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十一歳

 小説の中では、第二王子は悪役令嬢のわがままな性格に辟易していたところを、ヒロインの優しさに触れて惹かれ始めた。


 つまり、悪役令嬢はヒロインが登場する前から第二王子に嫌われている。


 婚約破棄される未来を回避しなければならないけれど、実際のところどんな経緯で悪役令嬢になったのかは分からない。

 ヒロインに嫉妬して、最終的には婚約破棄をされるけど、それまで王子とどう接してきたか詳細は書かれていなかった。

 小説はあくまでヒロインが主人公で、悪役令嬢はヒロインを苛める設定だけの外野なのだから。

 だから私はできる限り、好感度を下げないよう気をつけることにした。





 ちなみに今日は殿下とのお茶会が催されている。

 一ヶ月に一度お城で一緒にお茶を飲んで、婚約者として仲を深めなさいということらしい。


 けれど、ただの苦行でしかなかった。


 お城の美しい庭園でのお茶会は、気まずいくらいに沈黙が続いている。

 まず殿下が喋らない。

 私が話を振っても、ああ、そう、くらいしか返さない。

 この王子様、顔は最高だけど、社交スキルは低い。

 だけど公務の時はそうでもないみたい。

 ということは、私には愛想を振りまく必要がないと判断されているわけで、好感度は大分低い。

 小説の中の悪役令嬢は、嫉妬に狂ってヒロインを苛めてしまうほど、この王子様のどこが良かったんだろう。

 けれど今は私がその悪役令嬢なのだから、何とかして殿下を好きにならなければいけない。


 気まずい沈黙のお茶会に耐えながら、ちらっと殿下の側に控えている人物を見た。

 常に側に控えている、殿下を守る護衛騎士。

 すらりとした長身に、騎士らしい冷静沈着な佇まいをしている。

 地位は低いけれど、殿下の信頼が厚く、将来を期待されているともっぱらの噂。


 彼は小説の中でヒロインに密かに思いを寄せる人物だった。

 けれど、主である殿下のために思いを隠して、殿下とヒロインを守る切ない役どころ。

 ちなみに、我が儘な悪役令嬢のことは心底嫌っていた。

 思いを寄せているヒロインを苛めていたこともあって、悪役令嬢が断罪されるときは当然同情することもない。

 彼にも気をつけておかないといけない。


 そんな気の抜けないお茶会に神経がすり減っていく。

 せめてテーブルの上に並べられた美味しそうなお菓子でも味わいたい。

 疲れたときは甘い物に限る。

 そう思って手を伸ばした瞬間、私はフォークを落としてしまった。

 公爵令嬢としてなんたる失態。

 その上。


「新しいものを用意させましょう」

「申し訳ありません……」


 落としたフォークを拾ってくれたのは、殿下の近衛騎士だった。

 たった今、気をつけようと決意したばかりなのに。

 その矢先からこれで、私の未来は大丈夫なのか不安になっていく。


 ふと、テーブルのお菓子がないことに気づいた。


「あら?」


 私、まだ食べてないはずなのに。

 そう考えていると、テーブルの下から何かが出てきた。


 小さな……子供。


「エドワード……!」


 殿下が珍しく慌てた様子で椅子から立ちあがった。

 エドワードと呼ばれた子供は、向かいの席の殿下とそっくりな顔をしている。


「これ、おいしいよ」


 その子は私のドレスの上に手を置きながら、握ったお菓子を差し出した。

 当然お菓子を握った手はクリームで汚れている。

 私のドレスは、見事なクリームの手形模様となった。


 殿下とそっくりの可愛い顔をしたこの子は、きっと今年四歳になられる弟の第三王子エドワード殿下だ。

 小説の中ではあまり出てこなかったけど、数年前に誕生のお祝いが大々的にされたので知っている。


 私のスカートが汚れているのを見て、殿下は目を細めた。


「エステル嬢、失礼した。後日きちんと王家の名でお詫びをするので……」


 とんでもない。

 小さな子供のしたことに目くじら立てたなどと噂が立ってしまっては、それこそ悪役令嬢そのものだ。


「殿下、私は気にしていません」

「しかし」

「私にも弟がいます。これくらい慣れてますわ」


 律儀にお詫びをしようとする殿下を何とか説き伏せ、小さな王子様に目線を合わせた。


「エドワード殿下。私にも年の離れた弟がいますの。今度、私の弟とも遊んであげてくださいね」

「うん!」


 そう言ってエドワード殿下は、殿下と同じ顔で殿下が決してしない笑顔を弾けさせた。

 まさに天使。

 犯罪級の可愛さ。


「エドワード。向こうで遊んでおいで」

「はい、あにうえ」


 エドワード殿下の子守りらしい女性達が慌ててやってきて、青い顔で謝りながら小さな天使を連れて行った。


 このちょっとした騒動で忘れてたけど、今は笑わない方の殿下とお茶会の最中だった。

 けど服もこの状態だし、帰っても良いかしら。

 いや、決して殿下とのお茶会に屈服したわけじゃない。


「すまない、エステル嬢」

「お気になさらないでください、殿下」


 だから帰っていいですか。

 なんて聞けないけどね。


「弟がいたのか?」

「……はい、兄が二人に、弟が一人」


 殿下は私の兄弟構成も知らなかったのか。

 悪役令嬢に関心なさすぎでしょう。


 仲良くなれるどころか、打ち解ける日すら遠そうな気配に気が遠くなる。

 思わずため息が出そうになったとき、殿下が私の方を見た。


「今度」

「え?」

「今度、公爵邸に伺っても良いだろうか? エドワードも一緒に」

「あ、はい! いつでもどうぞ!」


 その言葉に、私は心の中で大歓喜した。


 殿下がうちに来る。

 これは一歩前進かもしれない。


 よし、殿下をもてなす作戦を考えなければ。

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