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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
51/59

13-4

 売店を後にし、アテもなくふらふらと学校内を歩いていると、ポケットの携帯が振動した。

「……ん、メールか」

 メールは二つ。一つは妹、一つは滝本からだった。

「……はあ?」

 その内容に思わず僕は顔をしかめる。

 二人から来たメールはその文面こそ違うが同じことが書かれていた。

 用があるから今すぐ来い。

 ……いつからこんなに人気者になったかねえ。



 時はすでに第三公演終了の時刻。教室に戻ると出迎えたのは妹だった。

「お兄ちゃん来たよ。――連れてきた」

「……来たのか」

 そう、妹は両親を連れてきていた。

 お袋と両親。その再会は一年半ぶりのことだった。

 お袋は実家に暮らしていた頃には見たことがないほどにきちんと化粧をし、派手すぎず地味すぎない、身の丈に合った小洒落た服装していた。元々痩せ型ではあったが、前よりもさらにやつれたようにも見える。

 妹とお袋と少し距離を取っていた親父はくたびれたシャツにジーパン。背の高い人だったはずだが、久々に見ると僕とそんなに身長があまり変わらなくなっていた。僕が成長したのか、親父が縮んだのか、あるいはその両方か。

 妹は朝早くから出かけていたと思ったら、駅まで両親を迎えに行っていたらしい。今の今までは他の場所で葵祭を満喫していたとのこと。

 来るなら来るでさっさと来ればいいのに。

「恋歌さんに最後に来た方が面白いって言われたから」

 なんだそりゃ。哀川がうちの妹にいらんことを吹き込むのは今に始まったことではないが、全公演同じものを行うはずだが。何かアドリブでもするつもりなのだろうか。

 お袋は元気にしていたかだとか、ご飯はしっかり食べてるだとか主に生活についての質問を矢継ぎ早にする。僕はまあ、だとか気のない返事を返す。確かに普段から連絡も取っていないし、心配にもなるかと他人事のように考える。

「お兄ちゃんすごいんだよ、ご飯上手に作っちゃうんだから」

 妹は僕の返答を補足するためか、まるで自分のことをように胸を張る。あら、食べてみたいわね。お袋はそんなことを言って笑う。なんだかんだ元気そうで何より。

 ほらあなたもそんなところにいないで。お袋が親父を引っ張り僕の前に突き出す。親父はどこか気まずそうに言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。久々だな。やっと出てきた言葉はそんな言葉だった。お袋はもう、と呆れ、妹は相変わらず不器用な親父の様子に笑う。

 僕と親父の距離感。それは当然のものだった。そもそも僕が家を出た理由は、家族から離れたかったためだ。僕が背負った風評を少しでも遠ざけるために。

 親父はその風評によって職場でひどい扱いを受け、ついには辞めさせられた。僕には話したことはなかったけど、お袋が話してくれた。それを機に退職金で自営業を起業して、今は安定しているらしいが詳しいことは知らない。僕が知ればなんだか不幸が移ってしまうような気がして。

 僕は親父になんと声をかけていいか分からない。

 だから、家を出てから一度も家に帰らなかったのだ。

「……あー、せっかくだから、見ていけば?」

 やっと出たのは、そんな言葉。

 僕は尻のポケットからチケットを取り出す。それは身内に向けた優先チケット。特に誰に渡すわけでもなく持っていたそれ。このまま僕の手にあっても腐らせてしまうのでそれを親父にまとめて三枚渡す。

 親父は教室を覗き込み、そこから見える舞台にほう、と感嘆の息を漏らす。お前が描いたのか。今度は僕が驚く番だった。

「よく分かったな」

父親だからな。

 その答えに僕がぐうの音もない。そうか、父親だと分かってしまうか。

 意外に見ていないようで見てるんだなと適当な感想で親父の言葉の気恥ずかしさを紛らわす。そして、このまま教室に通すか数瞬間考え、頭を掻き視線を逸らしながら、早口で言う。

「今度、…………………………カレーでも作りに行く。好きだろ」

 親父は僕の言葉に少しの間言葉を失う。

ああ、楽しみにしてる。

 親父の顔は見えなかった。なぜかその声が年甲斐もなく弾んでいた。

「お兄ちゃん、お父さんそっくりだね」

 妹の声は聞こえなかったことにした。



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