11-2
「彼女のすがる場所をまた創るのか。……再び間違うのか」
絵に没頭する中、声が聞こえる。誰もいないはずの教室。幻聴か否か。確かめることもない。意識は声に引きづられ、耳を傾ける。しかし、一方で絵を描く手は止まらない。そしてその声が馴染みのあるものだと気づく。いなりだ。
すがっている? それは僕の方だ。間違いなんかじゃない。
「お主は誰のために絵を描く?」
思考を読んだかのような返答。本当に僕の妄想なのか。
好きなことが最大の理由だと、誰かは言った。根源はそうかもしれない。だけど、それが成長し、一つの蕾になるまでにいろんな物をつけている。ただ好きだったものに様々なものが、茎になって、葉になって伸びていく。
ただ好きなだけじゃ納得いかない。
音無のために描く。それはすでに建前でしかないのだ。
「有姫はこうしろと望んだのかえ?」
知らん。僕が描きたいから描く。あの姫様の世界を。自分の言葉を。
ラフを描くよりも前、音無から話を聞いて脳裏に浮かんだ世界。
あるのは僕が夢想するものだけ。
そこにあったのは何だ? 絵を描きたいという欲求? 彼女の世界を描いてあげたいという慈悲? どれも違う。
罪からの解放。
僕自身、もう許してくれと前に進ませてくれと。
忘れるのでも自分を殺すのでもなく、罪を自分に変える。
「同化を望むか。罪を受け入れ、自己も肯定する。何それはおかしなことではない。人の子の可能性そのものじゃ。まあ、それを人は成長と呼ぶがのう」
いなりの声は自問自答するかのように僕の心を切り崩し、深部へと進んでいく。
筆にのせていくのは、赤、青、緑、黄、白、黒……。単色のそれを混ぜ、マーブル状に変質させていく。均一ではありえないまだら。時に美しく、時に汚く、混ぜていく。一言では言い表せない感情。一瞬として同じではありえない心。それが色という言葉となってこの世に命を受ける。
「楽しいか」
楽しいさ。口元が緩んでしまうくらいに。
「ここで姫は何を歌うのかのう」
彼女の言葉を。最も僕には想像もつかないが。
「それなのにこの舞台は彼女のためでないと言うか」
当然だ。彼女に僕が伝えるのは言葉ではない。“存在感”だ。
誰にも、彼女の言葉は無視させない。
「……終わった」
それから数時間後、僕は筆を置いた。
「疲れた」
呟き、教室の真ん中に倒れ込む。逆さまになった視界には誰もいない。
僕の足元に広がるのは、僕自身の叫びの込められた舞台。
どんなに頑張っても中途半端な立体感。人によっては前の方が良かった、なんて言う奴もいるかもしれない。だけど。それでも。
僕は満足だった。




