ボロボロと、その瞳から大粒の涙が零れる。


「おいおい?」

「あっ、あれっ?」

「ど、どした」


 なに泣いてんだ、こっちがハラハラするだろ。


「なートーちゃん、やっぱりウチの学校に転校する気、……ない?」


 ……こうまで言われると、転校するに(やぶさ)かでは無いって気分にもなるが、今の家のままで転校できる条件の一つ、学区が隣接してないんだよなぁ。

 アパート借りるか、それこそ玲華の家に下宿するのでもなければ、流石に無理だ。


「出来るものならなぁ」

「やっぱり今からトーちゃん(さら)ってっちゃおうかなーっ、とか。……ダメ?」

「あのな、一生会えない訳でもなし、次の楽しみが増えたと思えばいいだろ」

「次?」

「うん、次」


 玲華はそこで一瞬考え込み。


「……そっか、次に会う機会は自分で作ってもいいんだよなー?」

「ん?」


 それから何か思いついた様子で、不意にいたずらっ子の様に笑って続けた。


「うん、じゃそうするー。またね、()()()()()


 ばっ、と。


 窓から思い切り手を伸ばし、俺の首に両手を回した玲華は。


「ぐっちーには悪いけど、先越されちゃってるしー」


 そう言って、触れるだけのキスをした。


「ばっ、おま……」


 発車のベルが鳴った。


「出発しんこーう! さらばだトーちゃん、またねー!」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 遠ざかっていく列車。


 窓から顔を出して手を振りニッコリと笑う玲華は、数日前の夜に見たお(しと)やかなガーベラなんかじゃなく。


 いまだ燦々(さんさん)と輝く太陽の下、遅咲きだった分より大きく花開いた、華やかな向日葵(ひまわり)みたいだった。




 ああ、これでようやく夏が終わる────。


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