13-5
「それで? 言いたいことを聞こうか?」
腕を組んだ僕の目の前にいるのは頭を深々と下げた滝本だった。
男子更衣室。その一角で彼は僕に向かって舞台衣装を掲げ、突き出している。きらびやかな布切れ。よく見ると縫い目の粗さが分かってしまう手作りの衣装。滝本の衣装……王子の衣装だった。
滝本は視線だけ上げ、口元を引きつらせ片目を閉じる。
「いや、本当にスマン」
反省の色が全く伺えない。僕よりも身長の高い滝本が僕より低くなっているの単純な話だ。
最終公演、王子の役変わってくれ。
メールで呼び出されのこのこやってきたこと自分が馬鹿らしくなり、彼には怒りを通りこして呆れた。
どこの誰が本番で役を変わってくれなんて言う?
「……僕はお前が軽音部と掛け持ちっていうのが意外だったんだが」
軽音。演劇をやっている一方でそういった出し物が講堂の方で行われているのは知っている。
「だって、軽音だぜ? モテるに決まってるだろ!」
「それでモテたのか?」
「…………。うわーっ、彩葉ーっ」
「泣くな抱きつくな気持ち悪い」
衣装を放り出し飛びついてきた彼の頭を押さえ抵抗する。こんなバカ騒ぎをしている暇ではないのだ。
「大体何で事前に言わなかった」
言ってくれれば代役を用意した。場合によっては王子役から引きずり下ろしたものを。
「いやそれじゃ駄目なんだって」
「はあ?」
滝本の訳の分からない発言に思わず凄んでしまう。眉間に力が入ってしまう。すると僕の顔がそんなに怖かったのか、慌てたように全身を使って否定。
「な、何でもないっ! 何でもないんだっ! 忘れてくれっ! 忘れてくれないと殺さ……いや、お前の命が危ない……」
「何言ってんだお前。今はふざける場合じゃ……。大体、僕が勝手に決めるわけにもいかないしな……」
「ああ、それなら平気だ」
「……なんだって?」
唖然とし、唐突に滝本のニヤニヤとした気色悪い笑みに危機感が募る。
「お姫様の許可なら取ったから」
なんてことのないように言ってくれる。あの哀川が許可したのか。そのことに驚きながらも、あいつの権限でキャスティングを変えるのもどうかと思うがと、やはり躊躇う。
まあ、だからといってクラス集めて話し合いする気力は全くないのだけど。
「……初めから、選択肢ないじゃないか」
「まあ、そーいうことになりますな」
「責任はお前が取れよ……」
「おー怖い怖い」
本当のところを言えば、そもそも僕はこの願いを断ることはできない。
こいつには借りがあるのだ。
きっとこいつがいなければ、あの時僕は大怪我をして、敗北という屈辱を味わうことになっていただろうから。
しかし、滝本はそんなことは引き合いには出さない。堂々としているというか、そもそもそれが交渉の材料になっているのかも分かっていないのかもしれないけど。
そんなこいつの頼みを簡単には無下にできなかった。
「…………一回だけだ」
今日の最終公演。ただその一回。
僕は王子になってやろう。
それは不本意で、この夏最大の面倒だ。
あまり乗り気はしない。物語はすでに終わりが決まっているのだ。
――結末は変えられるものぞえ?
幸せな、終わりなんかじゃない。
お姫様は、世界から逃げ出す。
バッドエンドだ。