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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
30/71

八月・番外編(8)

 その後も散々遊んでコテージに戻ったオレ達だが、そこで驚愕の事実を聞かされることとなる。


「えっ、マスター帰っちゃったんですか!?」


 人の良さそうなコテージの管理人さんが、申し訳なさそうに頭を下げた。ちょっとハゲてるがマスターの同級生だそうな。人生色々、男も色々である。


「うん、なので言伝を預かってるネ。『明後日に仕入れ予定の食材に欠品が出てしまった。これは僕の奧さんじゃ対応できないので、一度帰らなくちゃならない。明日の夕方には迎えに来るから、くれぐれもみんなのことを頼んだよ』って書いてあるネ」

「あちゃあ、そうなんですか」


 まぁ自分の(※外見はともかく)中身は枯れたオッサンだ。責任持って対処するとしよう。


「それと知っているとは思うけど、ここは食事の提供ができない施設なんだよネ」

「ああ、マスターが作る予定だったそうですからね。大丈夫です、そっちは何とかしますんで」

「そうかい、それは助かるネ」

「じゃあ後でマスターの持ってきた食材の場所までお願いします。所で、一旦部屋で荷物を解きたいんですが、構いませんか?」

「それなら、部屋の鍵を先に渡しておくネ。終わったら降りてきて。お風呂やトイレの場所も案内するから」

「はいお願いします、10分ぐらいしたら伺います」


 借りてあった部屋は二部屋。と言うか、元々このコテージには部屋が二つしか無い。家族型とでも言うのか、ツインではなくダブル+αなので、一部屋を女子三人で。もう一部屋をオレとミキちゃんで使うことになっていた。

 荷物を広げた後、建物内を案内してもらったオレ達だが、女子には先にシャワーを使ってもらった。

 その間に食材の入った大型冷蔵庫へと来たオレは、マスターの作ろうとしていたものを推理するという無理難題を解決せねば。


「ああ、彼から献立のメモも預かってるよ。晩ご飯はカレーだったみたいネ」


 正直助かった。本格的な料理人の用意する食材を素人が眺めていても、絶対に何かしら余ったりするので。

 見ればマスターも一緒に食べる予定だったのだろうカレーの材料が、冷蔵庫内にこれでもかと言うほどの量で鎮座しておられた。


 ……うん、まずは米を研ごう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 研いだ米をジャーにセットし、肉と野菜を適当な大きさに切って油で炒め、ジャガイモだけ別の皿に取り分けた所で、シャワーを終えた女子達が集まってきた。


「なんかすごいね」


 山口が感心したように言う。


「何が?」

「普通は男子がご飯を作るなんてやらないじゃん」


 まぁなぁ。『ワタシ作る人、ボク食べる人』なんてCMがあった時代だものな。この年頃で普段から料理をしている中学生男子なんて、滅多にいないんじゃ無かろうか?

 もっともあれはカレーじゃなくてインスタントラーメンだったし、作ってくれたのは「女性と少女」だった。


 話が横道に逸れるが、あれは元々メーカーが子供達に取ったアンケートの中にあった、

「家では私がみんなにつくってあげる」

という、小学校高学年女子の”優しさ”をヒントに作られたCMだった、と後年に知った。

 だのに某婦人団体が噛み付いたせいで、現代で言う所の「炎上騒ぎ」となり、二ヶ月足らずで放送されなくなってしまったのである。


 たかがインスタント食品でジェンダーがどうのとか、今考えてもアタオカだな。


「じゃあみんな、後は任せていいか?」

「いいよ、後は全部鍋に入れて煮込むだけでしょ」

「えっ?」

「えっ?」

「いや、具材を投入する順番と火力にだけは注意して欲しいんだが」

「えっ?」

「えっ?」


 うーん、肉やニンジンはともかく、ジャガイモは下手すると溶けて無くなっちゃうから……。


「あーうん、ルゥを入れる直前までやっとくわ……」


 まぁいいか、乗りかかった船だし。

 オレはミキちゃんを除く全員に、ジャガイモを別にした理由を解説しながら、続きを開始するのだった。

 シャワーは後でもいいか、つーか食後に大浴場に入ればいいや。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 好評だった夕ご飯の後、女子達が率先して皿洗いやらをしてくれるそうなので、オレは一旦部屋に戻って休んだ後、着替えを持って大浴場にやって来た。

 一応2家族が同時に使えるようにと、大きな湯船を真ん中から仕切りで分けてあり、脱衣所も別になっている。

 管理人さんが気を利かせてくれたのか、それともこういう使い方も想定されているのか、扉には「男」「女」って札が掛かっていた。

 これなら嬉し恥ずかしドッキリ大作戦も不発に終わるだろ。


 脱衣所で服を脱ぐと、今日一日海で遊んだこともあって、ベタついた体が気になった。

 ちゃっちゃと洗って、あとはゆっくり浸かるとしよう。


「あ、初川も入ってるー?」


 隣の脱衣所から声を掛けられた。山口だな。


「おー、いま来た所だ」

「皿洗いとか終わったから、アタシたちも入りにきたんだー」

「やっぱりシャワーだけじゃ足りないよね」


 これは青野と松元か。んん?


「そうなのか。ミキちゃんは?」

「おにーちゃんと一緒ってダダをこねてたけど、今はこっちにいるよー」

「そうそう、好かれてるねぇ初川」


 伊達に子育て終わってないぜ、と言おうとして慌てた。気が緩んでるのかも知れない、注意せねば。


「ミキちゃんはお姉ちゃん達の言うことを良く聞いて、ちゃんと洗ってもらうんだぞー」

「うん!」


 元気があってよろしい。

 オレは浴室へのスライドドアを開け、中へ入っていった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「はー、生き返るー」


 オッサンか。いや中身オッサンでしたねハイ。


 体を一通り洗ってから、オレは湯船で蕩けていた。

 そう言えば銭湯どころか、生前(?)はスパとかいう所にもあまり行かなかったなぁ。当時勤務していた病院で庶務課に配属された時は、慰安旅行を企画して常磐ハワイアンセンターに行ったのが最後だ。


 ふとネットのBBSで知り合った友人達とリアルで会い、意気投合して年に一度温泉旅行に行っていた記憶が浮かぶ。

 確か4、5年ぐらいは一緒に泊まりがけで遊びに行ってたよな。

 そのメンバーの一人が内臓疾患で急逝したのと、同時期に別のメンバーも転居をしたのが切っ掛けとなり、以降は集まることも少なくなった。

 丁度自分も離婚をし、車も息子に譲ってバイクオンリーで生活していたせいもあって、移動のアシも無くなった事で、自然とそうなったのだった。

 みんな元気にやってるだろうか?


 と、思考がグルグルし始めた時。


「ほらミキちゃん、頭からお湯をかぶるよー、大丈夫かなー?」

「うん、へいき!」

「えらいねー」

「えへへー」

「じゃあ下を向いて目をつむって、お口は開けててねー」

「うん!」


 あー和むわー。


 隣でキャッキャやっている声を聞きつつ、オレはふっと自閉モードになる。


 自分が手放してしまった幸せ、とか言うつもりは無い。

 しかし、取りこぼしてしまった過去には少々の悔恨もある。

 何を間違えたのか? どうしたら良かったのか?

 親を恨んでも仕方ない。そのモヤモヤは全部自分に跳ね返る。

 元カミさんを恨めばいいのか? いやそれも筋が違うだろう。


 結局、どこまで行っても自分が悪いとしか思えないのだ。

 他人を、特に女性を信じ切れず、半ば自棄(やけ)になって自らを閉じてしまい。

 挙げ句やった事は「八方美人」そのもので、それも破局到来ときた。


 阿呆かな? 阿呆ですね。


 そんな事を考えながらに鬱々としていると、隣に人の気配がする。


「やっ」

「はあっ!?」


 青野がいた。え、青野? 青野ナンデ!?


「しーっ!」


 オレは慌てて口を塞ぐ。


「あれっ、初川ー、どうかしたー?」

「いやっ、なんでも無い」

「そーお?」

「ちょっとメガネが無いんで躓いただけだ」

「あーそっか、目が悪いと大変だねー」

「おにーちゃん、きをつけてね?」

「おお、ありがとう」


 やり過ごしたのは良いが、青野がここにいるのは変わらない事実。


「つーかお前どっから湧いた?」

「うん、この浴槽って隣とお湯が共用なのは分かるでしょ?」

「そりゃそうだろうけど」


 浴槽を別々に分けて管理とか、湯沸かしの点からしても勿体ないだろうし。


「この仕切り板、お湯の中で一箇所繋がってる所があるんだ」

「ふーん」


 いや待て待て、なんとなく会話しちゃってるが、これマズいだろ常識的に考えて。


「取りあえず向こうへ戻れよ」

「えー、ヤダ」

「オレに見られたら、とか考えないのかよ」

「だってアンタ近眼じゃん」

「そりゃそうだけど」

「じゃあ大丈夫じゃん?」


 何がだよ……。

 まぁ確かに目が悪いせいで、近くにある青野の顔以外は全く把握できないんだけども。

 さては夕飯前のシャワーの時に調べてたな? その上でオレの近眼を分かっていてのこの行動か。

 確かにみんなで来ていればアリバイ工作もバッチリだし、なかなか抜け目のないヤツだ。


「はぁ、まあいいか」

「にひひ」


 青野が妙な笑い方をする。シャンプーと石けんのいい匂いがした。

 そういや異性の相手と一緒に風呂とか、10年以上ぶりぐらいだな。自分は既婚者だから別段どうとも思わないが、青野はどうなんだろ?


「アタシね、こういうの夢だったんだ」

「うん?」

「なんて言うかさ、男子とか女子の垣根を越えた友情? いや違うなー、親近感? みたいな? うーん」


 お、そんな認識なのか。これはどちらかと言うと異性相手と言うよりは。


「あー、何となくだが分かるぞ」

「でしょ?」


 性欲とかそういう邪な感情は一切抜きで、けれど触れ合うほど近いのに性別関係無く安心できると言う。

 それはかつて自分が欲しくても掴めなかったもの。


「信頼関係、だな」

「そう、ソレ!」

「おいバカ静かにしろ」


 やや気恥ずかしくなり、オレは青野の肩を自分の肩で小突く。

 今さらだけど距離近くない?


「うわわ、ゴメン」

「忍んで来てるんだからちゃんとやれ。バレたらオレの命が危ない」


 社会的な死と物理的な死、両方いっぺんにやって来そうだ。


「実はさー」

「うん?」


 青野は自分の両手を見ながら、何やら思案中。

 オレは急かすこと無く、言葉の続きを待った。


「アンタに抱きついて泣いたことがあったじゃん」

「ああ、こないだの」

「うん。で、あの時にあれ? って思ったのね」

「ん?」

「確かに勢い任せであんな風に抱きついたのに、ドキドキするより安心が先に来ちゃった自分に驚いたと言うか」

「ふうん」

「何よ、その気のない返事」

「いや続きを促してるつもりなんだが」

「ああ、うん」


 そこで青野はクルリとこっちを向き、


「アタシ、アンタのこと好きって気持ち以上に好き、なんだと思う」


 言葉が出なかった。


「ホラ、よく『恋と愛は何が違うのか?』って話題あるじゃん」

「お、おう」

「アンタと一緒にデー…、で、出かけたり、したじゃん?」

「うん」

「あの時はすっごくドキドキしたのね。もう心臓が痛いぐらいだった」

「ほほう」

「でもね、こないだの時は全く違ってて、なんだろう、アンタにアタシのことを好きになって欲しいって気持ちより、アンタをアタシが好きでいたいって気持ちの方が強かった、みたいな」

「それが恋と愛の違いだと?」

「じゃないかなー、って思ってる。へへ、よくわかんないけど」


 ああ、これ……完敗だ。

 実は自分も結婚をした後に、同じような考えに至ったのだ。


「『恋は()うもの欲しがるもの。愛は相手に与えるもの』か」

「それ!」

「だから静かにしろって! つか立ち上がろうとするんじゃねぇ!」


 再び青野を肩で……と思ったが、今は真正面を向いてるので小突くことも出来ない。

 その代わり、両手で青野の両肩を押さえ込み、騒がしい口まで湯の中に沈めてやった。猛省しろ。


「初川ー、さっきから誰かと話でもしてるのー?」


 騒ぎを聞きつけた山口から声が掛かる。


「いや誰がこっちにいるんだよ、怖ぇーよ!」

「それもそうだねー」

「どっかからTVの音でもしてるんじゃないのか?」

「かもねー」


 よし、何とかごまかし通せたようだな。


「あれ? そう言えばあおちゃんは?」

「姿が見えないのか?」

「うん、そうみたい」

「先に上がったとか、浴槽に潜って遊んでるとかじゃないのか?」


 そこでオレは青野に帰れと目で促した。

 青野は後でねと言いたげな目配せをし、ひょいと仕切り板の隙間に潜り込んだ。

 日焼け跡のついた尻が視界に入ってるハズなんだが、如何せん近眼のオレには、丸みを帯びた何かがボンヤリと目に映っただけだった。


 いや子供の尻なんぞ見てもなんとも思わんが。


「バレたかー、びっくりさせようと思ったのに」

「あっ、本当にお湯に潜ってた」


 ふう、どうやらやり過ごせた様だな。


「オレはもう上がるから、5分ぐらいしたら着替えと一緒に、ミキちゃんをこっちに寄越してくれ」

「いいの?」

「おお、後はゆっくり入っててくれていいぞ」

「おにーちゃん、もうでるのー」

「おー、後でアイスでも食べような」

「うん!」


 ふと振り仰ぐと、窓から月が一部始終を見ていた。

 さて、オレは一体何に徹すれば良いのだろうか?


 月はもちろん答えない。


 結論の出ないまま、オレは脱衣所に向かった。

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