魔王に999のダメージ!
「ぐはははっ。よく来たな勇者ども」
魔王城の最奥部、豪華な大広間にて出迎える魔王ゴルダーク。こうして見るとデカい。
「覚悟しろ。俺が勇者ファイランだ。お前を倒す!」
俺は伝説の聖剣カインソードを背中の鞘から抜いた。
「やってやんぜ!」
格闘家ゴルモスが拳にオーラをまとう。
「援護します!」
賢者リーナが俺とゴルモスに守備力強化、攻撃力強化の魔法をかけた。
「うぉおおおおお!」
迫りくる魔王の繰り出す腕を避けながら、俺は魔王の肩口に刃を切り込んだ。
「ぐぉおお!」
手応えは、あった。魔王が苦痛にうめく。
「勇者の攻撃! 魔王に96のダメージ!」
……。
「くらえ! 天崩魔殺拳!」
ゴルモスの必殺技が炸裂した。両の拳から繰り出された光の弾が魔王の足にヒットする。
「ゴルモスは天崩魔殺拳をはなった! 魔王に363のダメージ!」
……。
「よっしゃ! バランスを崩したぜ! 今だ勇者!」」
俺は頷き、聖剣に魔力を込める。
「解放せよ! 聖なる刃!」
剣は目映いほどに輝く。俺は体勢を立て直せない魔王に素早く迫り、その刃を額に突き立てた。
「ぐはぁあああああ!」
魔王が断末魔の悲鳴をあげる。
「会心の一撃! 魔王に999のダメージ! 魔王を倒した!」
……。
ずぅううん、と音を立てて。魔王の巨体が床に倒れた。
「や、やったのか……!」
「うぉおお! さすが勇者だ!」
「これで世界が平和に……」
「しかし、魔王の体力がみるみる回復してゆく……!」
……!?
「ぐへへへへぇぇ……。ついにワシの第一形態を倒す者が現れたかぁ……」
「な……なんだと……」
倒れた筈の魔王がその身を起こす。俺の剣がたち割ったはずの魔王の額から、黒い霧のような何かが漏れ出ている。
「何百年ぶりじゃろうなぁ……この姿になるのは……」
魔王の、胸の部分を覆っていた鎧がごとりと落ちた。漆黒のマントもはずれ落ちる。そして膨れ上がっていく上半身。
「うおい……変身するだと……」
「そんな……」
肩の傷も、脚の傷も塞がっていく。否、傷が塞がるどころか元より太くなり、その皮膚もそれまでのような浅黒い皮から緑色のぬめぬめした鱗へと変化を遂げていく。
「でかい……」
元から俺の身長の二倍はあった魔王は今や四階はあろうかというこの大広間の天井に届く勢いだ。
「これがワシの真の姿じゃ!!」
やれやれ。
俺は背筋に汗が伝うのを感じながら……それでも、笑った。
「ふん……! そう来ると思ってたぜ! でかくなった分、的が増えて助かるってもんよ」
「愚かな!!」
突然魔王がその巨大な腕で俺たちをなぎはらった。
すさまじい衝撃が俺たちを襲う。
「魔王のなぎ払い攻撃! 勇者は74のダメージ! ゴルモスは83のダメージ! リーナは123のダメージ!」
……。
「くっ……速さも増している……。大丈夫かみんな!」
「ええ! 回復を!」
「リーナは回復魔法を使った! 全員のHPが70回復した!」
「助かった!」
「ファイラン! まずは私が魔法攻撃で様子を見るわ!」
俺が頷くと、リーナが杖をかざした。
「食らえ! ホーリー・ウェイブ!」
光る杖の先から聖なる波動が迸り、魔王を包み込む。
「はっ……こんなもの、きかぬわ!!!!」
「魔王に痛恨の一撃! 364のダメージ!」
……。
「強がりを! 今度は俺だ! 天崩魔殺拳!」
「ははは! 効かぬ効かぬ!」
「魔王に痛恨の一撃! 456のダメージ!」
……。
「これでどうだ! 聖なる刃!」
「きかーぬ!」
「魔王に特大のダメージを与えた! 1452のダメージ!」
……。
「効いてないのか本当に」
「効かぬわ!」
「……そうか」
「効かぬ!」
「……」
俺は、後方を振り返った。
「……って言ってるけど?」
「364+456+1452で現在のところ、計2272のダメージです。間違いありません」
「……そうか」
俺は魔王のほうを向いた。
「まあいい。やせ我慢はほどほどにするんだな!」
「くっくっく……貴様等こそ油断が過ぎるようだな……!」
魔王の目が光った。
「灼熱の右手!」
突如として巻き起こった炎の渦が俺たちを包む。
「危ない勇者!」
俺の前にゴルモスが飛び出した。
「ぐわぁああ!」
「ご、ゴルモス……!!!」
俺の代わりに攻撃をくらったゴルモスの体が炎に包まれる。
「ご、ゴルモス! 大丈夫か!」
振り返って親指を立てるゴルモス。
「へ、こ……こんな……炎……ぬるいぜ……」
「なんともないのか!?」
「ああ……なんともない……ノーダメージだ」
「ゴルモスに痛恨の一撃! 744のダメージ!」
……。
「お、おい本当に大丈夫なのか、ゴルモス……!?」
「か……格闘家は魔法に弱えんだよ……。勇者、お、俺のぶんまで……やつを……」
「ゴルモスは死んでしまった!」
「ご、ゴルモスーーー!!!」
ゴルモスが倒れた。
「よ、よくもゴルモスをぉ……!」
「おっと嘆くのは早いぞ勇者……! 吹雪の左手!」
突如として巻き起こる氷の嵐。飛んでくる氷塊が俺たちを容赦なく襲う。
「ここは私が!」
リーナが杖をかざし、魔法の防壁をはる。
「リーナはマジックガードを唱えた! 魔王の攻撃は無効化された!」
「……なんだと……!?」
「どう? あなたの攻撃は私たちには通じないわよ。私が何度でも防いでみせるわ!」
「小癪な……」
「あ、リーナさん、MP64消費し、残り156です」
「……」
「わ、私の魔法がある限り、あなたの攻撃は私たちには届かないわ!」
「ある限り……な」
「ええ、ある限り」
「うむ。では」
「ちょ、ちょっと待って」
「り、リーナ! またくるぞ!」
リーナが再び杖をかざす。
「くらえ!」
「リーナはマジックガードを唱えた! 魔王の攻撃は無効化された!」
「くらえ!」
「リーナはマジックガードを唱えた! 魔王の攻撃は無効化された!」
「くらえ!」
「リーナはマジックガードを唱えた! しかしMPが足りない!」
「きゃああああああ!」
「り、リーナ……!!!」
「勇者に56のダメージ! リーナに204のダメージ! リーナは死んでしまった!」
「り、……リーナ……!!!」
「ファ……ファイラン……ごめんなさい……私のMPが足りないばかりに……ガクッ」
「ぐはははは! さあ、残りはお前一人じゃぞ。どうする勇者……!」
「くっ……。俺は一人になろうと諦めん!!」
俺は剣を構え、魔王の攻撃を舞うように避けながら剣撃を与えていく。
「勇者の攻撃! 魔王に340のダメージ!」
「勇者の攻撃! 魔王に492のダメージ!」
「勇者の攻撃! 魔王に278のダメージ!」
「くくく……! かゆいのう……虫が止まったかと思ったわ!」
「虫が止まったわりにはダメージが」
「こんなもの屁でもないわ!」
魔王は何かを誤魔化すように右手を振りかぶった。
「くらえ! 灼熱の右手!」
「ぐわあああ!」
「勇者に148のダメージ!」
「ぐっ……」
俺の額に汗が吹き出る。
これが魔王。やはり強い。
俺は全滅を覚悟した。
「そろそろ終わりじゃのう。くくく。諦めるが良い。人間風情では我には勝てん」
「くっ……。こいつにはいくら攻撃しても倒せないのか……!」
「あ、魔王へのダメージは現在累積3382で、残りHPは1618です」
「……」
俺は剣を構え直した。
「ぐ……ぐぬぬ……」
「もう一息だぜ! 覚悟しろ魔王! 俺はお前を倒す!!!」
俺が剣を手に走り出した瞬間。
「それと、勇者の残りHPも僅かです。残り31」
「死ね勇者ぁああああ!」
「ちょ待っ……ぐわあああああ」
魔王のひとふりで俺は死んだ。
「勇者に65のダメージ! 勇者は死んでしまった!」
俺たちの戦闘から離れたはるか後方から声が聞こえた。
*
「では、ネーシャをパーティーから外すことに賛成の人、手を挙げて」
俺とゴルモスとリーナの手が挙がった。
「えー! どうしてですか!?」
魔王ゴルダークはこの近隣三都市くらいを危機に陥らせているそこそこ迷惑な魔王で、世界の危機というほどではないがこの地方一帯を統べる領主からすると十分な脅威だった。既に何度か大ボスクラスの敵を倒してきたことのある冒険者パーティとして名が知られる俺たちは特別に招聘され、この数ヶ月、魔王を倒すのに必要なアイテム……聖剣や必殺技を記した巻物などを手に入れたり、魔王軍の幹部クラスの魔物を討伐したりと準備を整えてきた。
だがいよいよ魔王との決戦という段階になってパーティに欠員が出た。
それで急遽パーティに入れたのが、この計算士ネーシャだった。
急募だったこともあり、こいつをパーティに入れた理由は、他が金勘定がいい加減なメンツばかりなので数字に強いやつをというくらいしかなかった。
……「計算士」。
神殿がこの職業のライセンスを発行しているからには何かしらの特殊スキルを持っているのは確かなのだが、正直、パーティに入れるまでいったい何をする職業なのかまったく謎だった。
「まさか後方でダメージ計算だけしてる職だとは思わなかったからな。お前は必要ない。ネーシャ。俺たちに必要なのは、数字じゃない。ともに勇気を持って戦う仲間なんだ」
「でも!! 数字は大事です! きっちり定量化したからこそ! 勇者さんは諦めずに魔王に挑んでいくことができたんじゃないですか!」
そうだな、と俺は笑った。
「感謝してるよ。魔王も俺のHPが少ないと知ってトドメをさせたわけだしな」
「私の魔法がいつ尽きるのか魔王に丸わかりだったしね」
「俺のやせ我慢も台無しにしてくれたしな。……だいたい、計算士ってなんだよ。そんな職聞いたことねえよ」
「……計算士とはですね、数値化・算術能力に優れ、戦況を感覚や精神論ではなく定量的なデータに基づいて分析し、的確な判断を促すための……」
「要するに数字ばっか並べてて自分じゃ戦いもしねえってことじゃねえか!」
「……! そんな、ひどいです」
ゴルモスの気持ちは分かる。正直、これならもうちょっとマシな人員がいる気がした。
俺たちはもともと、三人パーティだった。格闘家のゴルモスと支援魔法・回復魔法担当のリーナ。それに聖剣に認められた勇者である俺。少数精鋭だが実力者揃いの良いパーティだ。
だがこの三人では、ダンジョンの奥地で全滅した時の「脱出役」がいないのが問題だった。一人は少なくとも戦線から距離を置いて、他が全滅した時に脱出魔法で全員引き上げる役目が必要だ。そうしないと、他の冒険者に見つけてもらうまで死体がダンジョンの奥で放っておかれて蘇生が間に合わなくなるし、最悪、敵に死体を操られる恐れもある。今回の魔王もアンデッドを統べる力があるということから、どうしてもこの四人目が必要だという話になった。
実際、今回ネーシャを残して俺たち魔王討伐パーティは全滅した後、ネーシャが使った脱出魔法アイテムでなんとか魔王の城から脱出した。それで今こうして町の酒場で反省会ができているというわけだ。
「こんなんならまだ前の魔法使いの爺のほうがマシだったぜ。戦闘面では、まだ後ろから魔法を打って援護したりしてくれたからな」
「ひどい! 私は泥棒より悪いっていうんですか?」
そう、こないだまで脱出役を兼ねてパーティに入れていた魔法使いの爺は、魔王軍幹部との戦闘の際に、戦況が少し危うくなった途端にあろうことか俺たちを置いて一人で脱出魔法で逃げやがったのである。しかもその際にパーティの全財産を持ち逃げするというあるまじき事態。俺たちは危うく宿代にも苦労するところだった。
「こんなわけのわからんライセンスを認めるなんて神殿も何考えてやがるんだ……」
「なんてことを言うんですか! フォルシーク族しか使えなかった敵の攻撃力や体力を数値として読みとる超能力を、精霊力を使った魔法体系として組み上げた初代計算士ディートルート様の功績は称えられるべきものです!」
「実際の戦闘じゃ役になんて立たねえんだよ。そんなに数を数えたけりゃ商売人にでもなって小銭数えてろ」
ネーシャが眉をつり上げた。
「信じられません! 数値化することの大切さもわからない人たちとなんて、一緒にいたくもありません! こっちからお暇いただきます!」
怒りで足音を荒くしようとしたのだろうが、トスントスンと体重の軽さもあって軽い音を立てながら、ネーシャは三つ編みを揺らしつつ去っていった。
*
「ふはははは……! また挑んでくるとは愚かだな勇者ども!」
何度来ても律儀に魔王は第一形態に戻って出迎えてくれる。
「今度は前回のように行くと思うなよ」
俺たちは前回同様の攻撃パターンで大ダメージを与え、魔王を真の姿に変身させた。
「この姿になるのは何百年ぶりじゃろう……」
「いやつい三日前になったからな、俺たちの前で」
さて。問題はここからだ。
前回と同じように戦ったんじゃ二の舞だ。癪だがネーシャが言っていた数字を信じるならHPはだいたい5000くらい。俺たちの攻撃がいい感じでヒットしていけばそう倒せない体力じゃなさそうだ。
ただ、やっかいなのは強力な炎と冷気を操ってくるあの両手だ。リーナの魔力は無尽蔵じゃないのは既にバレている。
そこで。
「出番だ! ノーシュさん」
「はいな! まかせておくれよ!」
ネーシャの代わりに入った新メンバー、ノーシュさんはその太った体を揺すりながら、両手をパンとあわせて呪文を唱え、両手を構えた。
「大気の精霊よ! 力を貸しとくれ!」
俺たちの体を光のオーラが包み込む。
「何じゃその力は……!?」
「はっはっは。炎と冷気だけに効果を発揮する守護魔法だ。持続時間も長い。これでもうお前の攻撃はきかないぜ!」
「よっしゃ! 俺もこれで思う存分攻撃に専念できるぜ!」
「私も攻撃魔法で援護するわ。いける!」
「ぬぬ……小癪なぁああああ!」
俺たちの怒濤の攻撃で、魔王のHPをどんどん削っていく。といってももうネーシャはいないので、実際どのくらいダメージがあるのかはわからない。だが、そんなことは何の問題もない。
「灼熱の右手! ……氷結の左手! ……くっ。なぜ、きかん……!」
「へ……! さすがノーシュさんだぜ!」
「あっはっは……やだよう、おばさんをおだてるんじゃないよ」
「本当にすごいです。さすが本職の守護魔術師です!」
俺たちに必要なのは数字じゃないんだ。ノーシュさんのような強力な支援魔法が使える仲間、それこそが必要だったのだ。
「くらえ! そろそろトドメだぜ! 天崩魔殺拳!」
「ぐわぁあああああ!」
ゴルモスの必殺技が魔王の胸に風穴をあけ、俺たちの戦いは勝利に終わった。
*
「終わりましたね!」
「ああ、みんなよくやった!」
「今度こそ……倒した……か」
魔王の身体がひとりでに燃え始めた。最期になかなか凝った演出をするやつだ。
「ではみんな、魔王を倒したことを報告しに領主様の城に戻ろうか」
「がはははは……! これで終わりだと思うなよ……!」
なんだと。
魔王の体を包んでいる炎の中から、……黒煙を纏いながら立ち上がる影があった。
魔王は再び……復活した。
「これこそが我の、本当の真の姿!」
骨だけになった姿。しかし漂う妖気に漆黒のマント、王冠。そして髑髏の奥に怪しく光る紫の瞳。
「……なんだと」
「第三形態!?」
「そんな!?」
俺たちは驚く。
だが……それも半分演技だ。
長く勇者をやっていれば、こんなことはたまにあることだ。
中ボスでも1回くらいは変身するやつがいる。大ボスなら2回3回はザラだ。今時、ボスキャラは変身するのが当たり前だというのは勇者界の常識だ。変身する敵に備えて常に余力を残しながら戦うのが勇者のセオリーというものだ。
「みんな、最後の戦いだよ! いっといで! あたしも援護するからさ!」
「はい、ノーシュさん!」
いつの間にかパーティのしきり役が俺からノーシュさんに移りつつあるが気にしない。
「とりゃあああ! 性なる刃!」
「くらえ! 天崩摩擦拳!」
誤字のひとつやふたつ恐れることなく俺たちは魔王に攻撃を加える。
「ぐぁああああ!」
魔王を三度、倒した。
*
「ふははは……! ついにこの姿を見せる時がきたか……」
「何だと!? まだ復活するだと!」
「第四形態か……なかなか多いな」
第四といっても見た目は王冠マントつきの髑髏姿で、第三形態と変わったようには見えないが、ともかく魔王が復活した。
「さぁいっといで! 世界に平和を届けてやろうじゃないか!」
「はい! ノーシュさん!」
*
「……愚かな人間どもめ……この程度で我を倒したと思うとは……」
「また復活したのか!? 第五形態だと!?」
「ちょっと多くないですか?」
「いっといで! みんな!」
*
「我の本当の真実の本性の姿を見せることになるとはな……」
「いやマジで勘弁して」
*
「今度こそ本当に……」
「……」
*
「我の秘めたる真の姿を……」
*
「ついに見せる時が来たようだな、この……」
*
「えーともう台詞が思いつかん……」
……。
こっちも返す言葉が思いつかない。
「えっと……今何回目だ……?」
「さあ……」
「9回目か10回目かくらい?」
*
「というわけで恒例の復活じゃ……!」
てい。
俺は喋りかけた骸骨を剣で叩いた。黙る魔王。
もはや戦いと呼べるようなものではなくなっていた。
何度倒しても復活する骸骨を一撃で倒す。
もはや作業。
「今、何回目だ……」
「さあ」
「俺は30回を越えたあたりから数えるのをやめたよ」
「私は20回でやめました」
「ノーシュさんは……?」
「なんか息子さんが熱を出したとかで先帰るそうです。脱出魔法用の巻物は置いていかれましたよ」
「そっか。まあご家族がご病気ならしょうがないな」
「なあ」
「ん?」
「そろそろ俺たちも帰らないか?」
「……うーん……」
「なあ勇者。もうキリがないぜ」
「だがなあ、俺たちが帰ったら、この魔王はまた復活するわけだろ?」
「まあ……そうかも」
「確かに倒すたびに弱くなった感じはするけどな。もう一撃だし」
「ふはははは……復活の」
また復活しかけて何か言おうとしかけた骸骨を一撃で黙らせる。
「でももうずっとこんな状態だぞ。完全に倒すのは無理なんじゃね、これ」
「うーん……」
「今何回目なんだマジで」
「感覚的には、50回くらいか」
「79回目ですね」
俺たちがそっちを振り向くと。
「ネーシャ!」
「お前どうしてここに!」
「皆さんが困ってると聞いて駆けつけたんですよ!」
「誰に」
「ノーシュさんでしたっけ? あの新しいパーティメンバーの方に。急用ができたから代わりに行ってあげてちょうだいって言われまして。あの方凄いですね。転送魔法まで使えるんですね」
「……」
俺たちの疲弊した様子を眺める。
「お困りのようですね」
「まあ、困ってる。だがお前が来たところで出る幕じゃないぞ。このボスはアンデッド、つまり不死身型の敵だったんだ。こいつを滅ぼすには、武器も魔法も意味がない。まして計算士にできることなんて何もないぜ」
「私にそのボスのHPが見えるとしてもですか? ……あ、起きましたよ。80回目」
べこん。剣でボスを黙らせる。
「HPが見えたって意味ないだろ。そういえばお前……どうして俺たちがこのボスを倒した回数わかるんだ?」
「過去の死んだ回数を計測する魔法だってあるんですよ。熟練の計算士をなめないでください」
胸を張るネーシャ。
「なんだその意味のない魔法……普通、一回だろ、死ぬのは」
「そうでもないですよ。熟練の冒険者だと結構な確率で蘇生経験者がいます。私は過去に、一人で150回以上死んでいる人を見ましたよ」
死にすぎだろ。
「とにかく、私も皆さんのお役に立ちたいんです!」
「じゃあ魔王を倒してくれ」
「でも私戦闘タイプじゃないので」
「あのな」
俺は入り口を指さす。
「戦わないなら帰れ。俺たちが必要としているのは戦えるやつだ。後ろで数字をわめくだけのやつじゃないんだよ。いくら数を数えたって、勝てないんだ。人は戦わなきゃ勝てないんだよ」
「……」
ネーシャが泣きそうな顔をした。だが俺は譲らない。
「ほら、次の復活が来るぞ。魔王も今だいぶ弱ってきてっからな。お前もやる気があるなら、攻撃してみろ」
「でも……」
「やる気がないなら帰れ」
「そんな……」
「でももそんなもない。やるのかやらないのか」
見かねたようにリーナが口を挟んだ。
「ちょっと勇者。もういいじゃない。そんな、いじめなくても……。あのね、ネーシャ。あなたが戦闘型じゃないのは知ってる。きっと、あなたが役に立てる場所はどこか他にある。でもそれはここじゃない。冒険者だけがすべてじゃないよ」
「……う……でも、私……この計算士の力が冒険の役に立つって証明したいんです」
「あのね。可哀想だけど、あなたの自己満足のために魔王がいるわけじゃないのよ」
「うー……わかりました……」
意を決したように、ネーシャが持っていた棍棒を携えて、ぼんやり光始めた魔王の体に近づく。
「ふははは……我の本当の真実の正体の本性の……」
ぽこ。
えらく軽い音がした。ネーシャが棍棒をふりおろしたのが、まるで重い荷物を降ろしたようにしか見えなかった。
「……」
「…………」
「……倒した……のか?」
しばしの沈黙。
「ふはははは……! 蚊が止まったかとさえ思わんかったぞ。いったい何をしたというのだ……!? え? ……えっと……今何かしたのか……?」
「……」
「あ、これほんとに全然効いてないやつだ。おい勇者」
「おうよ」
俺はあまりにダメージが無さすぎて戸惑っている魔王の眉間を剣でぶったたいた。……再び死んだらしく、黙った。
「助かりました……」
「お前、今のダメージはちなみに」
「1でした」
「1!? ……お前、本当に文字通り無力なんだな」
「無力じゃなくて非力って言ってください」
*
「そもそも、いいですか。私の役目は戦闘そのものじゃないんです! 戦闘の分析です」
「帰れ」
「帰りません! 私が帰ったらあなた方、魔王を倒せるんですか!? 倒せないでしょう!」
……なんだと。
「お前……よくもそんなことが言えるな」
「言えます。だって、実際倒せてないじゃないですか。このまま延々この起き上がりこぼしと遊び続けるんですか!?」
「……てめ」
「やめろゴルモス」
眉間に血管が浮かび上がるような表情をしているゴルモスを俺はたしなめる。
「……ネーシャ。俺たちだって魔王を倒せるものなら倒したい。だがいくら倒しても復活してくる相手じゃどうしようもない。計算士なら復活するのを防げるのか? そんな方法を知ってるのか?」
「知っているわけじゃありません。でも、考える手助けができます」
「私達が考えてないって言うの!?」
リーナが声を荒げた。彼女が感情を乱すとは珍しい。
「そうは言ってません」
「言ってるじゃない! おつむの足りない私達に、頭のいいあなたが知恵をくれるって言ってるんでしょ?」
「……言ってません。私だって、頭がいいわけじゃないです」
ネーシャは真剣な顔だった。
「私にできることは、データを用意することだけです。それが考える手助けという意味です」
「……データを用意って、どうやって」
「戦ってください。私、後ろで見てますから」
「てめ」
ゴルモスを俺は抑える。
「とめんな。こいつを殴らないと気がすまねえ」
「いいじゃないかゴルモス。こいつの気が済むまで、そのデータとやらを集めさせてやろう」
「何言ってんだ。勇者お前本気か」
「ああ。気が済むまでやらせるんだ。こいつが、そんなものは何の役にも立たないとわかるまでな」
ネーシャを見て笑ってやる。ネーシャは真剣な顔を崩さない。
「逃げるなよ?」
ネーシャは頷いた。
「数値化なんて何の役にも立たないと認めたら、計算士をやめろ」
「わかりました。その代わり、役に立つとわかったら、私を仲間として認めてください」
「……いいだろう」
*
「勇者の攻撃! 魔王に54のダメージ! 魔王を倒した!」
「魔王は復活した! HPは24」
「勇者の攻撃! 魔王に88のダメージ! 魔王を倒した!」
「魔王は復活した! HPは64」
「勇者の攻撃! 魔王に98のダメージ! 魔王を倒した!」
「魔王は復活した! HPは34」
「勇者の攻撃! 魔王に63のダメージ! 魔王を倒した!」
「魔王は復活した! HPは29」
……。
「代わるぜ、勇者」
「おお、頼む、ゴルモス」
俺は魔王のそばを離れ、リーナに近づいた。
「何回目だ今」
「通算101回目……。記録を取り始めたのが82回目からなので……20回分ですかね」
「ネーシャ……なんかわかったのか……うわっ」
ネーシャの手元には、20回分の戦闘記録が書かれている。てっきりHPとダメージ数値だけ記録しているのかと思ったが、彼女はびっしりと細かい数字を書き込んでいた。
「なんだこりゃ。数字だらけだ。目が痛くなる」
「本来、戦闘とはこうしたたくさんの数字が踊っているものなんです。これが私の目に見えている世界です。今回は魔王のHPとMP、攻撃力や守備力、運や得られる経験値、それに場の支援効果も記録していっています」
「ご苦労なこった」
「でも変化する数値はHPだけですね……。復活するたびにHP値が変わりますが、他は変化がないです。攻撃力や守備力はもはやその辺のザコ敵とほとんど変わらない数字ですが、ずっと同じです」
「HP……つまり体力な。それが変わるってのは魔王の耐久力が変わってるってことか」
「ええ。ただ、単純に減ってるわけでも増えてるわけでもない……何か法則がある筈。それさえわかれば……」
俺は横から紙をのぞきこんでいたが、目がチカチカしてきて、すぐに嫌になった。
首を振る。
「俺には向いてねえな。数字を見るのはそれが好きなやつに任せるぜ」
「私だって好きじゃありませんよ」
ネーシャは、ムッとしたようだった。
「でも、努力したんです。嫌いだからって数字を見なかったら、わかる筈のこともわからない。発揮できる筈の力も発揮できない。それでいいと思ってるなんて……戦う気がないのと一緒です」
「……なんだと? バカにしてんのか」
「バカにしているのはどっちですか。私は、戦ってるんですよ」
「……」
「お前……熟練と言ってたな。計算士になって何年たつ」
「十二年です」
「……! マジか? お前年いくつだ」
ネーシャはこちらを見もしなかった。
「自分で計算してください」
「……」
……急にネーシャは顔を輝かせた。
「あ……わかった!!!」
*
「話してみろ」
「ええ。いいですか、皆さん」
ネーシャは魔王を見る。
「現在のHPは23。そして……さっきのゴルモスさんが魔王を倒した時の攻撃、56のダメージでした」
「……拳で軽くぶったたいただけだがな。意外にダメージあるな」
「今のこの姿の魔王、すっごく守備力低いですからね。あ、起きあがります。124回目お願いします」
俺は言われたとおり、魔王を剣で思いっきり叩いた。切るというよりぶん殴る感じに。
「勇者の攻撃! 68のダメージ!」
「おい……やめろそれ。イラッとする。68のダメージも何も、23しか残ってないならそれ以上のダメージもないだろ」
俺がため息をつくと、ネーシャは指を鳴らした。
「そうです。オーバーキル。それこそが魔王が復活してくる理由です」
「……?」
ネーシャは魔王を指さした。
「今、魔王のHPは45です」
「だから何だ」
「問題です。68ひく23は?」
「は?」
「引き算ですよ。引き算」
……。
「45だな」
「そういうことです」
「どういうことだよ」
「だから、ですね」
ネーシャは、俺の剣を指さした。
「要するに……勇者さんが今余分に与えたダメージのぶんだけ、魔王のHPが回復して生き返っちゃうということですよ」
「さっき魔王のHPが23だったところに、俺が68のダメージを与えた。それで差し引き45のHPで魔王が復活したと?」
「そういうことです」
……。
なんだそりゃ。
「見てください、この記録表」
俺たち三人は覗き込み、これまでの攻撃時のダメージと、その前後のHPを見比べた。
「……確かに……」
ネーシャはドヤ顔だった。
「凄い……よく気づきましたね」
リーナが感心した声を出すが、俺は首を振った。
「それがわかったところで……なんだってんだ」
「まだわからないんですか?」
ネーシャは指を立てた。
「今、45ちょうどのダメージを与えれば、魔王はもう復活しないってことですよ」
「オーバーキル……しないから、か」
「そうです」
*
「しかし、45ちょうどってどうすりゃいいんだ……。さっきの攻撃が68だったわけだから……ちょっと弱めにしてみればいいのか?」
しばし、魔王が復活してくるまで待つ。
「あ、起きてきます」
「よーし……力を加減して、と……」
俺は、さっきよりちょっと弱めに剣を振った。
「あ、足りないです。33のダメージ」
「ん……じゃあもう一撃」
「あ、ダメです。……56のダメージ。……足して89のダメージです」
魔王の髑髏が再び静まった。
「またオーバーキルですね……次はHP44になります」
……舌打ちをせざるを得ない。
「一撃で決めないとまた計算し直しかよ。面倒くさすぎだろ」
「よし、次は俺がやってみる。44だな……」
ゴルモスが腕まくりをした。
「……強すぎます! 65のダメージ、21オーバーです!」
「じゃあ次私がやります。初歩の攻撃魔法ならダメージも小さいし、ちょうどいいんじゃないかな」
「惜しい! 19ダメージです。あと2です」
「え、2? これ以上弱い魔法なんて撃てない。どうしよう!」
「蹴れ! 蹴るんだリーナ」
「え? え?」
倒れている魔王の骸骨の頭を思いっきり蹴るリーナ。
「あ、49のダメージ! 47オーバーです」
「……えっ。嘘。49!?」
俺とゴルモスは顔を見合わせた。リーナは慌てている。
「ち……違うの! 違うの!」
「まだ何も言ってないぞ」
「嘘、思ってるでしょ!? 馬鹿力とか、魔導師なのにどうしてそんなに蹴りが強いんだとか……」
「思ってない思ってない」
俺は慌てて首を横に振る。
「本当だぜ。俺も思ってない」
ゴルモスも激しく頷く。
「ただ、もしその気があるなら格闘家になるって道もあるぞ」
余計なことを言ったゴルモスにリーナの蹴りが炸裂した。
「ゴルモスさんに54のダメージです」
そんなことより魔王だ魔王。遊んでる場合じゃない。
*
「ダメだな。何度やっても、なかなかちょうどにならない……」
もうヘトヘトだ。
「残り1とか2とかにはなるのにな……。その調整がどうしても効かない……」
また魔王が復活しかけている。目が光り始めた。
「今残りいくつだ……?」
「42です」
俺は聖剣を見る。
「ダメージがブレてしまうのをなんとかできればな……。そうだ、例えばこういう方法はどうだ」
俺は魔王の骸骨の上で、胸の高さに剣を持ち、手を離した。
ゴスッ。重力に引かれて落ちた剣が魔王の骸骨にぶつかった。
「14のダメージです」
「……弱すぎるか……」
「いえ、行けます、勇者さん」
ネーシャが顔を輝かせた。
「42÷3=14ですから! あと2回、同じことをやってみてください!」
「……なるほど」
俺は再び胸の高さに剣を持ち、手を離す。
ゴスッ。
「OKです! 14のダメージ! 残り14!」
俺は緊張しながら、胸の高さに剣をもう一度構える。
「これで最後!」
ゴスッ。
ちょっと……低かったか?
「ダメージ! 13です! 1足りない!」
「畜生」
「やり直しかよ……」
「んもう……っ」
俺は舌打ちをし、ゴルモスが額に手をやり、リーナが嘆いた。
「待てよ」
そうか。
「ネーシャ。お前がやるんだ!」
「え」
「残り! 1なんだろ! お前の攻撃でちょうどだ! 早く!」
一瞬戸惑ったネーシャだったが、決意をこめた目で俺を見て、頷いた。
棍棒を手に、魔王に迫る。
「いきます!」
ポコ。
重力に引かれて落ちた剣よりももっとずっと弱い、力のこもってない棍棒の一撃が……魔王にヒットした。
「ぐふっ……ぐわあああああああああああ!!!! ……よくもぉ……よくもやりおったなぁ……ワシを……ワシを倒すとはぁああああ!!! 許さんぞ……許さんぞ愚かな人間どもぉ……!!!」
なんかこう、急にびっくりする感じに魔王が本格的な断末魔を上げ始めた。
呆気に取られる俺たち。
「この……魔王ゴルタークをぉおおお。よもやぁあああ」
「……」
「ただのぉおおぉ人間風情がぁあああ」
「……」
「倒ぉおすぅぅぅううぅうなどぉおとおおおお」
「……」
「いうぅうううことぉおおがあああ」
「長いな」
「巻きでお願いしたいですね」
「あってたまるかガクッ」
あ、巻いてくれた。
「……」
「倒した……のか」
「ああ……もう復活してこない、みたいだな」
魔王の骸は、もはやただの散らばった骨にしか見えない。さっきまでの、どこか漂う異様な雰囲気は消えていた。
「魔王ゴルタークを……倒したってことか」
俺のつぶやきに、ネーシャが力強く頷いた。
魔王ゴルタークを倒した!!! 38000の経験値を得た!!
……。
「なあ、ネーシャ」
勇者はレベルが上がった!
ゴルモスはレベルが上がった!
リーナはレベルが上がった!
ネーシャはレベルが上がった!
「何でしょうか? 勇者さん」
俺は、ネーシャに右手を指し出した。
「改めてよろしく頼む」
計算士ネーシャが仲間に加わった!
本作は、「結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ」の外伝と言いますか、同じ世界の話です。よろしければあちらもお読みいただけますと幸いです。