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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
11/71

七月・1

 梅雨明けである。


 雲が多い日は直射日光こそ無いものの、妙な閉塞感から蒸し暑さも二割増しでキツかったが、すっかり晴れ渡った空の下では、多めの湿気でも清々しい。

 温度はほとんど変わらないのに、不思議なもんだね人間ってやつは。


 そんな夏の炎天下、俺たちのクラスは、神野先生からプール掃除を仰せつかっていた。

 前日に水着一式を用意してきて、と言われた時は、クラスの半分が渋い顔、その残りの半分が待ってましたの顔、残った全員がニヤけ顔だったりする。

 ……女子の水着姿が拝めるからって、顔に出すぎなんだよお前ら。


 自分も当時の記憶がかなり薄くなっていたが、こうして絶滅したはずの旧スクール水着を見ると、何やら感慨深いものがある。

 そう言えば一度PTAの繋がりから、子供の通っていた小学校で、プールの監視員をしたことがあった。

 もちろん学校からは教師も来ていたので、自分はPTA仲間の親御さん達へのお土産にと、買ったばかりのニコンF80を抱え、子供達の写真を撮りまくっていた。

 その時初めて女子児童の水着が、自分の知っているものと違うことに気がついたのだった。


 と言うかね、こんなものを見て欲情できる特殊性癖の持ち主の、その思考形態が完全に理解不能。

 後に規制された経緯は定かでは無いが、これをセクシーなウェアだと認識可能な脳みそって、多分どっかにエラーがある。

 ブルマーも同様だ、何故あれが規制対象になったのか、自分には未だに分からない。


 俺が世の不可思議に首を捻りつつ、それでも懸命にプール底面をデッキブラシで擦っていると。


「初川ー、この辺り手伝おうか?」

「お、松元か、助かるよ」


 スク水にポニテとか、その方面(スジ)の人間相手なら破壊力すごそうだな、多分確殺。

 近すぎず離れすぎず、背中合わせに見せかけて十分会話の成り立つ距離、これが今の俺と松元の関係にも思える。

 そんな中、松元がちょっぴり声を潜めて口を開いた。


「実はちょっと噂になっちゃって」

「何が?」

「あの日、初川に抱きついちゃったじゃん、私」

「ああ、多部がケガした時の」

「そうそう」

「あれは気が動転してたからって言い訳が成り立つと思うけど」

「それにしたって初川じゃん」

「どういう意味だよ」


 よっこらせと背中を伸ばし、前屈みでツラい腰を休ませてから、別方向にブラシを向ける。


「知らないの? 初川っていま、女子達の間で人気急上昇なんだよ」

「そうなの? 自分じゃ全然分からないけど」


 ウソです知ってます。と言うか例のSE音とオオトモ様に自覚させられてます。

 ええそりゃもうコワイぐらいに。


「そんな人の腕の中に、飛び込んでみちゃったりしてさぁ」

「まぁちょっとはな」

「あの時はホッとして、逆に涙が止まらなくなっちゃって」

「すぐに青野にバトンタッチした気がするが」

「そうだっけ?」

「そうだったろ」


 そんなじっくりシッカリ抱きしめた訳ではない。単に走り込んできた松元を正面から受け止め、後頭部を撫でながら、背中をポンポンしてやっただけだ。


 ……おや?


「でも安心したのは事実」

「そりゃ良かった」

「そしてあのことを、事件が片付いた後から、他の女子にからかわれるようになっちゃって」

「それ単にお前が恥ずかしいだけだろ」

「そうとも言う」

「やはりか」


 これ多分、照れ隠し48%、他の女子への自慢38%、プラス5%が俺への気持ちの自覚じゃないかと推察。

 ……あれ? あと9%はどこ?


「所で初川」

「んー?」


 なんかイヤな気配が漂う。


「こないだから青ちゃんが妙にウキウキしてるんだけど」

「そうなのか、そりゃ良かったな」

「率直に聞くけど何かあった?」


 残りの9%発見。

 再び背伸びをしてから、今度は松元と頭を付き合わせるようなポジションを取る。


「つかなんでそう思った?」

「実は二人で映画を見に行ったのは知ってる、青ちゃん本人から聞いた」


 ア ノ ヤ ロ ウ 。


「で、その日から青ちゃんの顔が、時々すごーく(ゆる)むのも見てる」

「そっか」

「……聞いてもいい?」

「うーん、ちょっと慰めてやったと言うか、励ましてやったと言うか」

「まぁ映画も面白かったとは言ってたし」


 映画の話題からうっかり口を滑らせたとか? とは言え、別にやましいことはしてないつもりだし、このような尋問紛いの会話は、断固たる決意を以て阻止せねばなるまい。


「本人から、それ以上は聞いてないんだろ?」

「一生の思い出になった、とは言ってた」

「スターウォーズ本当に面白かったんだよ」

「らしいね。でもそれだけで、あんな風に()けた顔になるもんかなぁ」

「知らんがな」

「ふーん」

「ああでも『初川を独占しちゃって』、みたいなことは言ってたな」

「何ソレ」

「本人には自覚無いだろうけど、多分罪悪感じゃないかな。なんか申し訳なさそうな顔してた」


 そこで松元は(うつむ)いていた顔を上げ、俺を真正面から見てニコッと笑った。


「青ちゃんらしいなぁ」

「うん?」

「安心しちゃった」

「意味が分からん」

「いいのいいの、初川は分からなくて」

「なんだよ、今度はこっちがスッキリしないぞ」

「うーん、でもやっぱりある程度の線引きは必要かぁ」

「は?」

「なんでもない、終わったから向こう行くね」


 松元はそこまで言うと、妙に晴れ晴れとした表情で離れていく。

 が、残された俺は、頭の周囲にハテナマークをいくつも飛ばしていた。


 どうすんだよこのファンネル。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 その日の夕刻。

 部活も終わった帰り道、俺は山口に声をかけられた。


「やっ初川、奇遇だね」

「確か山口の家は、俺の家とは正反対だったと記憶しているんだが」

「正解」

「それを奇遇とは言わないんじゃないのかな」

「冗談だよー、ちょっと話したいことがあって」

「立ち話もなんだし、公民館でも行くか」

「うん」


 お金のない学生には、学校の周囲には田んぼしか無いようなこの田舎で、自販機と図書室があり、ちょっとした休憩の出来る公民館の存在は、非常に便利なものだったりする。

 お互い自転車だし、少しぐらい寄り道したっていいだろう。


「ほら」

「んー、こういうところなのかなー」


 俺から受け取ったMAXコーヒーのスチール缶を見つめ、山口がよく分からないことを言う。


「なんの話?」

「んーん、なんか手慣れてるなって思っただけ」

「?」

「女の子の扱いと言うか、対応と言うか」

「ああそういう。俺やたらと従弟妹(いとこ)が多いせいか、自分と対等か目下の子が相手だと、自動的にこういう行動を取るんだよな」

「初川の中身は甘やかしロボだったのかー、はい100円」

「え、いいよ」

「誘ったのはこっちだし」

「んー、じゃまぁそういうことなら」


 施設前のベンチに腰掛け、二人並んでカシュッとプルタブを引く。

 一口飲んで一息つけて、さて何の用事かと隣を見る。

 すると山口は、改めてこちらを真正面に見据える態勢で、こう切り出した。


「ちょっと聞きたいだけなんだよ」

「何を?」


 そして、今までに見たことの無い真面目な表情で続ける。


「この間、駅で青ちゃんと抱き合っていた件について」



 ─────あらゆる感情が停止する夕暮れ時。

 ここは千年前から万葉集にも歌われた、由緒正しき安房の村。

 俺の躰に染みついたマッカンの臭いに惹かれて、恋愛脳な奴らが集まってくる。


 次回「言い訳」。 俺が飲む乳製品のコーヒーは(何故か)苦い。

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