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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
48/59

13-1

 学園祭というのは準備期間が最も充実しているのであって、本番当日はそれほどでもない。最もこれは役者でない人間の言い分のため一概には言えないので注意されたし。

 葵祭は二日間に渡って行われる。演劇は一日に四回の公演。全八回が予定されている。今日はその一日目。時間はすでに第二公演の真っ最中だった。

 この祭りは地域と連動するので、当日は街全体が騒がしい。街の中心となる学校から放射状に屋台やらが広がっているのが校舎の屋上から見渡せた。商店街も地元に愛される商店街も何を信仰しているのかも曖昧なままに胎動する。朝から慌ただしい。

校内での販売が許されるのはスポンサーとなった店のみ。祭りのメインは、やはり学校であるため人はそこへ集中する。街全体としてもいろいろな催しがあるらしいが、学校ほどの盛り上がりは昨年を見る限り見受けられなかった。

 どうしてこんなにも学園祭が人を惹きつけるのだろうか。

「人の子は昔から物語が好きだからのう」

 いなりは感慨深げに腕を組み頷く。彼女の言う昔とは果たしてどれほど昔のことやら。

 僕たちは屋上にいた。というよりもここ以外で会ったためしがなかった。本番当日ということで少々彼女に用があって探したのだが、案の定ここにいた。

 祭りの騒がしさが空気に溶け込んだいつもとは違う風が強く凪ぐ。びりびりと肌が震え、高揚感が高まる。祭りに浮かされていることを隠すように深く息を吐く。

「だったらプロのでも見に行けばいい」

「冷めとるのう。自分がもてなす側だというのに。頑張っておったではないか」

「誰かに見せるためにやってるわけでもないし」

「誰もいないのに芝居は披露しないと思うんじゃが」

「…………。不特定多数に向けたものじゃない」

 あの言葉は。僕が込めたものは、果たして誰に向けたものだったか。分かりきっている答えに目を逸らす。

「かっかっか。熱いのう。あの娘達のためかえ? 少しは砕けたよのう」

 この夏のづき合いで彼女に言い負かすことなど一度だって出来た試しがないので素直に両手を挙げ降伏。下手に言い返せばもっと痛いところをついてくるのだ、彼女は。

 正解を間違っていると否定する強がりも必要ないことだし。

「お前、自分のクラスはいいのか? こんなところでサボるのは僕だけで十分だろ」

「すでに察しておるじゃろうに」

 フェンス越しに街全体に広がる祭りを見下ろす。一種の模様のように絶え間なくうごめく人達。ここを中心としてその流れは形成されていた。どことなく万華鏡を彷彿させる。

 そんな祭りを楽しみにし、また楽しむ様子を眺めたいなりは穏やかな表情をしていた。まるで愛する子を見守る母親のように。

「……隠す気はないのか」

 言うと、いなりは僕の方に向き、はぐらかすように薄く微笑む。

 正解、なのだろう。

 ――――彼女が、この学校の生徒ではないということ――――

 いや、人であるかも怪しい。

 昨晩に聞こえた幻聴を思い出す。

 僕自身のうちに聞こえた幻聴なのかもしれない。だけど、あの問いかけの声は思い返せば返すほど目の前の彼女のものと重なったのだ。

 これまでの見透かした態度も気になるし。何よりここでしか出会ったことがない、というのが気になった。

 ……まあいい。

 要件はそんなことではないのだ。彼女が何者であろうと僕にはどうでもいい。

「ほれ」

 僕は手に持っていた二つ折りにされた冊子をいなりに差し出す。つい先日に完成した代物で、手作り感が溢れる。その表紙には僕らのクラスの題目が書かれていた。いなりはそれを首をかしげながら受け取る。表を見て、裏を見て、パラパラと中身を見る。何故か逆さにしたり、すかしてみたりもしていた。

「……? 何じゃこれ」

「パンフ。来客用の」

「…………………………………………………………………………は?」

 パンフレットそのものよりも僕の言っている意味が分かっていないようで、あんぐりと口を開けている。端正な彼女の顔の間抜け顔を見たことを小気味よく思いながら、用意した言葉を端的に述べる。

「暇だったら見に来い。暇つぶしにはなるだろ」

 少し、早口だっただろうか。しかし何分客引きには向いていない人種である僕にとってパンフを知り合いとは言え渡すのはなかなかに抵抗があるのだ。

 しばらくの静寂の後、「ひやっひゃっひゃ」といなりの下品な笑いが弾け出す。忍びもせず、腹を押さえて笑い、目尻に涙まで浮かべる。

「……そんなに笑うことはないだろ」

 確かに柄ではないかもしれないが。

 いなりは涙を拭い、笑いながらもパンフレットを片手で抱きしめるように握る。

「ひゃっ、ひゃっひゃっひゃ、……いやいや、儂を誘うも者なんて初めてじゃったからのう。嬉しいのじゃよ」

「……まあ僕は出ないけどな」

「じゃが、お主の言葉はあるのじゃろう? 儂はそれが楽しみじゃ」

 楽しみ。僕の言葉が。

 なんだか親が授業参観に来ることを宣言している気分に陥り、こそばゆくなる。

「お主はどうするのじゃ? ずっと屋上にいるかえ? 儂の話し相手になってくれるというのなら儂は一向に構わないのじゃがのう」

「今日はここも騒がしいし遠慮する。他クラスのは見る気になれないし……売店でも行くかね」

「かっかっか。お主も客かえ? じゃが、お主よ、まだ終わっておらぬのではないか?」

「ん? まあ、葵祭は始まったばかりだけど」

「そうではない。お主の仕事じゃ」

「僕の、仕事……?」

 絵は仕上げた。実行委員としての仕事が残っているというのだろうか。しかし、そんなものを真面目にこなすのも馬鹿らしい。大体、僕が買って出るまでもなくあの生徒会長がこの学校の見回っているのだ。先程も副会長を連れているのを見かけた。学生にしてあの風格はなかなかのものだとは思うが、来場者をドン引かせていたのは頂けない。

 小柄ないなりは僕の顔を覗き込み、二カッと見た目相応の童女のように笑う。

「儂ははっぴーえんどが好きなんじゃよ」

「ネタバレする気はないが、コメディとかじゃないぞ、それ。どっちかっていうと悲劇の類だ」

「そうじゃない」

 いなりはゆるりと否定。

「結末はいつでも変えられるものぞよ? お主の舞台はこれからじゃ」

「……それこそ柄じゃないさ」

 そうして、その場は後にした。

 僕は舞台を描いただけだ。僕がその場に立つようなことはない。

 立たずとも僕はすでに、あの場所に僕の言葉を込められたのだから。

 だから、満足なのだ。

 それ以上求めるものなど、何もない。


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