九月・5
「……んっ、と、トーちゃん、こんなに太くて固いなんて、きっ、聞いてないよ……」
「我慢しろ、オレにはコレしかないし、そういうもんだし」
「でもこれは、くっ、……はあっ」
「何事も経験だ、ほら早く」
夏。
扇風機しか無いオレの部屋。
二人とも汗だくでなにをしてるのかと言うと。
「もー、フォークギターの弦ってなんでこんななんだよー!」
「仕方ないだろ、明日ぶっつけ本番でやれるのか? んんー?」
「そりゃそーかも知れないけどー、いやこれは予想外だったー」
明日のバンド活動のため、帰宅してから軽く練習してみようって話になったんだが、玲華はアコギ初心者だと言う。逆に、俺はエレキギターって触ったこと無いんだけど、弦の質ってそんなに違うものなの?
「何もガッツリ弾けって訳じゃないし、運指の練習だけでいいから」
「分かってるよー。にしてもトーちゃんさー」
「ん?」
「ぐっちーって、こないだ一緒に寝た子なのー?」
「言い方ァ! あー、まぁ結果的にはなぁ」
つか、既に友達呼びができるほどの仲になったの? お父さんそっちの方がビックリなんだけど。
「なんか見てて音楽的にも仲よさげっぽいけど、ぶっちゃけどう言った、か、カンケーな訳?」
「それなぁ、正直よく分からないんだよな」
当時は同学年でギターなんて弾いてるのはオレぐらいだったし、楽器を家で個人的にやってるって意味で、どうも山口からは仲間意識を向けられていたっぽい。
下手の横好きと笑わば笑え、何にでも挑戦したいお年頃だろ、中学生なんて。
ある程度体も大きくなって、出来ることが増えるんだから。
「ほーっ、つまり恋愛感情は皆無だとー?」
「どちらかと言えば音楽仲間って感じだなぁ」
「ほーほーっ」
「そう言えば、いつかセッションしてみたいとか言われたな」
「ほっほーっ」
「さっきからなんだ、フクロウのマネか?」
「実はミミズクだがー?」
うっさいわ。
「つか何の意図があるんだよ、いまの質問」
「いやー、トーちゃんはアチキの婿なのでー」
「長男だから無理です」
「じゃあ嫁でもいいぞー」
「ん? お前がコッチに来るのか?」
「いや、トーちゃんがアチキの嫁になれー」
「画期的すぎるわ!」
「そーだろー?」
「だが男だ」
「ぐぬー」
こんなバカみたいな会話も懐かしいな。
そう言えば当時はサラッと受け流していたが、玲華的には本気だったのかね?
「まぁ将来は誰にも分からんけども」
「ま゛っ!?」
ジャイアント○ボみたいな声出た!?
「そそそそれは、前向きに検討してくださると受け取ってよろしいのデ、ありおりはべりいまそかり!?」
「壊れんな。だから分からんと言ってるだろ」
「ありがとー!」
「やめろ抱きつくな暑苦しい!」
いきなり顔に胸を押しつけられ、柑橘系の香りに包まれた。
おかしいな、記憶の中の玲華は、ここまでスキンシップの激しい子じゃなかったはずだが。
強いてそれらしい記憶を掘り起こすなら、一本のジュースを回し飲みしたりする程度だったぞ。それも男友達みたいな気安さで。
────あ、ひょっとして。
さっきも言ったが、エレキは不良のやるものだという世間の目が、まだちょこっと残っていた時代である。
当時としては貴重な音楽仲間(兼男友達)を失いたくなかったから、なのかも。
実際、高校に上がって玲華は軽音部、俺は吹奏楽部に入って話題もズレはじめ、お互い大学に行って地元を離れてから一気に疎遠になったし。
視野狭窄とでも言うか、勘違いで夢中になることも、この年頃には多いしな。
……それはともかく。
「いい加減はなれろ、勘違いするだろ」
「アチキはホンキだけどなー」
「何がだ」
「つーん」
つかお前、これフロントホックブラだろ、プラのパーツが当たって痛いんだよ。
とか言っちゃうと流石にマズいよな? なんでそんな知識があるんだーってツッコまれそうだし。
それにそろそろ引っぺがさないと、妙な雰囲気になりそうだ。
────その時。
「あー、おにーちゃんとれーかちゃんがなかよししてるー!」
「「!?」」
ドバン! と部屋の扉を開け、勘違い一号がご光臨である。大慌てでパッと離れた俺たちの所へ、ミキちゃんは猛然とダッシュをかける。
「ミキもー!」
「いいぞ、ホラおいで」
むぎゅー。
「ちぇー、ミキちゃんいいなー」
何故か肩を落とす玲華だが、そんなことを言っているヒマは無い。
「さぁ、特訓の続きといこうか?」
「ぎゃー!」
さてさて、こんな調子で明日は大丈夫か?
自分もピンクに染まった意識を切り替えるべく、明日演奏する曲をラジカセから流し始めた。




