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一章【呉 理嘉】

【転生】ママと私と

 眩しい。それに何だか五月蝿い。

 おぎゃあ、おぎゃあ、と赤ん坊の泣き声のような高くけたたましい声が私の耳に響いている。

 耳と言うか頭一杯に響いてる。

 何だコレは。

 それに、此処は何処だろう……?

 光が眼を刺し、強烈な痛みを感じる。

 手をかざそうと右腕に力を入れるが、動かない。

 左手も。どころか足にも。

 何とか首だけでも動かそうとするがそれもダメだ。

 そう言えば、私はボルダリングの最中に幸に良い格好を見せようと無茶なランジを披露して、見事に失敗したんじゃなかったか。

 あの高さから落ちたのだ。

 軽い怪我で済む訳がない。

 と言うことは、全身ギプスなのだろうか。

 いや、全身不随なのかも。

 十分有り得る。

 と思った時、態勢が大きくぐらつく。

 何か仰向けのままジェットコースターに乗ってる様な動き。

 スピードこそ速くないものの、身体の自由が利かない状況でこの原因不明の姿勢移動は怖い!

 未だに泣き声は頭の中に響いている。

 耳鳴りかな。それとも幻聴か。

 五月蝿い五月蝿い五月蝿い!

 誰か止めてーー!


「あ……あぁ、貴女が私の赤ちゃんなのね……? あぁ、生まれてきてくれてありがとう。私が貴女のママよ」


……ん?

 この女性は誰だろう。

 視界は未だ光に慣れずほとんどボヤけているけど、姿勢が安定したと思ったら次は女性らしき人が私を見ているみたいだ。

 それに、今何か私に言った。

『貴女が私の赤ちゃんなのね。生まれてきてくれてありがとう。私が貴女のママよ』

 そう言ったよね。

 今、言ったよね。絶対。


「あぶ」


 泣き声が止む。

 え。


「あぅ……ぁ」


 あ、え。

 コレ。


「ばぁうぅぅ」


 あっ……察し、ました。

 もう、正解に辿り着いちゃいました。


「……ぅぅぶぅぁぅぅぅぅぁぁぁあああ……!」


「凄い。この子、もう何か考えているみたい。さすが魔王様と私の赤ちゃん……」


 え? は?

 今、何かまたとんでもないこと言ったよね?


「魔王様もきっとお喜びになるわ。お世継ぎがこんなに可愛らしい女の子だなんて。あぁ、今日は何て素敵な日なんでしょう。 あぁ、私と魔王様の赤ちゃん……! 私とザライト様の大事な大事な赤ちゃん……! あぁ、赤ちゃん。何て幸せな響き……。生まれてきてくれてありがとう。こんなに愛しいなんて。あぁ、貴女が大好きよ。涙が止まらない……あはは、うふふ。赤ちゃん……私の赤ちゃん……」


…………。

……これだけ言われたら嫌でも理解出来るよ。

 飲み込み辛いことでもこんなに何回も言われたら。

…………。

 マジかぁーーーーーー。

 これはヤバいんじゃないだろうかー。

 私を産んでくれたママは優しく私を抱いて涙を流し続けている。

 どうやら周囲にあと数人女の人がいるらしく、それぞれがお祝いの言葉を口にしている。

 おめでとうございますお后様とか、魔王様の第一子の御誕生だとか、可愛い姫様ですとか、次代の魔王様は女王なんだわ、素敵! だとか。それはもう口々に新しい情報を教えてくれています。

 何て優秀な助産師さん? 助産婦さん? 達なのだろう。

 私の知りたいことがどんどん耳から頭に入ってきてますよー。

 はー。ありがたやありがたやー。

 あー。これから私どうなるんだろー。

 えー。魔王様の娘さんなのか私ぃー。

 んー。魔王様の娘ということはいずれ人間とか勇者とかと戦ったりするってことかなーテンプレ的にー。

 幸が持ってた漫画にそんなのがあったなー。

 えー。やだもー。あー。あー。あー。


 何も考えたくない……。


「ぅ……ぁ……ぁあぁあああぁぁばあああぁぁぁぁあぁぁぁあ…………」


 私は泣くしかなかった。

 文字通り為す術が無い。

 喋ることも、手足を自由に動かすことも。

 何も出来ない。

 頭の中に自分の泣き声が鳴り響く。

 五月蝿い。

 五月蝿い。

 五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。

 五月蝿い!


「ぁぅぅぅ……ぅっぐ……ぁぁぁ」


「泣かないで、私の赤ちゃん。ほら、大丈夫。大丈夫だから」


 優しい声が私の頭を撫でた。

 ママの、私のママだと言う女性の、優しい声と、柔らかく温かい体温が、頭からじんわりと伝ってくる。


……温かい。すごく……安心する。


 大丈夫。大丈夫。そう、何度も何度も優しく語りかけてくれる女性の声が、私を一層切なくさせる。


「ふぇ……ぅぇぇ……ぅぅぅっ……ぅぇぇぇぇ」


「大丈夫。大丈夫。私が、貴女を守ってあげるからね。何も心配ないわ。ザライト様、貴女のお父様も、とてもお優しい方なのよ? あの方の娘に生まれることができるなんて、貴女が羨ましいくらい。だから、大丈夫。大丈夫なのよ……」


「ぅぇぇ……ふぅぅんくっ……ぅぅ」


「お后様、生まれたての赤ちゃんには、おっぱいが必要なのですよ。飲ませて差し上げてください」


「あぁ、そうね。そうだったわ。あんなに勉強したのに私ったら、嬉しくて舞い上がってしまったわ……。ふふっ、私がママになるなんて、すごく素敵。……はい。おっぱいを飲みましょうね……?」


 お、おっぱい……!?

 あ、いや、そうか、私赤ちゃんだもんね。おっぱいくらい飲むよね。

 それに、保健体育の授業で勉強したもん。母乳は、栄養だけじゃなくて赤ちゃんの免疫力を上げる為にも必要なもの。

 単なる食事じゃないって。

 なんだっけ。母乳は赤ちゃんの為だけの完全な食べ物……だっけ。

 必要不可欠なんだよね。

 やましいことじゃない、やましいことじゃない……。

 何のかのと言いながら自分に言い聞かせる。

 解っていても、恥ずかしいものは恥ずかしいよ……!


 などと頭の中でぐるぐると良い訳している間に、ママは浴衣のような形をした服の胸部をはだけさせ、柔らかそうなおっぱいを露にしていた。


「はい。たくさん飲んでね」


 私の唇に、柔らかな膨らみが押し当てられる。

 ふわぁっと、優しい香りが私の鼻をくすぐった。

 これが、ママの匂いなんだ。

 何だか、甘くて、眠たくなる……。


「ふふ……ちゃんと飲んでくれてる。たくさん飲んで、健やかに育ってね」


 ママの匂いと優しい声音に包まれて、私はそのまま意識を手放した。

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