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それから三十分ほどして彩葉くんは起床した。
恋歌ちゃんの膝枕から飛び退いた彩葉くんは、膝枕代としてジュースの驕りを約束させられていた。私の存在にも気づいたらしい彼は、どこか気まずい様子になってしまう。私も今更のように彼から逃げ出したことを思い出し、前髪で視界を隠す。つい勢いでここまで来てしまったのだ。
恋歌ちゃんはそんな私たちの様子に呆れ、私と彩葉くんの手を引っ張り、強引に対面させる。顔を背けようとすると恋歌ちゃんの睨みが飛び、私たちは互いに頬を引きつらせながら向き合う。
ほら、仲直りしなさいな。
そんな一声に彩葉くんは、うーん、と唸る。
僕たち、喧嘩してたのか?
その言葉に私はようやく自分の失態に気づく。私はどうして逃げた? 自分が彼を認めたことが嘘になる気がして? 彩葉くんが自分のことを嫌いになるかもしれないから?
だけど、私には目の前にいる彼が、いつもの彼と同じにしか見えなかった。
音があろうとなかろうと、彼の態度は変わらない。
何も、変わってなんかいなかったのだ。
強いて言えば、私の方がおかしかったのだ。
そうなのかな?
私は思わず吹出してしまった。
ただの勘違い。勝手な解釈ががんじがらめになって、囚われていた。
私は彼の声を聞こうとしていなかった。解釈がどうだとか、本音は知ることはできないだとか勝手に決めつけて。
バカみたい。向き合ってしまえば、こんなにも簡単なのに。自分で勝手に壁を作っていた。
言っても伝わらないことがあるように、言わないと伝わらないこともあるのに。
伝わらなければもう一度言えばいい。強く叫べばいい。それでも駄目なら、また。
本当に伝えたい言葉は諦めてはいけないんだ。
音無、と彩葉くんに呼ばれ、なに、と応える。
ここはお前の望む世界じゃないかもしれない。
うん。
でも、これが僕の言葉だから。
……うん。
私は心に刻むように、深く頷く。
そこ勝手にラブコメやらない。あたしいるのよ?
恋歌ちゃんの言葉に私と彩葉くんはそんなんじゃないと赤面しながら訴える。はいはい、と容易く諫められる。恋歌ちゃんは、どうでもいいけど、とちっともどうでもよさそうではなく、前置きをしながら、宣言する。
成功させるわよ。
……成功。
ただやるだけじゃダメなのだ。
私はふと疑問を抱く。どうすれば、物語は終わるのだろうと。
音を捨て、色を捨て。王子と一緒に自分たちの世界に逃げ込む。お姫様は一体何を望んだのだろうか。何を叫びたかったのだろうか。
物語の言葉――私の言葉。
まとまりのなかった想いを物語に託した私。それは曖昧で、はっきりしていなかった。
目の前の舞台に立った途端に一つの形を成していく。
伝えたい。
湧き上がる感情。確かな思い。
これを叶えてこその、成功だ。
それが、私の成功。
私たちは葵祭に想いを託していく。
その日の夜。帰宅すると、両親はすでに帰宅していた。
お父さんは書斎に。お母さんはリビングに。
一瞬たりとも同じ空間にいたがらない二人のいつもの様子。
私は家族用のチケットをポケットから取り出す。その後、書斎とリビングを回った。
お父さんとお母さん。二人に話しかけるのはいつぶりのことだっただろうか。
私は、頭を下げ、そ万感の思いを込めて、それを差し出した。
どうか、葵祭に来てください。




