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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
17/71

八月・3

 さて、では吉田駆逐作戦の第一歩。まずはヤツの宿直当番日の確認だ。

 午後の練習も終わり、俺はこの計画にナイショで付き合って頂くことになる、度会先生のいる音楽室へと足を運んだ。

 なんで内緒かと言うと、もしこの計画に一枚噛まされたと後で知ったら、まだお若い先生のこと。きっと色々悩んでしまうだろうし、それに自分としても「悪い子」に思われたくは無いという心情からだ。

 いや、単なる悪ガキ程度ならいざ知らず、これからやることはそういうレベルを飛び越えて「狡猾犯一歩手前」の範疇だからだ。犯罪者予備軍みたいなレッテルは、出来ればゴメン被りたい。


 訪れた音楽室からは、例の合唱コンクール用のピアノ伴奏が聞こえてくる。

 夏休みとは言え本業は音楽教師、色々と多忙な日々を送っておられる模様です。

 俺は曲が終わった頃を見計らって扉を開け、一度大きく息を吸ってから声を掛けた。


「度会先生、お疲れ様です」

「あれっ初川くん、どうしたの?」


 夏休み中にわざわざ音楽室を訪ねてくる生徒がいる、などとは考えもしていなかったのだろう。先生の瞳が、まるで獲物を見つけた猫のように丸くなる。


「や、合唱コンクールの曲が聞こえてきたので、てっきり」

「ああ、山口さんがいるかもって思ったのね、残念でしたー」

「いやあの、なんでちょっと笑顔なんですかね」

「ちょっとしたお茶目だと思って、ね?」

「 」


 ピアノ練習にかなり本気で取り組んでいたのだろう。やや高揚した雰囲気の元女子大生が軽くウィンクする様は、中身オッサンの自分でもちょっとドキッとしてしまった、不覚。

 いやいや、話が進まないのでちょっと踏ん張るとしよう。


「まぁ山口は別にいいんですが。ああそうだ、ちょうどいいのでお聞きしたいことが」

「ん? 何かな」

「実は夏休みのどこかの日に、部活の連中と集まってみんなで花火大会をしたいと思ってるんです。それでその、使いたい場所が校庭なんですが」

「えぇー、楽しそう」

「まだ日付は未定なんですよ、ご都合さえ良ければぜひお誘いします。そこでその、宿直予定の先生方のスケジュールを知りたくて」

「ああ、それなら」


 そう言って度会先生は、音楽室の隅にあったカバンからメモ帳を取り出した。

 うう、これからの俺の態度にどうか疑心暗鬼になったり、後に何か閃いたりしませんように。

 そんな俺の心情とは裏腹に先生はペラペラとページをめくり、中に挟み込んであったスケジュール表を取り出す。多分教師の間でのみ配布されたプリントがそこにあった。


「これでいい?」

「はい、助かります」


 個人情報うんたらの無い時代で良かった、目当ての情報をあっさりゲットだぜ。

 ふむふむ、吉田のいる日はこことここか。つか週に2回って結構な頻度だな。


「男性職員で持ち回りだから、回数は結構多いみたいね」

「先生の数自体が少ないですからね、この学校」


 校長含めて男性職員は10人ちょい、更に小さい子供のいる若い教師はやや少なめになっているんだそうな。そりゃあ未だ独身の吉田のような立場だと、回ってくる回数も多かろう。


「ちなみに教頭先生には許可もらってあるの?」

「いえ、まだこれからです。と言うか本当にやるかどうかも確定していないので」

「あら、まだそんな段階なんだ」

「と言うか、火を扱うことになるので許可が下りるかも分かりませんし、下りたらラッキーぐらいですね、みんな」

「うーん、それはそうか」

「一応うちの近所の消防士さんにも声を掛けようかな、とは思ってます」

「はぁー、そういう所ホントにしっかりしてるわね、初川くんは。そこまでするなら許可も簡単に出そうじゃない?」

「根回しって大事ですもんねぇ」


 まぁ本当にやるかは分からないけどね。それにもし急に潰れたとしても、「お願いしていた消防士さんの都合」と言えば、なんとでも誤魔化せる。


 よし、知りたい情報は全て書き写した。とっとと帰宅して作戦を練ろうか。


「ありがとうございました、では自分はこれで」

「あっそうそう、初川くんちょっといい?」

「はい、何でしょう」

「初川くんってコーヒーは好き?」

「大好きです!」

「 」


 即答。いやだって好きなものはしょうがないよね。

 中学生だってブラックも嗜むし、砂糖やク○ープをドッサリいれたニセカプチーノも好物だ。

 ちなみに俺はキャ○バンコーヒー派である。高校時代馴染みだった喫茶店にも、また行きたいものだ。あ、でも中学生だと断られるかも??


 などと思考を巡らせていると、先生の様子が少々おかしいことに気がついた。何故かは知らんがフリーズしておられる。


「え、あれっ、先生?」

「何という破壊力……」

「はい?」

「コホン、いーえなんでもありません。実は家から持って来たコーヒーがあるの。良かったら飲んでいかない?」

「ありがたく頂戴します」

「ちょっとぬるくなっちゃったかもだけど」


 先生が取り出したのはステンレス製魔法びん、後に言うサーモボトルである。確か結構なお値段だった気がするが、度会先生の実家って割と裕福なのかも知れない。


 二人でコーヒーを飲みながら、しばしまったりする。と、突然。


「初川くんって、将来どんな男性になるんだろうね」

「なんですか、藪からスティックに」


 声のトーンがあまりに平坦だったので、ちょっと熱を上げるためにルー語で返す。何というか、本能的にここは茶化さないといけない気がしたのだ。何故かは自分でも分からない。


「……藪からスティックって」


 意味が通じた途端、先生がけらけらと笑った。


「ちなみに将来は、何かを作ったり直したりする仕事に就きたいです」

「と言うと?」

「まだ分かりませんけど、例えばオートバイの整備士とか、メーカーの開発部門とか」

「ええ、すごいじゃない。初川くんの年齢でそこまで具体的な将来像を持つ人って、なかなかいないわよ?」

「そうなんですか」

「うん、だからビックリしちゃった」


 以前、親父に地元の国立高専に進学したいと言ったとき、


「クルマだバイクだに関わる仕事なんて、社会の底辺が就く仕事だ」

「高専に行くなら学費は払わん」


とまで言われたことがあったのを思い出す。

 自身が大学を中退した後、かなりの苦労をしてきた親父なので、彼なりに俺の将来を憂えた結果としての意見だったのだろう。言葉はまあちょっとアレだが。

 彼にとっては大卒の資格が全てであり、大学さえ出ていれば何にでもなれると考えていたのかも知れない。世の中大体そんな風潮だったしね。

 その親父殿の辛辣な言葉とバレンタイン後の人間不信のせいで、俺はすっかり不貞腐れてしまい、後々までひどく閉じた世界で生きることになったのだが。


 なので自分が父親という立場になった時、俺は我が子にあれこれ強制することは一切しなかったし、自分が親父にされて嫌だったことも絶対にしなかった。

 その結果、息子は俺が行きたかった国立高専に合格し、この世の春を満喫。


 なんと言うか、面白いものだね人生ってやつは。


「……初川くん」

「はい?」


 おっと、いかんいかん。心ここにあらずというのは、お茶に誘ってくれた女性に失礼というもの。

 急速に我に返ってふと横を見ると、度会先生がこっちをじーっと見つめていた。


「なんて言うか、大丈夫?」

「視線が物理的に刺さって、穴が空きそうな気がする以外は大丈夫です」

「あっ、ごめんなさい、ちょっと不躾だったかもね」


 そそくさと先生は居住まいを正し、それから改めて俺に向かってこう言った。


「何か進路のことで悩んでいるのなら、先生をドーンと頼っちゃって」

「……お気持ちはありがたく受け取っておきます。ただこれは、親父とボクで話し合って結論を出さないといけないので」

「やっぱりそうなのね」

「え」

「ううん、なんでもないわ。でもこれだけは覚えておいて。先生は初川くんの味方よ」


 何気ない先生のセリフに、一瞬言葉が詰まる。


「……はい、ありがとうございます」


 味方。


 来年のバレンタインを期に、ずいぶんと減ってしまったその存在。

 その言葉の持つ一抹の寂しさと、しかし改めて心強さを覚える。

 そして弱い自分を受け入れてくれる存在に出会えたことに、感謝と安堵が同時に沸き起こり、ちょっと心の何かが決壊しそうだ。


 やばい、泣きたい。

 オオトモ様、これ家に帰ってから号泣してもいいですかね?


(おっけー)


 色々と台無しだよチクショウ!


 度会先生はそんなオレの心情を知ってか知らずか、ただ黙ってカップにコーヒーのおかわりをついでくれた。

もちっとだけつづくんじゃ。

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