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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
22/71

八月・8

先月・今月は、夜勤が週に2回のハイペースなのです。

とてもつらい。

「じゃあみんな席についてー!」


 真夏の陽光がギンギラギンにさり気なく……、もとい情け容赦一切なく照りつける今日のこの日。

 オレ達テニス部員は青野の家である、ドライブイン『風嶺夜(フレイヤ)』で祝杯を挙げていた。本日はマスターの好意で、お店は貸し切りである。太っ腹だなぁ。

 ちなみになんの集まりかって? そりゃあ勿論、


「いやぁー初川クン、今回はホンットーーにありがとう!」


 ……アメ〇ーークじゃないんだから、と、余計なツッコミをしそうになるが、そこはグッとガマンの子。目の前には極めて上機嫌な伊庭(いば)先輩、そして伊吹(いぶき)先輩をはじめ、部長や副部長、全てのテニス部員、そして暫定的にテニス部顧問となった度会先生の姿があった。


 伊庭先輩が続ける。


「今日我々は、県大会総合二位という栄光を手にしました。惜しくも優勝は出来ませんでしたが、それでも立派な結果です、胸を張って下さい。これも初川クンが陰に日向にと、色々頑張ってくれたお陰です! みんなー、初川クンへ盛大に拍手ー!」


 わーぱちぱちー♪


 ……うーむ、すこぶる居心地が悪いな、これ。

 俺は恥ずかしさ半分、そしてやっちまった感半分で、自分の額を押さえ……ようとしたが、チクッと走った痛みに顔をしかめた。


「だ、大丈夫?」


 そう言って顔をのぞき込んで来たのは度会(わたらい)先生以下、青野を含む女性陣である。そして静まりかえる場。あ、これは何か言わなきゃいけない流れか?

 そう感じた俺は無理やり笑顔を作ってそちらを見、それから前方に向き直った。コホンと咳払いをしてから口を開く。


「えー、なんだかウチの親戚が余計なお節介を焼いてしまいまして、自分としてはちょっと申し訳無いと言うか、肩身が狭いと言うか」


 そんなことないぞーと、どこからか男子部員の声があがる。


「とは言え、部外者が色々と勝手に物事を進めてしまったのは事実なので、それだけは謝っておきます。いやホントすいませんでした、ごめんなさい」


 頭を下げた俺に向かって、改めてパチパチと拍手が響いた。特に音が大きいのは度会先生だ。その度会先生が、俺のセリフを引き継いで話し始めた。


「はい、みんな今日はお疲れ様でした。本当に見事な試合内容でしたね。夏休み明けからちょこちょこ対外試合は組んであるので、これからもまた頑張りましょう」


 そこで先生は俺に振り返り、他の部員からは見えない角度で軽くウィンクをしてきた。え、何。


「えぇと、本当は先生の立場でこんなことを言っちゃいけないとは思うんだけど……」


 やや溜めを作り場がシーンとなった後、半年前まで女子大生だったこのお方、握った拳を天に突き上げ、いきなりおはっちゃけ遊ばされた。


「吉田先生がいなくなって良かったーヤッター!」

「「イエー!」」

「今日は先生も気分が良いので、みんなで思いっきり楽しみましょう!」

「「イエー!」」

「じゃあみんな、あらためて!」

「「カンパーイ!」」


 ワイワイと賑やかになる風嶺夜のテーブルで、俺はここ数週間の出来事を思い返していた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 俺が額をテニスラケットでカチ割られ、保健室で目覚めてから三日後。


 吉田は自主的に他校への転勤願いを校長に提出し、校長もこれを受理した。

 流血沙汰、それも練習中や試合中ではなく、顧問の暴力的且つ不適切な「指導」が原因とあっては、流石に問題が大きすぎたのである。


 陸上部の関先生も、吉田の件は以前から見て苦々しく思っていた所でもあったらしい。ましてや今回は貴重な部員にケガをさせられたのだ、相当強めに校長へ意見具申をしたことは想像に難くない。

 そしてこれには校長もやむを得ないと判断したのだろう。


 決定打は美幸が提出した写真。アイツどうやらズームレンズまで使い、あの一部始終を最初から全て撮影していたらしく、連写された内容がかなりの説得力となったそうだ。

 ちなみに何故「事件前からの写真」があるのかは、本人曰く、


「トオル君の撮影は私の趣味だから」


だそうです、ハイ。これ以上の追求は怖そうなので、そういうことにしておいた。

 ……美幸のヤツ、『〇写ボーイ』とかソッチ系のカメラ趣味やってないだろうな?


 そしてもう一つ。

 これは完全に俺の憶測だが、身内への情に厚すぎるあの伯父が、甥っ子である俺にケガをさせた相手に、そのまま黙っているハズが無い。ましてや娘の撮った証拠写真まである。

 異様にガタイの良いあの巨漢がニコニコしながら近づき、肩にポンと手を置いて耳元で何か囁こうものなら、それはそれはトンデモナイ恐怖だろう。自分だって親戚で無ければ、ちょっと距離を置きたい人物ではあるのだ。

 証拠は無いが、吉田転勤の話を親父ではなく叔父さんから聞いたってだけで、もう確定だろう。


 まぁ色々・諸々の事情が重なったこと、そして教員の欠員に関しては夏休み中だったことも幸いし、スムーズな人事異動となったのであろうと推察される。


 それと冒頭でちょっと触れたが、代理顧問としてテニスは全く分からない、という度会先生が引き継いだ結果、部員は伸び伸びと自主的に練習を開始。練習内容も部員一丸となって熟考を重ね、今回の試合結果に結びついた訳だ。

 伊庭先輩と、そして何より伊吹先輩が、「こんなに楽しい部活は初めて!」と楽しんでいた姿が忘れられない。


 そんな姿をじっくり見ていられたのも、俺が額のケガで部活を見学するしか無かったからだが。とは言え、額のケガは多少痛むだけで、傷跡はほぼ消えていたりする。

 湿潤療法さまさまだな。これなら二学期が始まったら早々に、陸上部にも復帰できるだろう。


 そうそう、この湿潤療法もこの時代では少々早い概念だったはずで、実際近所の病院でもガーゼ保護と消毒が一般的だった。なので保健室で手当を受けたその夜には自分でガーゼを外し、白色ワセリンと油紙で傷口を塞いだ後、ちょっと大げさだったが包帯で固定し直した。

 雄太にはめちゃくちゃ心配されたが、美幸は何故かハァハァ言いながらシャッターを切りまくっていた。我が従妹ながらちょっと怖い。

 そしてオオトモ様からのありがたいお説教も伺い、俺はその日グッタリと泥のように眠りこけた。


 こうして吉田排除作戦は、当初計画していたA、B、Cのどの案もすっとばし、最終的に「暴力で解決しちゃう」という最悪中の最悪であるD案で型が付いたわけだ。

 ある意味吉田にとっては「Dead End」のDだったかもな。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「初川クーン、飲んでるー?」


 と、伊庭先輩から唐突に肩を叩かれ、次いでグラスになみなみとコーラが注がれると、俺は一気に現実の時間に引き戻された。


「いやどこの会社の二次会ですか」


 伊庭先輩は、オレのセリフに一瞬キョトンとした後、


「うーん、キミってホント不思議な子だねぇ」


 そう言ってケラケラと笑い、離れていく先輩。いやコレ絵面的に大丈夫か? え、炭酸飲料で酔う人っているの? 完全に出来上がってる図だぞこれ。


「初川くん、伊庭ちゃんから聞いたけど、今回は本当にありがとうね」


 今度は入れ替わりにやってきた伊吹先輩がそう言い、真っ赤な顔で頭を下げてきた。


「え、いやホント自分は何にもしてませんし」

「結果論だけど、それでもありがとう。私のために色々と考えて動いてくれてたんでしょう?」

「えーと、まぁそれなりには」

「それだけでも十分嬉しいよ、感謝してもしきれない。今度何か恩返しさせてね?」

「あっはい、でも自分がしたいようにやっただけですんで、ホントお気になさらず」


 ……ふと気付くと、なんだか女子部員達の様子がおかしい。チラホラ俺と先輩のやり取りを遠巻きに見ているだけじゃなく、例の無責任なSE音があちこちから聞こえている。特に一年生の固まっている辺りからが顕著だった。


 ふと思う。

 来年のバレンタインにチョコを送って寄越す候補者から、三年生は除外して良いのではないか、と。


 受け取って以降、関係がおかしくなるのは、新一年生を含む在校生だけ。もしも俺について何か良からぬ噂や情報を流せる立場にある人物がいるとすれば、それは少なくとも卒業してしまう先輩達ではない。

 実際、人間不信になりかかった俺を癒してくれた……、言い換えれば「弱ったところにつけ込んできた人物」はいなかったし、高校に進学した先輩達からの誰からも、その後にアプローチを受けた覚えは無かった。

 新一年生は俺についての「悪評」を知らず、告白してきた子も複数人いた事実もある。しかしその後、一転して相手から拒否されたのだ。であればその子たちにも、何某かを吹き込める在校生で確定だ。

 ちょっとばかり暗澹(あんたん)たる気分にもなったが、逆に考えが一つまとまったな。


「……初川、大丈夫? どっか調子でも悪いの?」


 そこまで思考を巡らせていた俺に、青野が小さく声を掛けてきた。

 青野の心配そうな瞳をじっと見つめ返すと、今ちょっとした前進があったこともあり、俺はふっと力を抜いて笑ってしまった。


「うんにゃ何でも無い。人が多くてちょっと賑やかだなーって、気が引けてた所だ」

「もし体調が悪いなら、あっ、アタシの部屋のベッド貸すから、横になっても……いいよ」


 ……顔を赤くしながら言うんじゃ無いよ、なんだか意識しちゃうだろが。


「その気持ちだけで十分だ。あー、でもありがとな」

「うん、無理はしないでね」

「あーっ、初川君と青野さんがイチャイチャしてるー!」


 突然響き渡る声。慌てて振り返ると、度会先生がこっちを指さしてニコニコしているの図。


「ちょ」

「…っ!」


 慌てて離れた青野は、そのまま厨房へと逃げ込んだ。おーい、俺一人残して行かないでくれ。出来れば一緒に連れて行って欲しいんだが。


 伸ばした手は空しく宙を掻く。俺は渡会先生に近寄って、春の「遅刻ギリギリdeエンジンかぶらせちゃった事件」をネタに、これ以上は茶化さないようにと警告したのだった。


 うわぁい、もう女子はこりごりだよー。

八月編これにて完了です。

予想外に長くなってしまいましたが、何とか終えられて良かった。

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