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その日の放課後。手をつけられなくなった題目の紙切れだけを手に私たちは下校した。
自宅が近くのアパートだという彩葉くんとは早々に別れた私が向かった先は駅に隣接しているように立っている大きな図書館だった。
中央図書館と言う名に偽りなく、その蔵書は確か学校の三倍以上ある。公共施設という割には三階建ての外見がヨーロッパ建築のような随分とお金のかかった所だった。私の実家はここから離れたところではあるけれど、昔からここに通っていた。
そんなお気に入りの場所の地下にある自習室。そこに足を踏み入れた私は一番端に空いている席を見つけて、そそくさに自分のバッグを置き陣取った。通り道ではあるので後ろから人がいたら見えてしまうが、わざわざ人の作業を見るような人は少ないだろう。
バッグから取り出すのは持参していたノートパソコン。それを広げ、周りの受験勉強に勤しむ学生に囲まれながら、作業を開始した。
学校の図書室や自分の部屋でもできることだったが、今日は別件もあったためにここでの作業を選んだのだった。
今年の春に知り合いのツテで短期バイトをして溜めたお金で買ったノートパソコンは安物で時折カクカクとした動きになるけれど、未だに文字を打つ速度が遅い私はあまり気にならない。ゆっくりとしたペースで私は作業に没頭し、自分の言葉を紡いでいく。
それは遙にも秘密にしていること。誰にも言っていないという事実が私の中で熱をもって膨張し、奇妙な興奮を引き起こす。誰でも秘密はあるだろう。しかしそれが後ろめたいものでないとすると、どこか自慢めいて、燻っている感情を自分の内に秘めるものだ。それはそう、百点を取ったテストをお母さんに見せるのを焦らすような、そんな感覚。まあ、今ではテストで満点を取ってもなんの感慨もないのだけど。
そうして時間を忘れかけていると、図書館ということもあり、音声ではなくパソコンに強制的に表示されるタイマーが起動し、作業が中断される。もうそんな時間だったのか。私は手早くその保存を済ませ、その場を後にした。
そして向かったのは二階にある児童文学のコーナー。その一角にある小さな広場。そこには子供たちがきちんと体育座りをして、しかし何か堪えきれないようにざわついていた。
子供たちの近くに司書さんがいた。それは私が昔からお世話になっているベテランの人で、全体的に丸っこい。その司書さんは私を見つけるなり、こっちこっちと手を振った。近所の八百屋のおばちゃんと姿が被る。私は小さく会釈をして近づく。すると司書さんが、お姉ちゃんが来たわよ、とその場の視線を集める。人の視線。でも子供たちの視線は私を咎めるものでも非難するものでもない。純粋に楽しみにしてくれている期待の視線。
私は前髪を少しだけかき分けて、持参していたピンで止める。そして用意されていた椅子に腰を掛け、バッグから絵本を取り出した。
絵本の読み聞かせ。私自身、小さい頃に楽しみにしていたものだ。小学校低学年の頃、このためにわざわざ一人でここにやって来るほどだった。そして今では司書さんに頼まれ、月に何度かこうして読み聞かせをするようになった。
始めはやはり緊張したけれど、文字を通すと妙に饒舌になるらしい私の読み聞かせは嬉しいことに、こうして習慣化するほど子供たちに評判が良かった。
きょうはなによむの。はやくはやく。
待ちきれない彼らの声に応えるべく私は息を吸った。
本を歌うように読む私は、その世界に入り、気持ちに触れ、彼らの案内人なる。
外界とは隔絶されたその世界。私は何も聞こえない。
語る自分の声さえも。