担当は土地神様?
「知らない天井だ……」
目が覚めた途端ベタなことをやってしまった。しかしうん、あの瞬間のことはよく覚えてるぞ。
ハンドルにしがみついたまま仰天しているドライバーの顔。
迫り来るトラックのフロントグリル。
周囲の人達の目がまん丸になっていく様子。
今月の家賃払い込んでおいたっけ?
確かバイクのローンは完済済みだったはず。
唯一の家族である息子にゃ悪いことしたな。
てか、あぁこれが走馬燈ってヤツかー、すげぇなぁ。
一応サイドステップで避ける努力はしてみようかなー。
と、まぁ瞬時に色々と浮かんだものの、自分は今出てきた店の壁とトラックに挟まれ、肋骨がどてぽきぐしゃとイヤな音を立て……。
……あれ、自分普通に死んでない? 状況から考えるまでもなく即死じゃない? なんで意識あるのよ。多分あれじゃ頭蓋もひしゃげたはずで、なのに視界が確保出来ている??
「気がついたかの」
「うきゃっ!」
乙女か。と言うか、今なんだか聞き慣れない声が二つ聞こえたぞ。
声のした方へおそるおそる視線を向ける。
そこにいたのは、ナースでウイッチなエンジェルなどとは全然別ものだよSOS。
ショートボブな髪型の、なんだか古風な衣装を着た中学生ぐらいに見える女の子が、こっちをジーッとロックオンしていた。
「まずは無事にお主の魂を捕獲出来たことを喜ぼう」
「捕獲」
「普通はああいった死に方をすると、場合によっては地縛霊とか浮遊霊になってしまうのでな、慌てて儂が捕まえたのじゃ」
「場合によっては」
「そうな、例えばこの世に巨大な未練があったときなどじゃな」
「未練」
「あったじゃろ?」
うん、いやまぁ今は未練は置いといてですね、と言うか。
「あなたが神か」
「おっとそうじゃな、自己紹介がまだじゃった。儂はこの土地の管理一切を任されておるオオトモと言う」
「オオトモさん」
「またえらくフランクに呼んでくれるのー、これでも一応帝家由来の者であるぞ」
「あっすいません。てか……え、今「帝」って言いました?」
確かに尋常じゃない神々しさと言うか、オーラ的なものを身に纏っている様に見えるけど。
「いかにも。跡継ぎ争いに敗れ、自害したように装われ殺されそうになったので、影武者を立ててそのまま海路を経、ここ安房国に流れ着いたのじゃよ」
「え、でもそんなお方が何故自分のようなオッサンを?」
「お主の先祖は、儂が都から落ち延びる際に付き従った忠臣の一人でな、儂の最後を見届けてくれた恩がある」
「ご先祖様が」
いや待て待て待て。
この神様の名前といい、後継者争いで京から逃げ延びた話といい、それって軽く1,400年以上昔の話だよね? 確かジンシンとかオウニンとかあの頃の。
で、ご先祖様がって、……あれって亡くなったジーサンの与太話じゃなかったのか。
伝え聞いた話。
自分のご先祖様は、オオトモさんの言ったように京からやって来た重臣で、他の5人の臣下とこの地に根付いた。元々からの村人達は素性を知ると、それはそれは丁寧にもてなしてくれ、やがてすっかり馴染んだとか。
しかし都では影武者であることがばれ、数年かけて追手が差し向けられることとなる。
最後は軍勢と闘い、皇子が討ち取られたのを見届けた後、川の畔で割腹自殺を図り、その生涯の幕を閉じたとかなんとか。
「あやつのお陰で、儂は明治の世になって帝の称号を授けられた。実際に即位はしておらんのだがの。最後まで闘い立派に死んだという名誉と、儂の後継者としての正統性を、あやつは最後の最後まで軍勢の者に訴えながら果てたのじゃ。この恩はいつかあやつの子孫に返そうと、常々思っておっての」
「そうだったんですか」
地元の古老の間では割と有名な話らしく、やれあそこの神社の裏には立派な前方後円墳があるとか、その古墳からは歴史上非常に貴重な出土品があったとか、いちいち調べていると枚挙にいとまが無い。
「でな、お主に関してなのじゃが」
「はい」
「未練、あるのじゃろ?」
ああ、まぁ未練と言うか、単にスッキリしていないだけと言うか。
「どうせならお主、儂の権限で過去に戻ってみんか?」
「はい?」
「儂も現代の”異世界あにめえしよん”やら、”らいと述べる”を少しは嗜んでおってな」
「ははあ」
微妙に間違ってるイントネーションな気がするんだけど、そこはさておき。
「とは言え、儂はこの土地限定の神なのでそれぐらいしか出来んのじゃが」
「いえいえ、生かして貰えるなら有り難いことです」
「因みにじゃが、全く同じ過去には送れぬぞ。こちらにも事情があっての」
「と言うと」
「例えばそうじゃな、宝くじの当選番号などは全て変わってしまう。賭け事の類いは一切合切な」
「ありゃ残念」
と言うか、そんなのいちいち覚えてないよ。
「後は特には無いが、そうじゃな……。お主に少々贈り物をしてやろう」
「ど、どんなものでしょう」
え、嘘、まさか人生やり直しが出来るだけじゃなく、何か超常の力が?
「相手の好感度が上下した時、えすいー音が鳴る能力じゃ」
「王子様に謝って」
それなんてサクラな大戦? 大丈夫なのか転生先、版権とかコードとか。
「なんじゃ不服か?」
「いえいえ滅相もない、十分すぎる贈り物です」
「それとな、いつでも儂と会話できるようにしておく」
「それは助かります」
ナビゲーターがいてくれるのか。ちょっとどころか破格のギフトだ。
「それで届け先なんじゃが、どの辺りにするのかの」
「やはりそれは中二の4月1日でしょうね」
「ん? 例のばれんたいんとやらの当日ではないのか?」
「ええ、ちょっと確かめたいこともありますし」
そういう事になった。
そして目覚めたときに聞いた「二つ」の声、あれオオトモさんと自分のだった。
オオトモさん、自分が中学時代に戻るだろうと予測していて、姿形だけは先に14才の自分に作り替えていたのであった。
どうりで自分の声にしては、妙に若々しいと思ったよ。