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一章【呉 理嘉】

【転生】パパと侍女と

「ぱぱー。うぁだ、うぁれないかなー?」


 パパの膝の上にちょこんと座る私。

 そして私を後ろから抱っこして一人掛けのソファに腰を沈めるパパ。

 背中をパパに預け顔を上げると、私はたどたどしい喋り方で問い掛けた。


「うーん。きっともうすぐさ。ネイルはお姉ちゃんになるのが楽しみなのかい?」


「うんっ、たのしぃー」


 楽しみ。そう言いたいのだけど、どうにも、まみむめも、の発音が苦手だ。

 したったらずな言葉でしか話せないのは歯痒い。

 ママにはちゃんと通じるけど、パパはたまに「ん?」と聞き返してくる。

 どうしてママには通じてパパは通じないんだろう。不思議だ。


「ネイルは1歳。それに今日でお姉ちゃんだ。……早いなぁ」


 そうパパが感慨深げに呟いた。

 ネイル。それが、この世界での私の名前だ。

こちらの世界では『祝福』という意味の言葉らしいのだけど、前世では『爪』だったから何だか名前として呼ばれるのはしっくりこない。

 それでも一年中そう呼ばれるのだから、いい加減慣れはしたけど。

 ちなみに、私をネイルと呼ぶのはママとパパの二人だけ。使用人の人達は私のことをお嬢様と呼ぶ。

 私はまだ上手に話すことが出来ないので、特別親しい使用人はいないのだけど、仲良くなれば名前で呼んでくれる人も出てくるのだろうか。


「ままがとなりのおへやはいってだいぶたつねー。うぁだかなぁー?」


「きっと、もうすぐだよ」


 パパがにこりと笑う。

 私達二人は、もう随分と長く待っていた。

 ママが分娩室(と言っても、専用の部屋ではなく隣り合わせた寝室の一つを無菌環境に調えただけだが)に入りもう3時間が経つ。

 今日、私に兄弟が産まれる。

……姉妹かもしれないけど。


 この世界は漫画や小説よろしくのまさしくテンプレート的な異世界だった。

 魔法やポーションなどの前世にはなかった物や概念、ドラゴンなどの前世には居なかった生物が存在する。

 しかし、その反面科学が全くと言って良いほど発展していない。

 火薬や紙は存在しているのだが、それらは基本的に高価な物として扱われているようだ。

 日常生活で使われる水や火に至っては魔法で代用が利く、と言うか魔法で大概のことを片付けてしまう。

 私が住むお城にある大量のシャンデリアを光りの魔法で管理していると知った時にはとても驚いた。

 恐らく電気を使った機械が登場するのは当分先なんじゃないかと思う。

 また前世では当たり前だった記録や映像をデータで残す手段がない。と言うかそういう概念が無いので、情報の管理も紙を用いた手段が殆んどのようだ。

 殆んどと言うのは、実は映像や情報も魔法で残すことが出来るからで、ここまでくると科学の進歩は絶望的なんじゃないかと思う。

 では医学など人の生き死にに関する分野はどうなのだろうと赤ん坊ながら想像したりもしてみたが、この世界には回復魔法なる万能薬に等しい概念があるので、いよいよ科学さんにはご退場願うしかない有り様である。

 魔法の力ってスゴい。

 魔法さえ使えれば何でも出来てしまう。

 もちろん人によって使える魔法使えない魔法があったり、得手不得手があるなど大なり小なり個人差はあるようだけど、『火を灯す』『水を生み出す』『風や土を操る』などの基礎とされる魔法を使えない人は皆無である。


 そしてその、世界の理とも呼べる魔法を最も強大に操ることが出来る存在が、私のパパである魔王ザライトなのだった。

 黒髪黒瞳のイケメンである。

 正確な年齢は知らないが多分30代半ばといったところだろうか。

 引き締まった端整な顔立ちと優しそうな目付き。鼻筋もスッキリしていて、見るからにモテそうな人である。

……そして、頭に2本、こめかみ辺りから山羊のような巻き角がにょっきりと生えている。

 これは魔王だわ。

 まあ、角が生えていることを除けば普通の人間と変わらないから、あまり人間と魔属というのは差がない存在なのだな、と思える。

 パパもママも、すごく優しいし。

 ちなみにママには角は無い。私にも。

 女の人には角が生えないという訳ではないのだけど、生えている人とそうでない人がいるから、種族的な差なのかな? 謎だ。

 話を戻して、そんなイケメンのパパが魔王という国の最高位の地位にあるのだから、天は二物を与えるところには与えるのだなぁと正直羨んだりした。

 まあ、私のパパなのだけど。

 パパがこれだけ整った顔立ちで、ママも相当な美人さんだから、これは私にもワンチャンあるのでは? と正直期待せざるを得ない。

 さておき。

 そんなイケメンで身分も高く更に魔法の使い手でもあるというどんだけ設定盛れば気が済むのだと言いたくなる人(魔属)だが、実は魔法の使い手と言うのは後付けらしい。

 これには魔王という職業(職業?)が大きく関係しており、パパが魔国最強の魔法使いになったのは魔王を継いだ時からだそうだ。

 そもそも、この世界での職業というものは個人の素の能力を更に向上させるゲームなどで言うところのパッシブスキルのようなもので、特定の職業に就くことで自身の能力を飛躍的に向上させることが出来る。

 まるでゲームそのままだ。


 そして、魔王はこの世界の中でも郡を抜いて強大な力を有した職業である。

 筋力、知力など基礎能力の飛躍的向上。

 武器、防具、道具類の扱いの精通(達人レベル)

 そして魔力の超越。

 これは俗に言うチートである。

 ただし、相性というものは何にでもあるもので、知力寄りに能力が向上したり、近接武器より間接武器のほうが得意だったり、火の力が他を寄せ付けない程向上する代わりに相反する水の属性に脆くなったり。

 意外と思いがけないところ知らないところで能力がマイナス面に振り切れていたりするということだから恐ろしい。

 中でも有名なのは、『魔王は光属性が弱点』である。

 成る程、何となく分かる気がする。それっぽい。

 それが話を聞いた時の感想だった。

 ただ、弱点があると聞いても、それだけ万能に近い力を手に入れることが出来るのなら、誰もがその肩書きを欲することだろう。

 事実、私も話を聞いた時は瞳を煌めかせて聞き惚れてしまった。

 前世でも小さい頃絵本で見聞きしたお伽噺、夢物語のそれが事実として身近に在ったのだから。

 まあ、そんな強大な力を手にして、じゃあ何をするんだと聞かれたら答えに窮してしまうが。

 それに、各職種に就く為には色々と条件があるらしく、『今日から私は魔王ですよ』と自称したところで何の意味も無い(当たり前だ。そんなホイホイ魔王が増えてもらっては困る)

 条件は様々で、鍛練の末に自然と身に付くものもあれば、生まれながら才能の一つとして既に身に付いている事もあるそうだ。

 その中でも魔王は特殊なものであり、世襲制の職業である。

 条件は二つ。

 一つ目は王族直系の血縁者であること。 

 二つ目は戴冠式で先代魔王から魔王を名乗る許しを得ること。

 この二つである。

 特例として、王位を継承する前に魔王が病などに倒れた場合にのみ、その第一子が継承することが出来るらしい。

 魔法という万能薬が溢れるこの世界で病に倒れることはまず有り得ないだろうけど。


 そんな感じで、やっぱりこうして改めて考えてみるとパパは魔国で最強の存在であり、チート野郎なのだった。

 これなら私がこれから人生(魔属生?)を送るこの国は安泰だなぁ。素晴らしい世界に転生したものだ。

 唯一気掛かりなのは、前世で親友だった#幸__さき__#のこと。

 内気な子だったから、ちょっと心配。

 しかも私の死の瞬間に立ち会わせちゃったし。

 それも、超超超超超!! 無様な最期に!

 あああああああああ! あばばばばばばばば! 恥ずかしい! 思い出すだけでも死んじゃいたくなる!

 て言うか死んじゃったんだけどねっ!

 

…………。


 うん。今更考えても仕方ないね。

 私は死んじゃったし。異世界に転生しちゃったし。

……こっちに幸は居ないんだし。

 幸が幸福な人生を送れるよう、私はこちらの世界から親友の幸せを願おう。

 彼女の名に相応しい、幸多からん人生を。


「あっ」


 パパが声を漏らした。

 疑問に思い、私はまた背中を預けてパパの顔を見上げる。

 嬉しそうな顔を浮かべるパパ。


「……あー!」


 隣の部屋から、1年前に聞いた高くけたたましい泣き声が聞こえた。


「うぁれた! あかたゃん!」


 ろれつの回らない言葉で私は声を張り上げる。


「うん、生まれた。ネイル、生まれたね、赤ちゃん!」


 パパはすごく嬉しそう。

 涙ぐんでる。


……て言うか、イケメンのパパの涙ぐむ顔、可愛い! イケメンの破壊力すごい!

 この場にそぐわない、感動的な場面をぶち壊す感想だけど、だってイケメン何してもイケメン!

 ある意味驚愕に値する。

 ぐしぐしと目を袖で拭うパパ。

 嬉しそうだなぁ。

 私が生まれたときも、こんなだったなぁ。

 目尻に涙を溜めて、私を抱っこしてくれたのを覚えてる。

 本当に、素敵な両親の元に生まれたと思う。

 前世の両親も祖父母も、イイ人達だったけど、生まれてこれて良かった。そう思ったことは一度も無かった気がする。

 何でだろう。

 あんなに恵まれた環境だったのにな。


「あっ……ネイル? ごめんな? 寂しい気持ちになっちゃったよな? 心配いらないよ。ネイルもパパとママの宝物だ。そして今日からは、赤ちゃんが、パパとママと、そしてネイルの宝物になったんだよ」


 私はどんな表情をしていたのだろう。

 別に、パパに置いてきぼりにされたと思ったからじゃないけど、そんなに寂しそうな顔だったのだろうか。

 だとしたら、私は前世に残してきたあの人達に、一体どんな気持ちを抱いたのだろうか。

 あの人達を置いてけぼりにした私は。


「ぱぱ、わたしね、さみしくないよ。あかちゃんがうぁれて、とってもうれしぃの。わたしも、ぱぱとままのあかちゃんにうまれてこれて、すごくうれしぃの。ほんとぅよ」


 言葉を少しずつ区切り、一生懸命に伝える。

 出来るだけ、ちゃんとパパに聞き取りやすいように。

 あの人達には伝えることが出来なかったから。

 この人達には、ちゃんと言葉にして伝えたい。

 そう思った。


「ネイル……」


 パパが驚いた顔をして、私をじっと見ている。

 そして、膝の上に座る私を後ろからガバッと抱きしめた。

 パパの抱き締める力が強くて、少しだけ痛い。


「ネイル……! ありがとう。パパも、ネイルがパパとママのところに生まれてきてくれて、本当に本当に嬉しいんだよ。ありがとう……!」


「ぱぱぁ、ちょっとだけ、いたいよぉ」


 私の言葉を聞いて、ばっ、と腕を解くパパ。


「ああっ、ごめんよ。パパ嬉しくて、つい」


 眉をハの字にして困った顔をして謝るパパが、可愛くて何だか愛しい。

 本当に、素敵な人だ。

 優しいママがパパを好きになったのも頷ける。


「それにしても、女の子は成長が早いって本当なんだなぁ。ユーナが言ってた通りだ」


 ユーナというのはママの名前。

 名は体を表すとは前世の言葉だけど、ママの名前はママを表すにはピッタリな優しい響きだと私は思っている。

 そして諺と同じように、こちらの世界でも女子のほうが心も体も成長が早いようだ。

 昨日の夜、出産直前のママがパパに「女の子はあっという間に大人になるんですよ。ザライト様もそのつもりでネイルに接してあげてくださいね。体は小さくても、心は一人前のレディなんですから」と教えていた。

 私の場合は前世の記憶が残っているから特別だと思うけど、一般的にもそうなのだろう。


 しみじみと呟くパパだけど、この段階でそんなこと言ってたらこれから先の子供の成長速度についていけないのではなかろうかと少し不安になる。

 魔属の成長速度がどれ程なのかはまだ知らないけど、私の心は前世からの持ち越しと考えると16歳だし、生まれたばかりの赤ちゃんはこれから順を追って成長する訳だから、単純に16歳差の二人の子供を育てることになる。

 ママは誰に対しても平等に優しいから心配は要らないと思うけど、涙脆いパパは果たしてどうだろう。

 私なら正直ゾッとしないな。

 私が育てられる側で良かったと安堵せざるを得ない。

 パパ、頑張って! ちゃんと応援するよ!


 と、心の中でパパを心から応援していると、隣の部屋の扉が開き、中から一人の少女が現れた。


「陛下、第二子の御誕生をお慶び申し上げます。御后様の体調も問題御座いません。母子共に健康そのもので御座います」


 少女は膝を付き深々と頭を垂れると、私達が待ちわびた言葉を告げた。

 そして頭を上げると私の顔を見てにっこりと微笑む。


「お嬢様、大変お待たせ致しました。もうご入室頂けますよ? ユーナ様も、早くお二人に会わせたいと仰っておられます。どうぞ」


 そう言うと少女はスッと立ち上がり、私達に近付くと両手を私に向かい伸ばす。


「りいぃー!」


 私は差し出された両手に向かい全体重を委ね飛び付いた。


「こらこらネイル。そう慌てるな。危ないよ。リリ、すまないな。ありがとう」


 リリと呼ばれた少女は、パパに向かい小さく目で頷く。

 少女の名はリリ・ルル。

 詳しいことは知らないけど、魔属と人間とのハーフらしい。

 見た目は純粋にただの人間の少女で、変わったところは一つもない。

 髪は赤毛で、眠ってるような笑っているような細い目が特徴的。

 顔立ちは割りと整っていて、10代前半くらいに見えるけど、年齢の割に大人びているキレイ系の女の子。といった雰囲気だ。

 あとはこれといって彼女自身についての特筆すべき点は無い。

 しかし、リリの立場については謎が多い。

 まず、王宮仕えの侍女の誰よりも若い。

 なのに、ママ専用の侍女を務めていて、パパとも明らかに距離が近い。それもパパの側近の誰よりも。

 初めは親戚か何かなのかなとも思ったけど、名前がファーストネームとファミリーネームの二つしかないので、身分ある出自ではないと予測できる。

 宮仕えの侍女のほとんどは貴族の出であり、ファーストネームとファミリーネームの間に出自を示す爵位がある。

 例えば公爵位『ラル』を持つ者であれば、○○・ラル・○○となる。 

 リリにはそれが無いので、出自はともかく身分が高くないことだけは分かるのだ。

 それに魔王とその后であるパパとママとのこの距離感……謎だわ。

 まあそれはいずれリリに直接聞けばいいことだと思っているから別に良いけど。


「りぃー、あやくいこぉー?」


 私はリリの両手に抱かれ、私の顔をじっと見つめていたリリに催促の言葉をかける。

 リリにはよく抱っこしてもらうんだけど、いつも私の顔をじっと見つめてくるんだよなぁ。

 赤ちゃんが好きなのかな?

 首を右に左に傾げながら、私もリリの顔を見つめ返す。


「……はい、承知しました。それでは、参りましょうか。陛下も参りましょう」


「男の子かなぁ。女の子かなぁ。楽しみだなぁ」


 にこにこと笑う可愛いパパもようやく立ち上がり、私達は隣の部屋へと向かった。

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