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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
9/59

2-4

 翌日の早朝。ほとんどの生徒が登校もしていないような時間帯。外からは大会が近い部活の朝練の声だけが聞こえ、一方で校舎の中はしん、と静まり返っていた。忘れ物を取りに来た時なんかは不気味に思うものだけれど、朝の白みがかった日差しは夏だというのにどこか冷たさと緑の香り、時折聞こえる小鳥のさえずりも混じって、どこか幻想的だった。

 そんなまったりと読書でもしていたい教室で、私と彩葉くんは額を突き合わせていた。互いに昨日は持ち帰った題目の紙切れ。私は帰宅後ずっと考えていたのだけど、やはりそれぞれの内容が分からなければ意味がない、案を出した人に簡単な話の説明と良さをプレゼンしてもらうという案を提示した。彩葉くんはというと、ああそれがいい僕もそう考えていたんだと早口に同意してくれた。でもたぶんあれは何も考えていない顔だった。上の空で聞き流しながら彼は私のことをじっと見つめ、何か別のことを考えているようだった。顔をごしごし拭いてみても朝食の食べ滓が少し取れただけ。聞いてみると、そうじゃないと呆れられた。

 お前子供好きなのか。

 彩葉くんは頬杖をつきながら言った。彼の口元を見ていた私は、思わず気恥ずかしさも忘れて彼の目を見る。しかしやはり直視できずに目が泳いでしまう。思わず何でと聞き返す。別段読み聞かせのことは隠しているわけでもない。でも歌にしてもそうだけど、自分の声を聞かれるのは好きじゃない。自分の声が嫌いなのだ。

 昨日図書館で見かけたんだ。

 見てたの。随分と上擦った声になってしまった。

 どこかの誰かが無駄に料理のレパートリーを増やさざるを得ない状況にしてきてな。彩葉くんは確か一人暮らしではなかったか。もしかして彼女だろうか。

 よく知ってるな妹が今遊びに来てるんだ。

 知らず知らずの内に声に出してしまったらしい。変な勘ぐりをしてしまったことに全身から熱を帯び始める。妹さんか。なぜか彼の言葉にほっとしている自分がいることに驚いた。……ホワイ?

 もっと堂々としてればいいのに。

 彼の呟きに私の心が暗いものになる。私だって出来ることならそうしたい。でもそうはうまくいかないのだ。人の目を気にして、人の評価を気にして。怯えるように縋るように生きていく。無様で不格好で惨めだけど、それで前向きに頑張れるほど私は強くない。

 いい朗読だったぞ。

 ……ああ、ずるい。その言葉は卑怯だ。彼のそんな言葉に暗いものが簡単に晴れてしまう。胸にポカポカしたものが生まれていく。

 人に関心がないように生きる彼。それは別段人間が嫌いなのではなく、自分を重ねないだけだ。だからこそ、羨望も嫉妬も何も他人に求めずただその人を見る。そう見えてしまうのだと、私は思っている。

 私はそのことを知っている。彼が、おそらく彼だけが私の歌を知っているように。

 彼は本当に変わらない。一瞬だけ回顧に浸る。自然と口元が緩む。そのことに気づかれないように俯く。こういう時、簾のような前髪が役立つ。

 なあ聞かせてくれないか。

 彼が言わんとしていることは分かる。朗読だ。しかし何で今そんなことを聞くのだろう。そもそも絵本なんて持ってきてない。しかし返ってきたのは予想外の言葉。

 昨日書いていた奴だ。

 その言葉に私の胸が跳ねる。そこまで見ていたのか。昨日作業していた席は確かに後ろから丸見えだったけれど。彼曰く、呼びかけても反応しないぐらい熱心だったらしい。そこまで周囲に気を配れなかったのか私は。

 そして彼は言う。

 物語、書いてたんじゃないのか。

 だから葵祭に一生懸命だったんじゃないのか、と。

 自己顕示欲。話すことが苦手な私にとって、それは雪のようでこの暑さに溶けてかかってはいたけれど、それでも確実に積もっていたもの。

本が好きなのは、自分を伝えたいから。

 口を開けば簡単にできてしまうそれが満足に出来ない私は、物語にぶつけるしかなかった。それを誰が読んでくれるというわけでもないのに。

読まれなければ自己陶酔に過ぎないのだ。

 でも、ここにいた。

 読みたいと言ってくれる人が。

 私の言葉を聞きたいといってくれる人が。

 始めは渋るが、じっとこちらを見つめ圧力をかけられ続けていると一分もしない内にギブアップ。私はいそいそと持ち運ぶには少し大きいサイズのノートパソコンを鞄から取り出し、文書データを引き出す。おっかなびっくりにパソコンを彩葉くんの方へと差し出す。

 だから読んでくれ、音無が。

 そんな彼の言葉に私は固まる。

 あんなに綺麗な声で読んでたんだからさ、と。

 私はなんて単純なんだろう。自分に呆れながらもパソコンを引き戻す。まだあらすじだけしか全部出来てないよと断りを入れる。すると、彩葉くんはちょっと待ってと私を止める。彼は私に背を向け、何か作業をしている。何だろうと思っている間に、彼はゴーサインを出した。

少し不思議に思いながらも私は、画面に書かれた自分の言葉に目を向けた。

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