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演劇をするために必要なものは何だろうか。
その場を指揮する監督だろうか。観客を魅了する美声と役になり切ることのできる役者だろうか。視覚的に世界を作り上げる大道具だろうか。雰囲気にあった曲をつくる作曲家なんていうのもあるかもしれない。でもそんなことよりも大切なことがある。
何でこんなにあるの……。
私と彩葉くんは机の上に広げられた一辺五センチほどの紙切れの山に頭を抱えた。それらに書かれたものは有名な童話や演劇の題目の数々。
こんなに集まるとはな。彩葉くんは散らばった紙のうち一枚を取る。そこにはシンデレラと書かれていた。
何よりも大切なもの。それは演目だ。
何を当たり前のことを、と思うだろう。私も思うし、そう思わない人がいるならここに出てきて欲しい。お題無しで面白いと思うまで一発芸をしてもらう所存だ。
でも大事だからこそなかなか決まらないものでもある。
ついさっきまでこの教室にはクラスメイトのほとんどが集まっていた。例によって哀川さんはいなかった。午前中の大掃除が終わってから三時間、クラス内で話し合いが行われた。授業以上に集中している生徒たちの様子に途中様子を見に来た担任数学科の先生は悲しげにトボトボと職員室に戻っていったが、それさえもみんなの眼中になかった。
みんなが思い思いに自分の好きな演目の良さについて語り、友達を引き入れ、それがまるで正しいことのように振舞う。普段ならクラス委員がうまくまとめるけど、彼女も熱を上げていたため、実行委員の私たちは誰も頼ることができなかった。
結果、一人一人順番を待たずに発表する惨状は協調性の失った自己正当性を論理も倫理もなく答弁のように述べる手の付けられない状況になった。やっとの思いで私が行ったのは紙をハサミで無駄に丁寧にそして小さく切り、そこに題目を書いてもらい、回収することだった。何も議題は進んでいない。先延ばしにしただけ。いや、クラスの意見を受け取った以上、それを何らかしらの形で生かさなければならないから悪化したとも言える。勿論、それは成立しないのだから、多数決の候補になるぐらいにしか使い道はないのだけど。しかし、その多数決もこんなにも演目の意見がバラバラなクラスで多数決をして決まるだろうかという疑問がある。早く決定して、他クラスと被っていないか著作権は平気なのかという確認もしなければならないのに。早速、実行委員としてくじけそうになる。
創作っていうのもあるな。
彩葉くんは大きく丸っこい時の紙を見せてくる。その字に見覚えがあった。遙だ。一瞬、創作という言葉に心臓が跳ねるが、冷静になりそれは却下だろうと思う。確かに創作ならどのクラスとも被らないだろう。でも今から台本を書いていたら夏休み中に準備が終わらないことは自明だ。場合によってはより複雑に著作権が関わるかも知れない。遙の考えるお話は見てみたい気がしたので残念だったけど。
そもそも何で劇じゃなきゃいけないんだサテンでいいだろうう。彩葉くんはここの生徒の少数意見を代弁する。葵祭が嫌いなのだろうか。聞いてみると、どちらでもないと返ってきた。彼らしい。
葵祭目的でこの学校に入学したというわけではないけれど、葵祭に悪い印象をもたれたくはない私は葵祭の由来は語ることにした。うろ覚えだけど。
この辺一体は昔、大きな神社だった。
今では賑わいを見せている駅が本殿で、商店街から駅へ向かう今も残る道が参道。その中間地点に位置するこの学校は舞の儀式の場所だった。神様に奉納する“神楽舞”と呼ばれるそれは、舞からいつしか物語のあるお芝居に変わり、戦後にこの学校の創設した神主がその伝統を残したいと文化祭の形で残しているという。
現に毎年葵祭の飾りつけは神事をなぞっているものが多く、学校の入口には鳥居を模したアーチ、祓い棒のさきにある折り紙などなど、ただの学園祭よりも縁日に近い雰囲気になっている。……と、珍しく饒舌に話してしまう。
何でお前そんなこと知ってるんだ校長も知らないだろ。
彩葉くんも初耳だったのかそれとも私がペラペラ話していたからなのか目を丸くし、感心していた。
物知りなんだなお前。
お褒めの言葉をいただき、どう反応していいか分からず前髪で視線を隠し、首にかけていたヘッドホンのケーブルを人差し指をくるくると絡ませてしまう。私も入学してすぐに図書室で見つけた風土史を読んで知ったことなのだけど。
神社ってなんの神様なんだ。
興味を持ったらしい彩葉くんは手を顎に当て、考える素振りを見せる。否定の仕草。そこまでは本には書いていなかった。ただ、と私は続ける。
あまり地元から感謝される類ではなかったようだ。普通神社の建てられるような神々の場合、豊作や縁結びなど、言ってしまえは人にとって利益をもたらすような神様であることがほとんどだ。しかし、ここいら周辺で祀られていた神様はどちらかというと、疫病神に近い……人間をからかって楽しんでいるような逸話があるという。楽しければ、人間に干渉しない。どちらかというと人間を見守っていてくれる神様。だからこそ、見守ってもらえるよう大規模な神社と、楽しませる演劇が用意されたのだろう。
神様に何も望まないのに神様を祀っていたのか。
彩葉くんは若干納得いかない様子だったが、目の前に転がる紙を見るなり、それどころじゃないとぼやいた。
そう、それどころじゃないのだ。夏休み前、つまり今日明日にはこれをどうにかしなければならない。
音無はなんて書いたんだ。
彩葉くんの言葉に戸惑う。委員会なんだから自分の意見は出したりはしない。公平さが失われる。そう言うと、彩葉くんはふうんと相槌を打つ。何か言いたげだったが私は目を合わせることができなかった。
俯いて彼の視線を気にしていたからなのか、周囲に敏感になっていた私はなぜか窓の方へ視線が向いた。そこには何もいないし、外に見えるのも下校中の生徒がほとんど。
大体、ここは五階なのだ。
どうかしたか。
何でもないよ、と彩葉くんにぎこちなく返答をして、紙の山に向かう。
再び、窓の方を見る。当然そこには何もいない。……でも。
ふと、何かに見られているような気がした。