十五歳
この国では十五歳で社交界デビューをする。
そして、その社交界デビューの場が、今度お城で開かれる。
今年十五歳の私も、もちろん招待されている。
前世の記憶分を合算するととっくに十五歳の少女でもないけれど、華やかな舞踏会はやっぱり興味が惹かれた。
けれどそんな気分の高揚も、ドレス選びを開始して三十分で吹き飛んだ。
「やっぱりさっきの方が良いかしらねぇ。それとも最初に着けたものも……」
「奥様、こちらなど今年の流行でございます」
「まあ、素敵。エステル、これはどうかしら?」
楽しそうに次々と試着を持ってくるお母様に、私はとうとう音を上げた。
「お、お母様。もう良いんじゃないかしら……?」
側には試着をしたドレスの山ができている。
着けては脱ぎ、着けては脱ぎを何度繰り返したことだろうか。
髪は引っ張られすぎて剥げそうだ。
社交界デビューの衣装選びが、こんなにも大変だなんて知らなかった。
華やかな場は準備も大変らしい。
「だってエステルの大事なデビューですもの。駆け落ちした時には、こんな風に娘のデビューの準備をできるなんて思ってもいなかったから、嬉しくてついはしゃいでしまったわ」
お母様がしんみりとした声で言う。
公爵家後継ぎのお父様と、公爵家でメイドをしていたお母様は、身分差を理由に反対されて駆け落ちをした。
それからは平民として私もお兄様たちも何も知らず過ごしていた。
今は公爵家に戻って、お父様とお母様も正式に結婚ができた。
お母様にも色々な思いがあったのね。
「だからねエステル、これも着てみない?」
そう言ってお母様は、ひと際ひらひらとした動きづらそうなドレスを目の前に広げた。
つられてしんみんりしていた私は、再び始まる試着に気が遠くなりかけた。
もういやよ、人形みたいに右手を持ち上げられて左手を持ち上げられて着せ替えさせられるのは。
それに、そのドレス絶対にダンス向けじゃない。
あんな長い裾がまとわりつくドレスと、重い髪飾りでどうやって踊れというのだ。
当日はルイス様とダンスを踊る予定で練習をしているけれど、全く自信がない。
「お嬢様、そろそろ殿下とのお茶会のお時間が……」
「あ、ソフィア! お母様、ルイス様との約束があるので、後はお任せしますわ!」
ソフィアの呼ぶ声に瞬時に反応した。
押し付けられたドレスを押し返して、ドレス選びならぬ試着地獄から逃げ出した。
恒例のルイス様とのお茶会のためお城へ行くと、やっぱり話題はどうしても舞踏会の話になった。
ルイス様は王族の公務として参加経験があるし、参考までに聞いておこう。
「舞踏会って、やっぱり最初は緊張するのでしょうか?」
「いつも通りにしていれば良い」
さすが王子様。
生れた時から高貴な人は肝が据わっている。
でもそれは大多数の人には無理なことだと思う。
そう思いながら紅茶を飲んだ。
「エステル嬢」
「はい」
ルイス様がカップを置いたので、私もテーブルに戻した。
後ろに控えていた護衛騎士に何か合図をする。
「当日はこれを身に着けると良い」
テーブルの上に何かがすっと差し出された。
覗き込むと、そこには宝石が散りばめられた美しいネックレスがあった。
前世でもテレビでしか見たことのないような豪華なネックレスに、私は目を丸くする。
宝石が一つや二つっていうレベルじゃなく、何十個と輝いていて眩しい。
なんて高そうなネックレス。
これを着けるなんて、まさにお姫様みたいだ。
そこではっと現実に返った。
ここで飛びつけば、金目当てだと思われるんじゃないだろうか。
悪役令嬢といえば、高価な物ばかりを好み贅沢三昧で、いつも自分が一番でなければ許せない高いプライド。
そんな悪役令嬢のようだと思われては困る。
私はすすっとそれをルイス様の方へ戻した。
「ルイス様。このように高価なものは、私には勿体ないです」
いろいろ考えた結果、ここは謙虚に断るべきだと判断した。
贅沢よりは慎ましやかな方が悪役令嬢っぽくない。
きっとそうよね。
「……しかし、宝飾品は必要だろう。どうするんだ?」
けれど、予想外にルイス様が質問してきて、私は焦った。
「えっと……お母様の物を借ります」
とっさに思考を高速回転して、お母様のアクセサリーをレンタルするということを思いついた。
けれど、ルイス様は眉を寄せたまま顔を顰めている。
「……私の贈るものでは不満だということか」
深い溜息をつくと、ネックレスを手荒につかんで立ち上がった。
そのまま足早に部屋を出ていく背中を、私は茫然と見送るしかできなかった。
声をかけることも呼び止めることもできないほど、突然のことだった。
「え……。もしかして、ミスした……?」
まさかの事態に、私の頭の中は社交界デビューもドレスも吹き飛んで真っ白になった。
社交界デビューは散々だった。
ルイス様はいつも以上に無口で無表情で、視線すら合わなかった。
すごく気まずい中、義理で一曲ダンスを踊った後、その後はどこかへ行ってしまった。
あんなに楽しみだったはずなのに、たった一人で壁の花になるしかなかった。
まるで、婚約者に愛想を尽かされたみたいだ。
ヒロインが登場するまであと一年。
現実は最悪な状況だった。