九月・2
玲華と過ごす時間は、久しぶりに賑やかで楽しいものだった。
何せコイツだけは絶対に『差出人不明のチョコレート事件』には関わってこないからな。
お互い同じ県下の公立中学だし、日曜祝祭日なんかの休日設定も同一。来年のバレンタイン当日に、オレの学校に来られる筈がないのだ。
はぁー、見えない誰かに気兼ねするでもなく、単純に心を許せる存在がこんなにもありがたいとは。
「んん? トーちゃんどしたー? いきなりアチキをじっと見つめたりしてー」
「んあ?」
おっと、久しぶりに会ったせいもあってか、まじまじと観察するようなマネをしてしまったか。申し訳ないことをしたな。
「ひょっとしてー、アチキに惚れたかー?」
「や、それはないから安心しろ」
「真顔で返事すんなー! ちょびっと傷ついただろー!」
「あだだだ」
両腕を振り回して背中を叩いてきた。
そりゃもう見事なポカポカ具合で、ギャグマンガに描けそうだ。
そんなオレたちのやりとりを、近くで見ていた幼女達が笑っていた。
お互い分かってやっていることとはいえ、流石にちょっと恥ずかしい。
「おおー?」
「今度は何だよ」
「いま気がついたけど、背もずいぶん伸びたんだねー、いくつー?」
「叩く前に気づけよな、確か1メートル165センチぐらいだったか?」
「いちめーとるひゃくろくじゅ……、なんかすごくデカく感じたよ!? 詐欺すんな!」
こないだ美幸達が来たときも同じ質問をされたと思ったが、他者からの視点だとかなり伸びたように捉えられてるんかな。
まぁ卒業までにあと10センチ伸びるんだけど。
「背中が大きくって壁みたいなんだもん、そんな妖怪いなかったかー?」
「ぬりかべって呼んだら、白目むいてオシッコ漏らすまでくすぐるが?」
「女の子として色んなものを失いそうだからやめとくー」
「そうしてくれ」
高校の友人から頂戴した妖怪由来のあだ名が、行きつけの喫茶店で常連の仲間入りをした事で定着し、やがてSNSでのプロフにまで使われるようになった、という歴史がこっちにはあるんだよ。知らんだろうけど。
と、そのとき。
「あ、れーかちゃんだ!」
「おお、愛しき我がイトコ、ミキちゃんではないか! おっきくなったねー、元気だった?」
「うん! れーかちゃんは?」
「元気もりもりオロナミンCだぞー」
「そこはハツラツだと思うんだが」
「そーだったー」
「きゃははは!」
なんだこれ。
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「ふーん、トーちゃんモテモテなんだねぇ」
お祭りからの帰路。
オレとミキちゃん、そして玲華の三人は、家が隣同士ということもあって一緒に夜道を歩いていた。
その道すがら、ミキちゃん主導で出てきた話題と言えば、先日の旅行の件である。よほど楽しかったのだろう、満面の笑みで玲華にあれやこれやと話していた。
……いやその、ミキちゃん? 先日の旅行の件は誰にも言わない約束じゃなかったっけ?
何せ保護者である「風嶺夜」のマスターが一時帰宅。
残ったオレ達は───時間差あり且つ男女別───という事実はあれど飲酒行為に及び、果ては年頃の男女が同じベッドで寝ていたという、不純異性交遊を疑われても仕方の無いやらかしをしたのだ。
情報封鎖は一分の隙も作ってはならない……のだが、まぁ幼女相手じゃそれも完璧では無い。
オレはミキちゃんの話す内容に時々訂正を入れつつ、イヤな汗をかいていた。
「みんなでお泊まり楽しかったんだねー」
「うん!」
「そっかそっかー」
ホッ、ようやくこの話は終わったか。
「そんなに楽しかったんなら、アチキも一緒に行きたかったなー」
「ほわーい?」
「え、だってトーちゃんの手料理がふるまわれた訳でしょー?」
「そりゃ緊急事態だったからな。つってもカレーだし、大したこと無いぞ?」
「料理が出来て子煩悩で、おまけにアチキとは抜群に相性がいいとかなー」
話し疲れたのだろう、今はオレの背中で寝息を立て始めたミキちゃんを見て、玲華はオレと視線を合わせず、前だけ見てそんなことを言った。
「そうか?」
「なのでトーちゃん、アチキの婿になれー」
「長男なので無理です」
「そっかー」
アスキーアートのショボーン風な顔をしている玲華を見て、オレはふと気になったことを尋ねた。
「なぁ、そっちの中学、あんまり楽しくないのか?」
「……なぜそんなことを聞くー?」
「いや、なんとなくだけど」
「んー」
これは打ち明けるかどうか考え込んでるな。
と言うか、さっきポロッとこぼしただろ、『相性抜群』って。
だからそっちの学校には、玲華と気の合う親しい友人がいないのかと思っちゃったんだよ。
「ま、無理に話さなくてもいいが」
「んー、なんでこうトーちゃんはなー、余計なトコロに気がついちゃうかなー」
「お節介だったかな?」
「んー」
そこで玲華はぴょんと小走りをし、数歩進んだ先で足を止めてこっちを振り向いた。
「明日もっかい会えないかなー? 時間は何時でもいいからさー」
「明日か」
明日は午前中に部活があるんだよな、だからえーと。
「午後からなら大丈夫だな。悪いけど昼飯の後でいいか?」
「んーん、全然いいよー」
「分かった、じゃあ食い終わったらミキちゃん家に顔出すわ」
「お頼み申すー」
いつものようにおどけた話し方だが、どうにも歯切れが悪いな。
「……ありがとね」
スポットライトみたいな街灯の下。
いつも賑やかで風鈴草みたいな普段のイメージとはかけ離れ。
小首をかしげつつオレを見るその姿が、まるで一輪の白いガーベラのように映った。




