手紙と
結局、ロバートさんは僕の言った値段で死体を買い取った。
その後は受け渡し場所と時間帯などを確認し速やかに解散した。手紙よりは早く片付くが結局は手紙で十分だと思っている僕からすればあのやり取りは時間の無駄だった。
もしかしたら直接会って魔法でうまくやり込めてやろうと思っていたのかもしれないが、右手の人差し指につけられた指輪の石が緑のままだったので杞憂だろう
母様の形見のこの指輪は魔法を感知する特別な魔石が嵌め込まれている。
通常時は輝かしい緑色だが、魔法を感知すると鮮やかな真紅へと変わる不思議な石だ。
専門家が言うにはちゃんとした魔術理論に沿って変化しているらしい、僕にはまったく理解できなかったが。
だが、理論が分からなくてもこの指輪は僕に必要な物なのに変わりはない。
というのも、
僕は魔法が使えない。
全く魔力がないってわけじゃないのだが、綿毛一つ飛ばすこともできないし、空を飛んだり火を作ったりなんて夢のまた夢だ。
逆にほんの少しでも魔力があるせいで下手な希望を生み出すのが腹立たしいくらいだ。
幼かったころは恥知らずにも母様を恨んだこともある。
そんな僕の指に母様は優しくこの指輪を嵌めてくれた。
幼い僕の指には大きすぎて抜け落ちてしまったが、それを見た母様は微笑んで化粧台から革紐をもってきてネックレスにして首にかけてくれた。
「いい?魔法が使えないのは恥じゃないわ、私たちの誇りよ。魔法が使えなくても私たちは続いてきたの。私のお父様もお爺様も魔法が使えなかったわ。それでも生きて今あなたがいる。これはあなたの助けにきっとなる。」
そうして受け取ったものは今まで何度も僕を助けてきた。
魔力を込めて指輪を撫で上げる。
魔石は変わらず緑色のままなのを確認して帰路に就く。
足取りは軽かった。
しばらく歩くと時計台の通りの喧噪が徐々に遠ざかっていき、静けさが訪れる。
このあたりからはメローネ通りと呼ばれ、町の住人の生活圏で旅行者を相手にしたあっちとは違い露店ではなくちゃんとした店が構えられていて金具や杖、雑貨と日用品が売られていて町の人間が必要なものが扱われている。
僕の家もこの通りにある。お隣さんはいない。
「 ん?手紙がきてる。」
家に着くと郵便受けに手紙が入っていた。
我が家に届く手紙としては珍しく糊だけでなく封蝋がしてある、見たことのない印だ。
差出人を確認しようと手に取ると、
「っ!?」
指輪が赤く反応した。
即座に手を離したため手紙は落ちてしまったが、同時に指輪も緑色に戻る。
手紙を拾い上げるとまた指輪が赤くなった、どうやら手紙の方に魔法がかかっているようだ。そのことに一先ず安心する。
拾い上げた手紙には土くれひとつ付いていないことから保護の魔法だろうか。
けれど安心はできない。
結局、封筒に差出人の名前が書いてなかった。
それだけで警戒するには十分だ。
まれに差出人不明の手紙が届くことはあるが、その上魔法が掛けられているのは滅多にないことだ。
だいたいは仕事の注文だが、呪いがかかっているものが送られてくることもある。
不用意に開けて契約の呪いをかけられたことがあった、送った奴はロバートさんに二束三文で売り払ってやった。
兎に角、その経験以来すぐには手紙を開けないことにしている。
懐に手紙を入れて踵を返した。
さてこのメローネ通りだが、なにも販売店しかないわけではない。
錬金屋、呪い破り、占い屋など魔術に関する店だってもちろんある。
そして僕は今、呪い破りの店の前に立っていた。
古ぼけた扉を開けると来客を告げる鈴の音が響く。
そして今では珍しい、いかにも魔法使いの家といった感じの内装が目に入る。
今の住宅ファッションからすれば時代遅れな内装だが、この店のような魔術店においては古くから続いてきたという自信とブランドを表すので昔の姿のまま残されていることが多いのだ。
「あら、バークじゃない、いらっしゃい。」
店の奥から肩まである亜麻色の髪の少女が出てくる。
恰好は伝統的な黒のローブを身にまとい、赤色の腰帯には杖入れが提げられている。
この店の跡継ぎ、アリス・マールハイトだ。
「ああ、アリスか、見て欲しいものがあるんだ。」
「なんだそっち、また呪いでも打たれたのかと思った。」
「遠からずといったところかな。」
そう言って彼女に手紙を差し出す。
アリスはすぐには手に取らず数秒手紙を睨みつけ、
「なんだ、保護の呪文か。」
と言うとさっと受け取った。
「ああ、やっぱり保護の魔法か、ありがとう。」
ならいいや返してもらおうと手紙に伸ばした手は遮られた。
「待ちなさい。これかなり丁寧に隠されてるわね、私以外なら見つけられなかったと思う。
ここにいたのがパパじゃなくてよかったわね。」
「ああ感謝するよ、それで?」
「これ開けたらかかる呪いじゃなくて読んだらかかる呪いが掛けられてる。内容について口外できない舌縛りの呪いだわ。あと読み終わったらも消滅する魔法も。」
アリスの言う通りならこれは今回の仕事相手の手紙だろう。それも実に慎重な。
舌縛りなんかしなくても僕らみたいなのが口外することなんてありえないのに。
「これかなりの実力者が魔法掛けてるわね。あんた何やらかしたの?」
「さあ?」
僕の仕事のことを知らないアリスには笑って誤魔化すことしかできない。
だが、僕を陥れるためのものかもしれないのは確かだ。
「まあ、いいわ。で?両方解いとく?」
「一応頼む。」
害がないとしても呪いが掛けられるのは嫌だった。
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