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チートなお鍋で魔法を作ろう。~目指せ魔女ハーレム~

作者: 森永真理

「え~っと……なになに……?」



 俺――黒木夜斗くろきやとは黒い本を手に持っていた。死んだばあちゃんの家から出てきた本で、タイトルには《ネクロノミコン》などという仰々しい文字が並んでいた。

 おまけに、これが入っていた木箱にはばあちゃんの文字で「ゼッタイ開けるな!」と書いてある。


 ……こんなの開けて読んでみるしかねぇだろ!!


 ということで、俺はそのネクロノミコンに書いてあった「秘密の儀式」とやらを試そうとしていた。

 どうやらこれを行うと、なんでも願いが叶うという。



「トカゲの尻尾……クモの頭……アリの腹を鍋に入れる……と」



 俺は今、ばあちゃんの家にいる。両親には内緒だ。

 周りは森だらけで、少し歩けばトカゲもクモもアリの行列もすぐに見つかった。

 それを素手で千切って、水を張って火にかけた鍋の中に投入した。煙がほんのり上がっている。



「次は……砂糖と塩? 料理かよ……」



 どちらも一つまみ。



「次に……目を閉じて呪文を唱える……」



 俺はそこにある短い呪文を頭に叩き込むと、目を閉じて言う。



『我はヴァルプルギスの使途、我が求めに応えてその力を顕現せしめよ!!』



 ……うわあ恥ずかしい。ここがコンクリートジャングルじゃなくって本当に助かった。

 次を読もう。



「釘を二本か」



 柱に刺さってたのを引っこ抜いて投入。心なしか、お湯の色が紫っぽい。



「最後にこれを……飲むぅ!?」



 いやいや、こんなもん飲めるわけないだろ! なんか急に緑色になってきてるし、変な臭いするし!

 でも、これを飲み干せ、とは書いてないわけで。指先にちょこ~っとつけて舐めるだけでも飲んだことにはなるわけで。


 ……いっちょやってみっか! これも願いを叶えるため、この俺が王のJKハーレムを作るためだ!



「行くぜっ!」



 火を止めて荒熱を取ったお湯に指をつけ、俺はそれを舐め取った。激烈にマズかった。

 ネクロノミコンの次のページをめくる。



「次は~……っと。なになに……」



『ここまで終わったら目を開ける』……か。なるほど。

 オッケー、それじゃあ目を開けるぜ。



「って、ずっと目開けてるじゃねぇかよおおおおおおお!!!」



 俺はその瞬間に凄まじい風に吹き飛ばされて気を失ってしまった。


 ――

 ――――


 気が付くと、そこはばあちゃんの家だった。さっきまでと何も変わらない。



「頭痛ぇ……。一体なんだったんだ?」



 古めかしい窓は全部閉まっていて、風が入れそうな場所はない。隙間風は常に感じるけど。

 大体、今までそんな台風みたいな風なんて吹いてなかったのになぁ……。



「あっ、ネクロノミコンは!?」



 それもまたさっきと同じく、倒れた俺の足元に落ちていた。開いているページも同じだ。

 しかし、俺はそこで妙なことに気付いた。さっきの鍋がないのだ。あの百均に売ってそうな安っぽいやつ。



「あれ~……おっかしいな……」



 俺は鍋を探して部屋を出た。もしかすると風で飛ばされたのかもしれないしな。


 ――そして、部屋をでて家のロビーに出た俺は見つけた。



「おっ、あったあった――」



 バケモンみたいな顔がついたひしゃげた鍋を。



「うわぁっ!! なんだこの顔!? キモすぎるだろ……」



 それは鍋の上に付いているのではなく、どちらかと言うと鍋自体が顔の形に変形したみたいになっていた。

 するとその時、鍋の顔が動いた。



「お前、儀式に失敗したらしいねぇ」

「うぇっ!?」



 老いた女の声だ。俺を笑っているみたいだった。



「鍋が……喋った!?」

「あんな簡単な儀式に失敗するなんて、相当のバカだねぇ」

「う、うるせぇ! ちょっと読むのを怠ってただけだろ!」



 大体、あんな何ページも後に書いてあることなんて普通読まねぇよなぁ? 書き方の方が不親切過ぎると思うんだが?



「それより……ちょいとあたしを持ち上げな。マズイ奴らが来るよ」

「マズイ奴……? なんの話だよ?」

「いいからやりな。年寄りのいうことは聞くもんだよ」



 しょうがねぇなぁ。言う事聞いてやるか。

 近寄って空っぽになっている中にネクロノミコンを投入してから持ち上げてみると、鍋は思いの他重かった。どう考えても百均の安っぽい鍋とは思えない。


 その時、玄関の方から扉を開ける凄まじい音が聞こえた。



「異端審問官だーっ!!!」



 若い女の声だ。

 俺はぎょっとした。



「な、何事だ!?」

「ほら、早く勝手口から逃げな。捕まったら打ち首獄門市中引き回しの上肉も骨も犬の餌だよ」

「おいおい冗談じゃないぞ!」



 俺は脱兎のごとく逃げ出した。こちとらまだ十六だぞ? そんなに簡単に死んでたまるか!


 勝手口はさっきの部屋にある。錆びているのかなかなか開かなかったが、鍋の把手を持って思い切りぶつけるとなんとか開いた。



「あ痛ぁ!! お前、その内バチが当たるよ!!」

「死ぬよりいいだろ!!」



 勝手口を開いた俺は驚愕した。そこは今までいたはずの青々とした森ではなく、全ての木がひん曲がって立ち枯れている見覚えのない場所だった。



「な、なんだここは!?」

「ここはお前がいたのとは別の世界、『魔女の夜』さ。真っすぐ走りな。直にヴァルプルギスの連中に合流できる」

「ま、魔女!? それにヴァルプルギスって……」

「いいから走りな! 追いつかれるよ!」



 後ろを見ると、銀色の剣を携えて鎧を着込んだ長髪の女が俺を見て、凄まじい剣幕で走ってきていた。



「見つけたぞ魔女めーっ!! その首この私がもぎ取ってくれるわーっ!!」

「うわぁやべぇ!! どっちが魔女だっての!!」



 俺は一心不乱に走った。鍋を持っていて走りにくかったが、徐々に女との距離は開いていった。

 理由は向こうが鎧を着ていたせいもあるだろうが、一番は俺が陸上部のエースだったってことだろうな。



「それで……こっからどうすんだよ!」

「まあ待ちな。そろそろ来る頃合いさね」



 鍋が言ったその時、俺の目の前に突然霧が現れた。



「うわっ!」



 何も見えない。酷い濃霧だ。

 俺は枯れた木をなんとか避けながら走り、遂に霧の中から抜け出した。



「ほら、着いた」

「……ここは!?」



 そこは大きな街だった。空にはバカでかい月が浮かんで、建物は全部デタラメに歪んでいる。

 それになにより驚いたのが、そこを歩く人の恰好だった。


 大きな尖がり帽子に黒いローブ。杖を持つその姿……。

 どう見ても魔法使いとしか言いようがなかった。


 その時、俺の後ろから声が聞こえた。



「ヘイメラ!!」



 振り向くと、そこにも魔法使いの恰好をした女がいた。俺より少し背が低く、赤い長髪と目をした女だ。

 彼女は手に持った杖を霧に向かって振りかざしていた。


 その瞬間、杖の先から緑色の光線が走る。霧に当たったそれは一瞬にして霧を消し去っていく。



「待てぇ魔女めーっ!! 逃げる気かーっ!!」

「ゲッ、さっきの……!」



 しかし霧が晴れると、その鎧女の姿はどこにもなくなり、太い格子で出来た門が立っているだけだった。


 魔法使いの恰好をした女は息を吐き、俺の方に向き直る。



「ふぅ……間に合ってよかったわ。異端審問官にここの在処を知られたら大変なことになるし。あなたは大丈夫? 怪我は無い?」



 優しい声だった。そして、その……なんというか……下品なんだが……彼女の胸は、ローブの上からでも分かるくらい大きかった。



「俺は平気ですけど……あなたは?」

「あっ、初めましてだったわね。私はクレミア、一等魔女よ。あなたの名前と位階も訊いていいかしら?」

「位階? 位階ってのは分からないけど、一年にして陸上部のエースでした」

「は?」



 ドヤ顔で言ったが、彼女――クレミアは首を傾げるばかりだった。

 なんだよ、去年までは『陸上部のエース』って肩書を使えば、大抵の女子は「凄いね」って言ってくれたのに……。まあ、モテたかっていうと話は別だけど。



「あ、名前は黒木夜斗って言います」

「ヤト君ね。位階が分からないなら、ブロッケンに行って調べてみましょうか」

「ブロッケン?」

「ここ……ヴァルプルギスの夜会に所属してる魔女の情報を全部まとめてる機関でしょ? 大丈夫?」



 なんだよそれ……聞いたことねぇぞ。

 でも、あんまり女の子に疑われるとトラウマになりそうだ。誤魔化そう。



「あ、ああ! そうだったそうだった! 俺はバルファルクのヤカンに所属してる喪女だった! 寝ぼけてたぜ!」



 うわ白々しい。頭を掻きながら笑って言うところとか。しかも名前間違えた気がする。

 クレミアは不思議そうに大きな目で俺を見ていたが、しばらくすると



「じゃあ付いて来て」



 と言って歩き始めた。

 どうやら乗り切ったみたいだ。


 ……と、ここで鍋が黙ったままのことに気付いて、俺はその顔を叩いた。



「……おい、おい鍋。これはどういうことだってばよ」



 しかし鍋は応えない。今度はもっと強めに叩く。



「おい、おい!」



 するとバケモンみたいな顔がくわっ! と怒る。



「うるさい! 人前ではあたしは喋れないんだよ! 黙ってあの娘に付いて行きな!!」

「なっ、なんだよその言い方!」

「お黙り餓鬼ィ!」



 すると、なかなか付いて来ない俺を見て、クレミアが手を振る。



「ヤト君、置いていくわよ~!」

「あ、はい! すみません、今いきま~す!」



 見ると、鍋はもう顔を隠していた。



「くそっ、逃げやがった……」



 仕方ねぇなぁ……。とにかく、今は付いて行くしかないらしいな。


 ――

 ――――


 クレミアは踵の高い靴を履いているらしく、歩くたびにコツン、コツンという軽快な音がした。

 それに……その、なんというか……下品なんだが……彼女が歩くたびに髪がなびいて、そこはかとなくいい匂いが……。


「着いたわよ、ヤト君」

「はいっ!?」


 彼女が足を止めた拍子に、思わずぶつかりそうになった。

 どんだけ髪追いかけてるんだよ、俺は。



「ここがブロッケン? ……だっけかぁ……」



 そこにあったのは、周りの家や店とは雰囲気が違う建物だった。縄文杉を何倍もでかくしたような巨木を切り倒して、それをそのまま建物にしたような感じだ。

 クレミアは、西部劇で酒場に付いてるような両開きの扉を開いて中に入っていく。俺もその後に続いた。



「サバト、こんばんは」

「おや、誰かと思えばクレミアお嬢様じゃないか。ここに来るのは珍しいね」

「最近は集会所の方に行ってたから」



 クレミアは顔を見上げて声を掛けた。それに応答したのは……木だ。



「はっ?」



 俺は思わず言っていた。

 だって木だ。根っこを使って動き回り、枝を柔軟に動かして本を運ぶ木が高台にいたのだ。驚かないわけない。



「……おや、そちらの方は見慣れない顔だ。クレミアのボーイフレンドかい?」

「やめてサバト、そんなんじゃないわよ!」



 木に言われて、クレミアは赤くなって顔を伏せた。何もしてないのに振られた気分だ。



「こちらはヤト君。自分の位階を忘れちゃったみたいだから、確認しに来たの」

「そうだったかい。位階なんて名前の次に使うものだし、滅多に忘れる人はいないんだけどね」

「お願いできるかしら、サバト?」

「お安い御用さ」



 木……というか、サバト、と呼ばれたそれは、自分の手に当たる枝を杖の形に変形させ、入口の上に浮かんでいる青い本に向かってそれを振りかざした。



「ロパース!!」



 黄色の光線が飛ぶ。

 そして本に当たった光は緑色の絵柄を空中に浮かび上がらせた。

 それはどう見ても魔法陣。あの算数のパズルでよくある魔方陣じゃなく、何重もの円で出来た魔法陣だった。



「ええと……ヤト君、だったっけ? フルネームを教えてくれるかな?」

「……あっ、俺? えっと、苗字が黒木、で名前が夜斗、です」



 なんで俺は木に敬語使ってんだ。でも、そのサバトにはなんとも言い難い威厳、というか、俺なんかがタメ口で話してはいけないような雰囲気があった。



「クロキヤト、クロキヤト……んん?」

「どうかしましたか、サバト……さん?」

「いや、君の名前は何度確認しても、僕の持つ『夜会名鑑』には無くってね……」



 まあ、そりゃそうだろう。俺はそんなもんに所属した覚えはないし。

 すると驚いたのはクレミアだ。



「そんな、何かの間違いじゃないの?」

「いや、それはないよ。僕が名前を忘れても、名鑑が名前を忘れることはあり得ない。僕の魔法もすこぶる調子はいいしね」

「でもそんなこと……」



 そこでサバトは魔法陣を消した。

 そして枝をわさわさと動かした。多分、なにか考え事をしているんだと思う。



「うぅむ……こうなると、ネクロノミコンの記述も調べないといけないな」

「ネクロノミコン? それって……」



 視線を落とす。

 すると、鍋が凄まじい形相をして俺を睨んでいた。夢に出そうだ。



『本・の・こ・と・は・言・う・な』



 と、口を動かして言っているみたいだ。

 俺は、



「なんでもないです」



 と笑って誤魔化した。多分今度も白々しかったと思う。

 次の瞬間には、鍋の顔は消えていた。


 サバトは壁一面に巡らされた本棚の一つに枝……手を伸ばし、一冊の黒い本を手に取った。俺の本より一回り小さい、小冊子といった感じだ。



「ええと……位階のない魔女がいた場合の対処法は……ああ、これだ」



 サバトは枝の上にそれを乗せ、ページの両端を押さえながらこっちに枝を伸ばした。



「普段は使わないような死んだ決まりだけど……ネクロノミコンにはこうあるよ。『位階のない魔女(甲)は、これを発見した魔女(乙)と戦うこと。乙が勝利した場合、甲の所有権(使い魔とする権利)を得る。甲が勝利した場合は、乙の位階を継承の上、乙の所有権を得る』ってね」



 俺とクレミアは顔を見合わせた。



「私と……」

「俺が……」



「戦うだってえええ!?」



 ――

 ――――



「鍋、おい鍋! 一体どういうことなのか説明しろよ!」



 サバトに案内された控室で、俺は鍋をぶっ叩いていた。

 そりゃそうだろ。いきなり変な場所に来たと思ったら突然美少女と戦えなんて、鍋でも壁でも叩きたくもなる。



「痛い痛い痛い! やめんか!」

「やっと喋った」



 周りに誰もいないと見るや、鍋はバケモンみたいな顔を出して怒った。

 この控室はブロッケンの奥にある部屋の一つで、今は誰も使っていないらしい。同じような部屋がもう一つあり、そこには今クレミアがいる。俺と同じように、一時間後に迫った対決に向けて準備をしているのだ。



「しかし面倒なことになっちまったねぇ」

「お前他人事みたいに……」

「実際、あたしゃただの鍋だ。お前が知らないことを教えるくらいならできるが、自分で動くことはできない。ここまで首を突っ込んだのは間違いなくお前の意思さね」

「お前が運べって言ったんだろ!」

「うるさいよ!」



 俺は鍋の周りをぐるぐると歩きながら頭を抱えていた。

 どうしてこんなことになったんだ?



「まったく……手短に言うから、一回で理解しな」

「分かった、分かったからなんでも教えてくれ!」

「よしよし。……いいかい夜斗、ここはお前が元いた地球とは別の地球なのさ」

「別の……?」

「そう、言うなれば異世界。『魔女の夜』という世界さ。この世界には魔法が存在し、それを使う魔女がたくさんいる」



 魔女か……。たしかに、この街にいる人はみんな魔法使いみたいな恰好をしてたな。

 それにしても異世界なんて……。でも、どうやら夢でもないみたいだし。



「なんで俺はそんな世界に?」

「お前が儀式に失敗したからこっちに吹っ飛ばされたのさ! ヒッヒヒ、馬鹿だねぇ!」



 鍋は引き笑いを上げた。



「うるせぇなぁ……。それで、次は?」

「この世界は更に二つの世界に分かれてる。『人界』と『魔界』にね。魔界には魔女しか入れないようになってる。さっきあんたを追いかけてた異端審問官みたいな場合は別だけど」



 ふぅむ、魔界か……。どうやら話を聞く限り、俺はその魔界にいるらしい。でも妙だな、俺は魔女なんかじゃないってのに……。



「魔界にはある組織が存在してる。『ヴァルプルギスの夜会』だ。大抵の魔女はこれに所属して管理を受けてるのさ。その夜会が定めてる魔女のランクが位階ってやつだ。下から、見習い、五等、四等、三等、二等、一等、妖星。さっきのメスガキは一等って言ってたかねぇ。若いのに大したもんだよ」



 ってことは……クレミアは上から二番目か。余裕だな。



 ……んなわけないだろ‼ 相手は魔法使ってくるんだぞ、俺が勝てるわけないだろ! いい加減にしろ‼



「詰んだな。百メートルハードル走なら余裕なのに」

「諦めるんじゃないよ! 勝つ方法は持ってるじゃないか!」

「ええ……? 何言ってんだこいつ……」



 鍋がガタガタと揺れた。中に入っていたものの音がする。



「これは……ネクロノミコン?」

「そうさ。サバトが持ってるのはこれから規則編だけを抜粋した簡略版。こっちが、このあたしが書いた伝説の魔導書『ネクロノミコン完全版』だよ!」

「お前鍋だろ? 本なんて書けるわけ……」

「昔は人間だったんだよ!」

「そんな馬鹿な……」



 笑けるぜ。人間が鍋になるなんて、馬鹿げたことが……。

 ……いやいや、異世界があるならそういうのもあり得るのか?

 とにかく、本を開いてみよう。



「一〇八ページを開きな」

「はいよ……っと」



 パラパラとめくると、簡単に目当てのページは見つかった。



「ええ~っと、なになに……?」



『魔法中和剤の合成方法』……か。願いを叶える魔法、とかよりは現実味ありそう。



「それをあたしを使って作るんだ。それだけじゃない。二〇〇ページまでに書いてあるのを、全部この一時間で作りな! そうすりゃ、あんな小娘に負ける道理なんてないさね」

「百ページ分も!? そんな時間あるわけ――」

「走るんだよォ‼」

「なんだってんだよ~!」



 俺は慌てて飛び出した。片手にはネクロノミコンを持ったまま。



「おや、ヤト君。決戦前のお散歩かな?」

「ちょっとそこまで!」



 俺はサバトに言って、ブロッケンを出た。



「最初の材料は……黒トカゲの尻尾!」



 足元にいた。捕獲!

 ポケットにその尻尾を詰め込んで次に。



「赤グモの頭……ってさっきのと全然変わんねぇじゃねぇか!!」



 しかしクモがどこにいるかなんて……。

 とにかく、路地裏に入ってみよう。


 俺はひしゃげた建物の間を抜けて大通りを外れた。そこには馬鹿みたいな大きさの月の明かりも届かず、一歩先も見えないような有様だった。



「クモちゃんどこだ~……っと、あれは!」



 カサカサと動く何かが見えた。多分ゴキブリではないと思う。

 俺はその影を追いかけて走った。そして角を曲がる。



「追いついたぞ……って……」


 たまげた。

 そこにいたのは、小学生くらいの大きさをしたクモの群れだった。しかも、色とりどりの体表をしていて、赤いのはたったの一匹だけだった。



「ワーオ、俺こんなデカいクモ初めて見た~」

「ピピィ!!」



 緑のクモが鳴き、俺に飛び掛かる。



「オルルァ!!」



 俺はそれを躱し、すかさず踵落としを胴にぶち込む。



「ピィッ!?」

「オラオラ来いよオラァ!!」

「ピピピイイィィッ‼」



 仲間を殺されて怒り狂い、飛び回るクモの中を、俺はネクロノミコンと拳一つで駆けた。


 全部殺した。

 戦いの前にこっちが死ぬかと思った。



「おや、ヤト君。お帰りかな……って、それどうしたんだい?」



 ブロッケンに戻ると、サバトは俺が脇に抱えた赤グモの頭を見て言った。



「そりゃこっちの台詞ですよ……なんだよあのデカいクモ……」



 クモの体液まみれになった顔を拭いながら、俺は控室に入った。



「鍋、持ってきたぞ!」

「思ったよりは速かったじゃないか。それじゃあ早く作りな!」

「でも火は!?」

「火打ち石がそこの棚にある。それで薪を燃やすんだよ」



 は? マジ? コンロもないとか中世か?

 しかしそんなことも言っていられない。俺は棚から白っぽい石を取り出し、二つを打ち合わせて火花を起こした。種火にするために部屋に溜まっていた埃を使い、火が点いたら部屋そのものを作っている木の幹を引っ剝がして、全力で息を吹きかけて引火させた。



「よしっ、火が点いた!」

「あと三十分もないよ、急げ!」

「あんまり急かすなよ!」



 鍋を火に掛ける。すると驚いたことに、突然鍋の中に水が湧いてきたのだ。



「これを使いな」

「なんだ今の!?」

「だから元魔女だって言ってるじゃないか。このくらいの魔法ならまだ使えるのさ」

「たまげたなぁ……」



 いや、いかんいかん。こうしている場合ではない。早くレシピ通りに鍋に入れなくては。

 今度はちゃんと読んでからな。



「黒トカゲの尻尾、赤グモの頭、鉄アリの腹……それに幽霊キノコに王のナズナ、神のニンジン……」



 途中で入れたマンドラゴラの絶叫を聞きながら、俺は二〇〇ページまでの全てのレシピを完成させたのだった。


 ――

 ――――


 決闘は街の中央にある丸い広場で行われることになった。サバトが住人たちにそれを知らせたらしく、俺が着くころにはもう人だかりができていた。

 俺は入場しながら、部屋に置いてきた鍋の言葉を思い出す。



『いいかい? 喰らったら終わりだからね。死ぬような魔法は使ってこないにしても、当たれば手脚を縛られて轡を噛まされたネズミに変身するくらいのもんは使ってくると思いな!』



 なんだよその魔法……性格悪すぎだろ。鍋ならまだしも、あのクレミアがそんな魔法を使ってくるなんてとてもじゃないが思えない。

 しかし油断はできない。負ければ俺は彼女の使い魔――つまり奴隷にされてしまう。そんなことさせるわけには……いや、それはそれで案外アリかもしれないけど……。



「北コーナー! 位階不明魔女、クロキヤト君の入場だ!」



 バトルの司会はサバトだった。ブロッケンの建物から枝を伸ばしに伸ばし、枝の先でまた自分の形を作って喋っていた。


 俺が申し訳なさそうに進み出ると、ブーイングのような声が上がった。一部のお姉さま方は声援を送ってくれていたが、俺にはちょっと年上過ぎるかもしれない。



「ハハァ……」

「南コーナー! 皆さんご存じ、筆頭一等魔女のクレミアお嬢様だ!」



 今度は凄まじい歓声が上がった。アウェー感バリバリだ。

 中でも大きかったのは男共の声だ。

「愛してるー!!」だの、

「結婚してくれー!!」だのとうるさい。

 鏡に言ってろ。


 クレミアは軽く杖を振ると、俺に向かって笑いかけた。



「よろしくね、ヤト君」

「ああ……よろしく」

「私、そろそろ使い魔が欲しいと思ってたのよね。まさか人間を使い魔にすることになるとは思ってなかったけど」



 ヒエッ。

 この女、殺る気満々だ。

 しかも続けてこう言った。



「安心してね、飼いやすいネズミか何かに変身させてあげるから」



 ……鍋、俺の味方はお前だけだったよ。悪かった。今度綺麗に拭いてやるからな。


 サバトが俺たちに問い掛ける。



「さあ両者、準備はいいかな? 魔女同士の戦いを見るのなんてしばらくぶりだからこっちが緊張気味だけど……」

「私はいつでも大丈夫よ」

「俺も……大丈夫、だと思う!」 



 俺はポケットに入れたカプセル型の色々を手で確かめると、大きく頷いた。自分を勇気づけるためだ。



「それじゃあ、試合開始!」



 その直後、



「クリストールォ!!」



 クレミアの杖が赤い光を放った。



「うぉっ!!」



 俺はなんとかそれを飛び退いて躱すと、反復横跳びの要領で動き回りながら様子を窺った。

 クレミアは続けて杖を振る。



「リップラ!!」

「くっ……」

「スキモーツォ!!」

「何の魔法なんだよそれぇ!」



 紫、そして黄色の光線を躱して俺は毒づいた。地面に散った光線が熱風に変わる。

 観客からは感心したような声が上がる。



「どれも最高位の魔法ばかり……やはりあの子は天才か」

「クレミアのスキモーツォ喰らいたいけどなぁ、オレもなぁ……」



 知るかよ。自分で鏡に撃ってろ。

 とにかく、俺に分かるのは当たっちゃダメだってことだけだ。こっちが魔法を撃ち返せない以上、ポケットにある物の使いどころを考えて行動しなきゃならない。



「トークィリーン!!」

「くそっ!」

「ううん、なかなかやるわね、ヤト君!」

「そいつは、どうも!」



 闘牛を習っていてよかったぜ。全速力の牛に比べたらまだ避けやすい方だ。



「レィクルーン!! シバラックス!! モーレシア!!」



 赤、白、黄色で飛んでくる。チューリップか何か?

 俺は右に左に、そしてしゃがんでそれを躱す。その時だった。



「はあ」



 と一瞬クレミアが息を整えた。赤い舌が艶やかな唇の上を這う。



「今だっ!!」



 俺はその瞬間を見逃さなかった。ポケットから一つの玉を取り出し、クレミアに向かって投げつけた。



「甘いわよ! プリシーラス!!」



 黒い閃光が爆ぜる。しかしそれは俺に飛んでくることなく、俺が投げた玉に吸い込まれて消えていった。



「なっ――」



 俺が投げたのは『魔法中和剤』。ごく近くにしか作用しないが、あらゆる魔法を吸収して打ち消す道具らしい。

 じゃあそれを盾代わりに使えよ、と思うのは当たり前だが、俺にはそれができない理由があった。

 それは……



『この魔法中和剤はね、不完全なのさ。なぜかって? それはね……』



 地面に落ちた玉が黒く膨張する。



『受けた魔法の大きさに応じて、最後に破裂するからさ』



 そして、爆音と共に炸裂する。



「――きゃあっ!!」



 その凄まじい風圧にクレミアはよろめき、ローブが風にたなびく。

 その拍子に、豊かな胸元と肉付けのいいおみ足が露わになる。



「やったぜ!」



 何に対してのやったぜなのか。もう自分の精神状態が分からない。

 とにかく、ここはチャンスだ。俺はアメフトのボールみたいな形をしたカプセルを続けて投げた。



「こっ、これは!?」



 無色透明の霧。しかし、効果は絶大だ。

 その名も『三覚奪取の息』。空気に触れた瞬間に煙になり、吸い込んだ対象の視覚、味覚、触覚を奪う道具だ。



「霧……!? 見えない、こんな魔法はどんな魔導書にも――。ヘイメラ!!」



 クレミアは自分に向けて魔法を放った。その合言葉は、俺がここに来るときに霧を消し去ったものと同じだった。恐らくは霧払いの魔法か何かだろう。



「ヘイメラ、ヘイメラ!! ……どうして見えないの!?」

「答えは簡単さ」



 俺は彼女の耳元の、遥か上で言う。

 そして彼女の尻尾・・に、容器に入った液体を垂らした。



「これは『五感明瞭の涙』。全ての感覚を取り戻させる道具だ」



 クレミアの目が開かれる。赤くて宝石みたいな、綺麗な瞳に月が映る。



「情けなど無用よ! ピュリッツァ‼」



 彼女は俺の方に向き直ってそう唱えた。

 俺にはそれがどんな魔法かなんてわからないが、もう発動なんてしないのは分かり切っていた。



 サバトが驚いたように告げた。



「し、勝者は……クロキヤト君……」

「え? 待ってサバト、私はまだ動け――」



 そこで彼女はやっと気づいた。


 自分が黒い猫の姿になっていることに。

 魔法の杖は肉球から零れ落ち、鍵尻尾は『五感明瞭の涙』で濡れていた。



「悪いけど無理矢理口に押し込ませてもらったぜ。とっておきの『猫化薬』をな!」



 それは二〇〇ページの最後に記されていた秘薬。人間を半永久的に猫にしてしまえる世にも恐ろしいおクスリだ。

 ……でも、こうでもしなきゃ俺の方がネズミにされてたんだ。これくらいしたって、バチは当たらない……よな?


 観衆からどよめきが起き、クレミアはがっくりと崩れて鳴き声を上げた。



「私が負けるなんて、冗談でしょぉ――!?」



 ――

 ――――


 ……とまあ、そんなことがあってから半年くらい。俺は使い魔になった黒猫と一緒に、まだヴァルプルギスが支配する町で暮らしていた。



「ヤト君、早く起きなさい!」



 顔の上に暖かいものが乗る。

 俺はそれを寝ぼけながら撫でる。



「あぁ~、モフモフがたまらねぇぜ……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 今日はあなたが最高位階の『妖星』になれるかどうかっていう大事な日なんだから!」



 モフモフがその場で立ち上がり、俺の顔面にパンチを見舞う。



「あぁ~、プニプニがたまらねぇぜ」

「ほら早く起きる! お鍋さんも何とか言ってよ!」

「ヒッヒヒ……あたしゃ賑やかなのは嫌いじゃないさね。数百年ぶりかねぇ……」

「も~う‼」



 俺は何とか体を起こし、クレミアの推定四キロの体を持ち上げた。



「ちょっと、ど、どこ触ってるのよ‼」

「ええ? 別ににゃんこのおっぱい触ってもモフいだけだろ……? どうせなら人間の時に触らせてくれ」

「ぶっ飛ばすわよ‼」



 そして彼女をそっと床に置くと、綺麗な赤い目に向かって唱える。



「チチンプイプイ人間にな~れ」



 すると煙が立ち込め、黒猫は一瞬にしてローブ姿の美少女に変わった。その顔を見るに、結構怒っているらしい。



「プラッツォ」



 クレミアが杖を振りかざすと、部屋の中を覆いつくさんばかりの火球が膨れ上がった。



「分かった分かった! 起きるから! それ止めてくれ! 部屋壊したらサバトにめちゃくちゃな修理費請求されるからぁ‼」



 すると火球が縮んでいった。

 なんとか矛を収めてくれたらしい。


 クレミアはじっとりとした目で訊く。



「……目が覚めた?」

「は、はい……」

「じゃあこれ着て」



 渡されたのは魔女の正装である黒ローブに尖がり帽子。

 クレミアのおさがりなので、なんというか……下品なんだが……羽織るとふわりと彼女の香りが……。



「ご飯食べたら早く行くわよ!」

「は、はい!」



 朝食を済ませ、俺は帽子を被って扉を開けた。空には一日中沈まない月が昇っている。



「……あっ、お前鍋お前、今日という今日こそは、元の世界に戻る方法教えてもらうからな! 覚悟してろよ!」

「ヒッヒヒヒ! お前ごときに聞き出せるものか! あんな簡単な儀式に失敗したせいで、お前は一生ここで過ごすんだよ! 馬鹿だねぇ……ヒヒヒヒ‼」



 決めた。今日は塩水の中に漬けてやろう。あのバケモンみたいな顔が錆の恐怖に歪むのが今から楽しみでしょうがねぇぜ……‼



「ヤト君、置いて行くわよ~!」

「今行くよ!」



 俺は夜空の下に駆けだした。

 まだ見ぬハーレムメンバーとの出会いを求めて――。



『俺のハーレム物語はこれからだ――‼』☆ご愛読ありがとうございました。黒木夜斗先生の次回作にご期待ください。


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