八月・番外編(4)
元の場所に戻る途中、浮き輪でぷかぷかと浮いている青野を見つけた。小っちゃな子供がよくやる、お尻を入れて両手足を投げ出すスタイル。
顔を上に向けたまま脱力を極め、波にたゆたうその姿はもはやクラゲ。放っておいたら一日中そのままの状態で過ごしていそうだ。
「青ちゃん、なんだか楽しそうだねー」
「普段は店の手伝いで忙しいだろうから、久しぶりにゆっくりしてるんじゃないのか?」
「お、さすが。そういうマメな気配りは高評価だよ」
ピンポンパンポーン♪
全オレ株が高騰している様子。できれば換金して欲しい。これからかき氷を振る舞わなくちゃならんようだし。
「ねー」
「うん?」
松元が何か『ひらめいた!』ってカンジでニマッと笑う。
「イタズラしてみない?」
「よしノった、何する?」
海の上なので必要ないかもだが、松元がオレの耳に口を近づけてゴニョゴニョ提案する。
「~で、どう?」
「それなら危険も無さそうだな、じゃあ」
「私が左から」
「オッケー」
何、ちょっと左右から近づき、青野の浮き輪をグルグル回すだけのカンタンなお仕事です。アットホームな職場だよ?
ふっふっふ、人が勝負をしているあいだ、呑気に浮いているのが悪いのだよ。
配置場所に辿り着き、目配せで合図を交わすと浮き輪を回し始める。
気付かれないように最初はゆっくりと、そして徐々にスピードを加速させていく。
「……あれっ、えぇっ!?」
流石に気付いたか。レコードで言えば16回転ぐらいになった時、青野がビックリした様子で目を開けた。つかお前、こんな所で熟睡してるなよ、危ないだろ。
オレがそう思った時だった。
スポッ。
「わぶっ!?」
青野の尻が浮き輪から完全に抜け落ち、ちとマズイことになった。具体的には顔が完全に水に浸かり、非常事態でS.O.S、今日もまた誰か乙女のピンチである。
しかもこの場所、オレと松元も頭は出るがギリ足が付くかどうかという深度で、二人して上から引っ張り上げることも出来ない。
「やばっ」
オレは咄嗟に水中に潜り、青野(の尻)を下から持ち上げる手段に出る。セクハラという概念はまだ無い頃なのだが、まぁ緊急事態なのでカンベンしてもらおう。
と。
ゴツッ!
同じ事を考えたのか、松元と二人、水中でおデコをぶつけ合ってしまった。お互いビックリしたが放置だ放置。
少し上に視線をやると、ジタバタしている青野の手足が見て取れた。軽くパニックになってるなこれ。急がないと浮き輪ごとひっくり返って、ますます危険がアブナイことになってしまう。
意を決して手を伸ばした瞬間だった。
がぼっ!
……波が青野の位置をハデにずらしたせいで、尻を支えるハズだった手元が狂い、しかもそのままの勢いで立ち上がってしまったオレ。
結果、青野の股の間から顔を出す格好になってしまった。
「ギャーッ!」
「うわスマン!」
その後、青野に頭をバシバシ叩かれながらも、オレは松元と浮き輪を引っ張り続け、無事砂浜まで戻ってきた。
いや、オレの後頭部が無事では済まなかったが。
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「ホントにもーっ、もーっ、バカぁ!」
「マジでゴメンナサイ」
「ごめんね青ちゃん、あのイタズラを最初に言い出したの、私なんだ」
「つーん」
オノマトペを口に出して言う必要は無いぞ青野。
いつの間にやら海の家のテーブル席に移動した俺たちだが、青野のご機嫌がなかなか真っ直ぐになってくれない。
オレがひたすら平謝りし、松元はフォローに回ってくれているという、まるでカミさんに夜遊びを見つかってしまったダンナと、それを許してあげて欲しいと嘆願するお姑さんである。
ちなみにマスターはと言うと、先にコテージに戻っちゃったっぽい。泳ぐ前までビールを飲んでいたテーブルには、既に姿も形も無かった。
「でもあれって事故だったんだし、非常事態だったんだから、ね?」
「そもそも最初から余計なことしなきゃ良かったじゃん。本当に死んじゃうかと思ったんだからね!」
「本当にゴメンナサイ」
これ土下座しなきゃ遺憾かな? そう思ってオレが椅子から立ち上がった時。
「あきらおねーちゃん、ずっとおこってると、おにーちゃんはおねーちゃんのことキライになっちゃうよ」
ミキちゃんから、まさかの援護射撃である。
「うっ、でも」
「もー!」
そう言うとミキちゃんはトテトテと歩いて俺の手を引き、次いで青野の手も同じようにくいっと引っ張った。
「はい、あーくーしゅ!」
「うっ、うん」
「お、おう」
オレと青野は手を握ったまま顔を見合わせ、そして二人揃って頭を下げた。
「しつこいようだが、改めてごめんな」
「あ、アタシこそ、その……いつまでも怒っちゃって、ご、ゴメンね」
何故か急にしおらしくなる青野であった。そこへ松元も手を重ねる。
「私もちゃんと言うね、ごめんなさい」
これから円陣を組んで、大会に臨むバレーボール選手みたいな図になってしまった。
そこでようやくミキちゃんがニコッと笑顔を見せ、俺たちのこわばっていた顔が一気に崩れた。
「なかなおりできたね、えらいえらい」
うわようじょつよい。
「さてと、じゃあ初川には、全員分のかき氷でも頼んできてもらおうかな」
「へーへー、分かりましたよお嬢様方」
「かき氷?」
山口が『かき氷? かき氷ナンデ!?』と言わんばかりに食いついてきた。
「さっき勝負して勝ったから」
松元が得意げに言う。
「あっ、そ、そうなんだ……」
そして何故か挙動不審になる青野。そいやさっき一点がどうのとか松元が言ってたな。
だがその疑問を口に出すヒマも無く、オレは「早く早く」と急かされ、サイフを手にして店員のいる方へと足を向けた。
くそぅ、後で絶対に問い詰めてやる。




