八月・番外編(8)
その後も散々遊んでコテージに戻ったオレ達だが、そこで驚愕の事実を聞かされることとなる。
「えっ、マスター帰っちゃったんですか!?」
人の良さそうなコテージの管理人さんが、申し訳なさそうに頭を下げた。ちょっとハゲてるがマスターの同級生だそうな。人生色々、男も色々である。
「うん、なので言伝を預かってるネ。『明後日に仕入れ予定の食材に欠品が出てしまった。これは僕の奧さんじゃ対応できないので、一度帰らなくちゃならない。明日の夕方には迎えに来るから、くれぐれもみんなのことを頼んだよ』って書いてあるネ」
「あちゃあ、そうなんですか」
まぁ自分の(※外見はともかく)中身は枯れたオッサンだ。責任持って対処するとしよう。
「それと知っているとは思うけど、ここは食事の提供ができない施設なんだよネ」
「ああ、マスターが作る予定だったそうですからね。大丈夫です、そっちは何とかしますんで」
「そうかい、それは助かるネ」
「じゃあ後でマスターの持ってきた食材の場所までお願いします。所で、一旦部屋で荷物を解きたいんですが、構いませんか?」
「それなら、部屋の鍵を先に渡しておくネ。終わったら降りてきて。お風呂やトイレの場所も案内するから」
「はいお願いします、10分ぐらいしたら伺います」
借りてあった部屋は二部屋。と言うか、元々このコテージには部屋が二つしか無い。家族型とでも言うのか、ツインではなくダブル+αなので、一部屋を女子三人で。もう一部屋をオレとミキちゃんで使うことになっていた。
荷物を広げた後、建物内を案内してもらったオレ達だが、女子には先にシャワーを使ってもらった。
その間に食材の入った大型冷蔵庫へと来たオレは、マスターの作ろうとしていたものを推理するという無理難題を解決せねば。
「ああ、彼から献立のメモも預かってるよ。晩ご飯はカレーだったみたいネ」
正直助かった。本格的な料理人の用意する食材を素人が眺めていても、絶対に何かしら余ったりするので。
見ればマスターも一緒に食べる予定だったのだろうカレーの材料が、冷蔵庫内にこれでもかと言うほどの量で鎮座しておられた。
……うん、まずは米を研ごう。
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研いだ米をジャーにセットし、肉と野菜を適当な大きさに切って油で炒め、ジャガイモだけ別の皿に取り分けた所で、シャワーを終えた女子達が集まってきた。
「なんかすごいね」
山口が感心したように言う。
「何が?」
「普通は男子がご飯を作るなんてやらないじゃん」
まぁなぁ。『ワタシ作る人、ボク食べる人』なんてCMがあった時代だものな。この年頃で普段から料理をしている中学生男子なんて、滅多にいないんじゃ無かろうか?
もっともあれはカレーじゃなくてインスタントラーメンだったし、作ってくれたのは「女性と少女」だった。
話が横道に逸れるが、あれは元々メーカーが子供達に取ったアンケートの中にあった、
「家では私がみんなにつくってあげる」
という、小学校高学年女子の”優しさ”をヒントに作られたCMだった、と後年に知った。
だのに某婦人団体が噛み付いたせいで、現代で言う所の「炎上騒ぎ」となり、二ヶ月足らずで放送されなくなってしまったのである。
たかがインスタント食品でジェンダーがどうのとか、今考えてもアタオカだな。
「じゃあみんな、後は任せていいか?」
「いいよ、後は全部鍋に入れて煮込むだけでしょ」
「えっ?」
「えっ?」
「いや、具材を投入する順番と火力にだけは注意して欲しいんだが」
「えっ?」
「えっ?」
うーん、肉やニンジンはともかく、ジャガイモは下手すると溶けて無くなっちゃうから……。
「あーうん、ルゥを入れる直前までやっとくわ……」
まぁいいか、乗りかかった船だし。
オレはミキちゃんを除く全員に、ジャガイモを別にした理由を解説しながら、続きを開始するのだった。
シャワーは後でもいいか、つーか食後に大浴場に入ればいいや。
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好評だった夕ご飯の後、女子達が率先して皿洗いやらをしてくれるそうなので、オレは一旦部屋に戻って休んだ後、着替えを持って大浴場にやって来た。
一応2家族が同時に使えるようにと、大きな湯船を真ん中から仕切りで分けてあり、脱衣所も別になっている。
管理人さんが気を利かせてくれたのか、それともこういう使い方も想定されているのか、扉には「男」「女」って札が掛かっていた。
これなら嬉し恥ずかしドッキリ大作戦も不発に終わるだろ。
脱衣所で服を脱ぐと、今日一日海で遊んだこともあって、ベタついた体が気になった。
ちゃっちゃと洗って、あとはゆっくり浸かるとしよう。
「あ、初川も入ってるー?」
隣の脱衣所から声を掛けられた。山口だな。
「おー、いま来た所だ」
「皿洗いとか終わったから、アタシたちも入りにきたんだー」
「やっぱりシャワーだけじゃ足りないよね」
これは青野と松元か。んん?
「そうなのか。ミキちゃんは?」
「おにーちゃんと一緒ってダダをこねてたけど、今はこっちにいるよー」
「そうそう、好かれてるねぇ初川」
伊達に子育て終わってないぜ、と言おうとして慌てた。気が緩んでるのかも知れない、注意せねば。
「ミキちゃんはお姉ちゃん達の言うことを良く聞いて、ちゃんと洗ってもらうんだぞー」
「うん!」
元気があってよろしい。
オレは浴室へのスライドドアを開け、中へ入っていった。
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「はー、生き返るー」
オッサンか。いや中身オッサンでしたねハイ。
体を一通り洗ってから、オレは湯船で蕩けていた。
そう言えば銭湯どころか、生前(?)はスパとかいう所にもあまり行かなかったなぁ。当時勤務していた病院で庶務課に配属された時は、慰安旅行を企画して常磐ハワイアンセンターに行ったのが最後だ。
ふとネットのBBSで知り合った友人達とリアルで会い、意気投合して年に一度温泉旅行に行っていた記憶が浮かぶ。
確か4、5年ぐらいは一緒に泊まりがけで遊びに行ってたよな。
そのメンバーの一人が内臓疾患で急逝したのと、同時期に別のメンバーも転居をしたのが切っ掛けとなり、以降は集まることも少なくなった。
丁度自分も離婚をし、車も息子に譲ってバイクオンリーで生活していたせいもあって、移動のアシも無くなった事で、自然とそうなったのだった。
みんな元気にやってるだろうか?
と、思考がグルグルし始めた時。
「ほらミキちゃん、頭からお湯をかぶるよー、大丈夫かなー?」
「うん、へいき!」
「えらいねー」
「えへへー」
「じゃあ下を向いて目をつむって、お口は開けててねー」
「うん!」
あー和むわー。
隣でキャッキャやっている声を聞きつつ、オレはふっと自閉モードになる。
自分が手放してしまった幸せ、とか言うつもりは無い。
しかし、取りこぼしてしまった過去には少々の悔恨もある。
何を間違えたのか? どうしたら良かったのか?
親を恨んでも仕方ない。そのモヤモヤは全部自分に跳ね返る。
元カミさんを恨めばいいのか? いやそれも筋が違うだろう。
結局、どこまで行っても自分が悪いとしか思えないのだ。
他人を、特に女性を信じ切れず、半ば自棄になって自らを閉じてしまい。
挙げ句やった事は「八方美人」そのもので、それも破局到来ときた。
阿呆かな? 阿呆ですね。
そんな事を考えながらに鬱々としていると、隣に人の気配がする。
「やっ」
「はあっ!?」
青野がいた。え、青野? 青野ナンデ!?
「しーっ!」
オレは慌てて口を塞ぐ。
「あれっ、初川ー、どうかしたー?」
「いやっ、なんでも無い」
「そーお?」
「ちょっとメガネが無いんで躓いただけだ」
「あーそっか、目が悪いと大変だねー」
「おにーちゃん、きをつけてね?」
「おお、ありがとう」
やり過ごしたのは良いが、青野がここにいるのは変わらない事実。
「つーかお前どっから湧いた?」
「うん、この浴槽って隣とお湯が共用なのは分かるでしょ?」
「そりゃそうだろうけど」
浴槽を別々に分けて管理とか、湯沸かしの点からしても勿体ないだろうし。
「この仕切り板、お湯の中で一箇所繋がってる所があるんだ」
「ふーん」
いや待て待て、なんとなく会話しちゃってるが、これマズいだろ常識的に考えて。
「取りあえず向こうへ戻れよ」
「えー、ヤダ」
「オレに見られたら、とか考えないのかよ」
「だってアンタ近眼じゃん」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ大丈夫じゃん?」
何がだよ……。
まぁ確かに目が悪いせいで、近くにある青野の顔以外は全く把握できないんだけども。
さては夕飯前のシャワーの時に調べてたな? その上でオレの近眼を分かっていてのこの行動か。
確かにみんなで来ていればアリバイ工作もバッチリだし、なかなか抜け目のないヤツだ。
「はぁ、まあいいか」
「にひひ」
青野が妙な笑い方をする。シャンプーと石けんのいい匂いがした。
そういや異性の相手と一緒に風呂とか、10年以上ぶりぐらいだな。自分は既婚者だから別段どうとも思わないが、青野はどうなんだろ?
「アタシね、こういうの夢だったんだ」
「うん?」
「なんて言うかさ、男子とか女子の垣根を越えた友情? いや違うなー、親近感? みたいな? うーん」
お、そんな認識なのか。これはどちらかと言うと異性相手と言うよりは。
「あー、何となくだが分かるぞ」
「でしょ?」
性欲とかそういう邪な感情は一切抜きで、けれど触れ合うほど近いのに性別関係無く安心できると言う。
それはかつて自分が欲しくても掴めなかったもの。
「信頼関係、だな」
「そう、ソレ!」
「おいバカ静かにしろ」
やや気恥ずかしくなり、オレは青野の肩を自分の肩で小突く。
今さらだけど距離近くない?
「うわわ、ゴメン」
「忍んで来てるんだからちゃんとやれ。バレたらオレの命が危ない」
社会的な死と物理的な死、両方いっぺんにやって来そうだ。
「実はさー」
「うん?」
青野は自分の両手を見ながら、何やら思案中。
オレは急かすこと無く、言葉の続きを待った。
「アンタに抱きついて泣いたことがあったじゃん」
「ああ、こないだの」
「うん。で、あの時にあれ? って思ったのね」
「ん?」
「確かに勢い任せであんな風に抱きついたのに、ドキドキするより安心が先に来ちゃった自分に驚いたと言うか」
「ふうん」
「何よ、その気のない返事」
「いや続きを促してるつもりなんだが」
「ああ、うん」
そこで青野はクルリとこっちを向き、
「アタシ、アンタのこと好きって気持ち以上に好き、なんだと思う」
言葉が出なかった。
「ホラ、よく『恋と愛は何が違うのか?』って話題あるじゃん」
「お、おう」
「アンタと一緒にデー…、で、出かけたり、したじゃん?」
「うん」
「あの時はすっごくドキドキしたのね。もう心臓が痛いぐらいだった」
「ほほう」
「でもね、こないだの時は全く違ってて、なんだろう、アンタにアタシのことを好きになって欲しいって気持ちより、アンタをアタシが好きでいたいって気持ちの方が強かった、みたいな」
「それが恋と愛の違いだと?」
「じゃないかなー、って思ってる。へへ、よくわかんないけど」
ああ、これ……完敗だ。
実は自分も結婚をした後に、同じような考えに至ったのだ。
「『恋は請うもの欲しがるもの。愛は相手に与えるもの』か」
「それ!」
「だから静かにしろって! つか立ち上がろうとするんじゃねぇ!」
再び青野を肩で……と思ったが、今は真正面を向いてるので小突くことも出来ない。
その代わり、両手で青野の両肩を押さえ込み、騒がしい口まで湯の中に沈めてやった。猛省しろ。
「初川ー、さっきから誰かと話でもしてるのー?」
騒ぎを聞きつけた山口から声が掛かる。
「いや誰がこっちにいるんだよ、怖ぇーよ!」
「それもそうだねー」
「どっかからTVの音でもしてるんじゃないのか?」
「かもねー」
よし、何とかごまかし通せたようだな。
「あれ? そう言えばあおちゃんは?」
「姿が見えないのか?」
「うん、そうみたい」
「先に上がったとか、浴槽に潜って遊んでるとかじゃないのか?」
そこでオレは青野に帰れと目で促した。
青野は後でねと言いたげな目配せをし、ひょいと仕切り板の隙間に潜り込んだ。
日焼け跡のついた尻が視界に入ってるハズなんだが、如何せん近眼のオレには、丸みを帯びた何かがボンヤリと目に映っただけだった。
いや子供の尻なんぞ見てもなんとも思わんが。
「バレたかー、びっくりさせようと思ったのに」
「あっ、本当にお湯に潜ってた」
ふう、どうやらやり過ごせた様だな。
「オレはもう上がるから、5分ぐらいしたら着替えと一緒に、ミキちゃんをこっちに寄越してくれ」
「いいの?」
「おお、後はゆっくり入っててくれていいぞ」
「おにーちゃん、もうでるのー」
「おー、後でアイスでも食べような」
「うん!」
ふと振り仰ぐと、窓から月が一部始終を見ていた。
さて、オレは一体何に徹すれば良いのだろうか?
月はもちろん答えない。
結論の出ないまま、オレは脱衣所に向かった。




