一章【呉 理嘉】
【ダークプリンセス】7歳 初等部入学と少女と
魔王国国立学園。
魔王国最大の教育機関であり、将来魔王国を担う人材を育成する為の訓練機関でもある。
初等部、中等部、高等部が存在し、卒業後殆どの生徒は国営の機関に就くことになる。
初等部ではこの世界で生きる為の一般教養を学び、中等部で個々の適性を見極め、高等部で専門知識を修得する。
初中高一貫のエスカレーター式であり、中等部までは前世の世界の義務教育と何ら変わらない。
高等部から進学は自由意思となるが、商人、貴族など一部の者を除きその殆どが進学を選択する。
魔王国に属する者はこの学園で幼少期を送るという訳だ。
魔王国の子供が一ヶ所に集まるのだから、その人数というのも規模が大きくなる。
姉妹学園も幾つかあるのだが、多くの者は王国の中心部である魔都に通うことを望む。
その為、一学年で千人規模。高等部まで数えると一万人以上の魔属が集まり学園生活を送っている。
そして、いよいよ今日から私もその一員となる。
「ネイル・ブレイズ・イア・マインドワズと申します。今日から皆さんと一緒に魔王国、そして魔属のことについて沢山の知識を学んでいきたいと思っています。皆さん、仲良くしてください」
ぺこりとお辞儀をして椅子に座る。
クラスメイト全員の視線が私に集まる。
その大半が私に興味津々という好奇の視線であり、残りの一部が私に怯える様な畏怖の眼差しだ。
それはそうだろう。
クラスメイトの一人が、魔王の娘であり次期魔王候補の筆頭なのだから。
いや、そこまで考えている子はきっと少ない。
私の名前を聞いただけでそこまで思い至れるクラスメイトがこの中に何人いるだろうか。
ここに居るのは、私を含めてまだ7歳の子供だ。
教壇に立つ担任の女性の顔は明らかに引き攣っているけど。
きっと、「何で私のクラスに魔王国のお姫様がいるのよ! 王族が一般人に混ざるなんて絶対おかしいでしょ!」と思っているに違いない。
少なくとも私なら絶対そう思う。
でも、子供達は純粋に私への好奇心で私を見ている。
この様子なら、きっと大きな混乱は起きなさそうだ。
私は少し安堵し胸を撫で下ろした。
偉ぶる訳ではないけど、王族である私が市井の子供達と同じ環境で学ぶことになったのは私の両親、つまり魔王と后の国の在り方に対する考え方に起因している。
私の両親は過度に地位を振りかざしたり自らを誇示することを嫌う。
優しすぎるきらいがあるのは少し問題があると思うけど、とにかくそんな性格の人達だから、自分達や私が国民と隔たりが有るのを望まなかった。
それは私だけでなく、このクラスの中に少なからず居るであろう貴族の子息子女も例外ではない。
小さい頃に聞いた、ママの出身が平民であることがこの考え方の大元になっているのかもしれない。
私の前世の知識では、貴族や王族という存在は専任の家庭教師を雇って上流階級の知識や作法を学んでいた筈だ。
実際、学園に入るまでは私も教育係りの先生が色々教えてくれていた。
ちなみに私の妹であるオブと、三つ下に生まれた弟には、現在進行形で教育係りが付いている。
しかしこれからは、一学園の生徒として皆と同じ授業を受け知識を深めていくことになる。
ただ、皆と同じ授業は受けれても、どうやら学園の先生方からは他のクラスメイトと同じ扱いはしてもらえそうにないようだけど。
「ねえねえ! ネイルちゃんって、魔王様の子供って本当!?」
「えっ!? そうなの!? ネイルちゃん王族ってこと!?」
「すごーい! お城ってどんなとこなのー!? 広いのー!?」
「わたし、お城行ってみたーい!」
「魔王様ってどんな方!? カッコいい!?」
「ネイルちゃんも大きくなったら魔王様になるの!?」
「ネイルちゃんの髪の毛長くてきれー」
「私もネイルちゃんって呼んで良い!?」
「え、ちょ、待っ」
ちょ、ちょっと待って。皆落ち着いて。
先生が退室した途端、私を取り囲んで来た女の子数名。
何だか既視感を覚える状況に私はたじろいだ。
そう言えば、前世でもこんな風にクラスメイトに取り囲まれて質問攻めに遭ったことがあった。
あの時は全国模試で一位になったんだったか。
先生達から話が漏れたのか、あの時は尊敬の眼差し6、羨望の眼差し3、謀議の眼差し1の割合で衆目を集めたけど、嫌な記憶しか残っていない。
まさか今世では家柄で注目されることになるとは。
いや、そりゃあそれなりの覚悟はしてるけどね。国の代表の家柄なんだし。
でも初日からこの調子だと先が思いやられるなぁ。
模試の時は、方々から期待されて、期待を押し付けられて、色々と身動き取れなくなって、幸と全然遊べなくなったし、ボルダリングする時間も無くて、高校に入ってすぐ親に試しにと勧められて模試を受けたことを後悔したんだよね。
……あぁ、また一心不乱にボルダリングやりたいなぁ。
この身体になってから、能力が人間のそれじゃなくなったせいで意味が無くなっちゃったんだよなぁ。……はぁ。
「ねえねえ! ネイルちゃんってば! お話し聞いてる!?」
「王族ってお金持ちなんだよねー? 私知ってるー」
「お城連れてってよぉ。行ってみたいのぉ、憧れちゃうー」
「私もお城行きたーい! 魔王様に会ってみたーい!」
「魔王様ってどんな方なのかなぁ。ステキな方なんだろうなぁ」
「ネイルちゃんが魔王様になったら女王様になるんだよねー? いーなー」
「ネイルちゃんのママも美人なのー?」
「ねーネイルちゃーん。私のお話しも聞いてよぉー」
現実逃避していた私を引き戻す#姦__かしま__#しい少女達の声。
口々に言いたいことだけ言って私の言葉を待たない彼女達にびっくりして戸惑っていたけど、段々煩わしくなってきた。
小さい子供なのだから仕方がないけど、だからと言ってこのままじゃ勉強どころじゃないし、私にもこの子達にも良いこと無いし。
せめて一度落ち着いてくれないと何も出来ないな。
ここは一喝ーー。
「五月蝿いですわ」
と、口を開きかけた私の耳に飛び込んできたのは、ハッキリとした一言。
優しい声音なのに、確りとした怒気を孕んでいたその言葉に、私を取り囲んでいた少女達はさながら蛇に睨まれた蛙のように途端に黙った。
私の目の前に立つ少女達が振り返る。
「貴女方、そこを退いてくださいます?」
次いで発せられた言葉に、振り返った少女らが左右に分かれ道を作った。
その先に居たのは。
「ちょっと貴女、貴女もどうして彼女達を諭して差し上げないのです?」
そこに居たのは、正しく蛇だった。