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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
43/59

11-1

 僕にとって眼帯は戒めだった。

 三年前のバス事故の時、僕の右半身は致命的な傷を負った。

 視力を失い、握力を失い、脚力を失った。

 どれもなければ不便だが、もう一方ある。目はあるし、鉛筆を持つ程度には力がある。足も普通に歩く分には問題はない。しかし、走るとそのぎこちなさが顕著になる。まあ、それが走り去る音無を追いかけなかった理由、というわけではないのだけど。

 僕の足を止めたのは他ならない眼帯だった。

 音無と同質の怪我。彼女への共感。

 眼帯を外せば深い傷が見え、ガラス玉以上の価値がない濁った瞳がある。それを恥だと思わないと言ったら、それは嘘だ。劣等感に嫌悪感。後ろ指を指されることが多かったせいか、より自己否定が強くなっていった。

 僕が一人、偶然という死神に取り憑かれたせいで背負うことになった罪。その象徴がこの眼帯だった。

 自己否定。しかし、それとは別に選択肢が僕にはあったのだと今更になって思う。

 見なかったことにする。

 眼帯をつけず、周囲と同じであるかのように振舞う。見えているように振舞い、過去も忘却の彼方へと追いやる。罪を嘘の泥で塗りたくり、不格好な木偶の坊に仕立てる。片目は見えているのだから、ずっと簡単だったはずだ――そう、あの音無よりも。

 忘れても罪は消えない以上、自己否定も現実逃避も何ら変わりはないのだけど。

 しかし、考えてしまう。僕がもし、音無と同じだったらどうだったかと。

たぶん、とっくに壊れていた。

 忘却は何においても人の心を安定させるものではあると思うけど、罪の場合は背負いつづける方が楽だと思う。忘れた分だけ、その重さを忘れただけ、再びその重さを背負った時に辛くなるだろうから。

 音無は平気なのだろうか。

 彼女は壊れなかったのだろうか。

あるいは。

 そんな馬鹿な考えをしながら教室に戻ると、哀川が従業委員との話し合いが終わったのか、乱雑に置かれた椅子に背もたれを前にして腰をかけていた。僕の姿を見つけるなり、ひらひらと手を振る。椅子の背の部分に顎を乗せ、だらけた彼女の視線は僕の手元へ向き、そして顔へ。

「おかえり。……メロンパンは?」

「…………」

 僕の手に彼女の求める物はない。買う余裕気力なんてすっかり失せていた。音無が公園の方に走っていったからそれを追いかけたくないというのもあった。

「……どうしたの?」

「…………。音無は……」

 かろうじて、口に出たのは彼女の名前。しかしその先が続かない。

「有姫? いいえ、まだ来てないわね。何かあったの?」

「逃げられた」

「はあ? あんた告白でもしたわけ?」

「そうじゃないけど」

 音無の、それも隠していたような個人情報を勝手に話していいのだろうか。

 僕自身何が言いたいのか分からなかった。哀川に言ってどうする。ただやるせない気持ちだけが残る。哀川は「ふうん」と準備を進めるクラスへ視線を向ける。何を見やるでもない。そして、息を吐き出しながら、聞き逃しそうな声で「とうとうバレたか」と言った。

 哀川は起き上がり、背を腕掛けにして座り直す。

「――あの子が、音聞こえないことでしょ」

 哀川はまるで昨日のテレビのことを話すかのように変わらず、それどころかつまらなそうに、さらりと僕の動揺の種を言い当てた。僕は思わず哀川の肩を掴んだ。

「……っ。知ってた、のか……?」

「ええまあ一応」

 やはり、目を合わせようとはしない。それはバツが悪いから逃げているのではない。哀川は全く興味がないかのよう。確かにクラスメイトの一人が耳が聞こえないからといって葵祭に関係はない。だけど、ここまで無関心にいられるだろうか。

「このことは、みんなは……」

「一人一人聞いてみる? 吹聴するのと変わらないわよそれ」

 刺々しい声に悟らされる。要するに誰も知らない。

 こいつが他人のことをべらべら話すタイプではないことは知っているが、彼女の僕を咎める口調は、言外に言ったら殺すと言わんばかり圧力が込められていたのは意外だった。

 それは音無の隠し事に彼女が助力しているということだったから。

「そう、だよな……。隠してたんだよな」

「仲いい喜多山さんとかも知らないんじゃない? あたしが気づいたのも偶然だし。しかしまあよく聞こえないのに普通の生活を送ってたものね。読心術って奴? あれって難しいんじゃないの? ヘッドホンのカモフラージュなんて考えたものね」

 感心でもしかねない口調で、しかし周囲の雑音に紛れる音量で評価する。

「……あいつは、何で隠してたんだ?」

「…………。痛いんだけど」

「あ、ああ、すまん」

 知らず知らずのうちの彼女の肩を強く握り締めていたらしい。僕は慌てて離し、誤魔化すように頭を掻く。いつもの会話のように彼女と話せない。

 僕が混乱しているのもある。しかし、それ以上に哀川の態度が気になった。

 哀川は隣の机に頬杖をつき、静かに、しかしどこか不貞腐れたように口を尖らせる。

「じゃあ、あんたは絵を描いてたことはどうしてあたしに黙ってたわけ? 妹ちゃんが口走らなかったら言う気なかったでしょ? あんた」

「…………」

「そんなものじゃない? 人に言いたくないことは誰だってあるし、言いそびれてただけかもしれない。もっとも、そんなの、どうでもいいと思うけど」

「どうして?」

「あんたは有姫のこと軽蔑した? 自分に隠し事してて傷ついた? 自分を偽ることに憤りを感じた? 私はあんたの絵のことを知って、何とも思わなかったわよ」

 横目で挑みかける鋭い視線。僕はその圧力に押されるように、近くの椅子にふらふらと腰を下ろす。

「そんなこと……あるはずないだろ……」

「あんたの見え方が変わらないなら、それでいいじゃない。何もかも知ってるっていうのは気持ち悪いわよ。ストーカーだもの。もっとも、有姫の方は違うみたいだけど」

「なんで?」

「あんたは聞いてばかりねえ。仕方ないのかしら、この馬鹿には。何も変わらないなら――逃げるわけないでしょうが」

 どうして彼女はこんなにも知った風なのだろう。見てきたかのように話す哀川。その姿が、一瞬別人と重なる。

 まるで、自分のことを話しているかのよう。

 不思議と彼女の独白のようなそれを信じる気になれた。他にはなかったというのもある。

「お前が知った時はどうだった?」

「何もなかったわよ? 逃げられもしなかったし。いいえ、むしろ挑んできたかしら」

 挑む。それは意外なようで、しかしすんなりと受け入れられた。

 なにせ、すでに僕に絵を描いてと言った時の姿やあの生徒会長に立ち向かった姿を目にしている。彼女の芯が強いことは嫌というほど見せつけられている。

「それがあんたと、あたしの差ってやつよ」

「信頼されてなかったのか。僕が言いふらすと思って」

 思いの外、自分の声が沈んでいることに驚いた。

 なんだろう、この残念と思う気持ちは。

 誰からも期待されないなんてことは慣れていたはずなのに。

「ホント、あんたはって奴は……。どうしようもないくらい馬鹿ね。大馬鹿ね。人間不信はあんたの方じゃない。……逆よ」

 哀川は額に手をやり、心底呆れる。そしてそのまま顔を隠してしまい、指の隙間からこちらを向く。

「ねえ。あんたはどうして絵を描こうって思ったの? あんなに嫌がってたのに」

 ――私の世界を描いて。

 逃げられない瞳。

「……なんでだろうな」

 それは、自分の絵を描かなくていいから。

「有姫のおかげでしょ」

 哀川はこともなさげに見透かす。

「彼女があんたの絵に惹かれたから、あの子のために描こうって思ったんじゃないの? あたしもあんたの絵は好きよ。でも、あの子の好きとは違うの。あの子はあんたに――すがってるのよ」

「すがってる……?」

 その表現に首を傾げる。哀川は横に倒れ、椅子の背もたれに寄りかかりながら、「呆れた」と罵る。

「気づいてないの? あの子、何か言いたのよ。何かを作ろうって思う人間なんて――特に物語を書こうとしてる人間なんて、大抵娯楽のためか何かを伝えるために書いてるもんよ。あの子の場合はどう考えも後者」

「どうして分かる」

「あの子が実行委員に立候補したから。あんたを指名したから。それが全てよ。あの子はたぶん、あんたに自分を押し付けてるの。そのことが知られたと持ったから、怖いのよ」

「……僕はそんな思考まで至ってないぞ。お前が勝手にネタバレしてどうする」

「嘘つきなさい。思ってるでしょう。自分は利用されたんじゃないかって」

 利用。――自己投影。

 彼女は僕の絵に自信を見出し、絵を望んだ。僕はそれを受け入れ、共に描いた。

 僕は利用されることを受け入れたのだ。利害の一致。なのに、そんな裏切られた気持ちに僕がなっている?

「言葉は、受け取り手の勝手な解釈だって、あいつは言った」

「そうね。あたしなら伝わるまで言い続けるけど。でも、あの子はたぶん――」

 そこで言い澱んでしまう。「なんだよ」と促すが彼女は渋る。

 彼女の言わんとすることはなんとなく、察した。

 それは、諦めだ。

 どうしようもない壁というものは世の中にはある。それは今までに経験してきたことであるし、これからも突き当たるだろう。

 だけど、それは成長することで乗り越えられる類のものではない。ずっと亡霊のように取り付いて尾を引くものだ。

 それは振り払えるものではないし、払ってもいけない。

 一般的にトラウマと呼ばれるそれを否定してしまえば、今までの自己否定でしかなくなるから。そして、その壁こそが彼女が逃げた理由の最たるものだろう。

 僕にも覚えがある。音無の場合は、それが“無音”に関係することなのだろう。……そうだ。

 利用の意味が、違うのだ。

 自己投影ではなく、僕の絵を否定された気になったからからか。楽しく描いていた事実そのものが嘘に思えてしまったからか。だからこんなにも気が沈んでいるのか。

 分かってしまえば簡単だ。

 だけど、ここにいても正解はない。

 音無の言葉を聞かなければ。それがただの解釈でしかないとしても。

 ここで動かなければ、何も変わらない。

音無を探してこようと立ち上がり、教室を出ていこうとすると、するとシャツの端を哀川が掴んだ。

「行かないで」

 顔を伏せ、ポツリと呟いた。

「あたしは、あの子のことなんてどうでもいい」

「どうでもいいなんて言うなよ……。クラスメイトだろ?」

「あんたはただのクラスメイトのために自分を捨てれるの?」

「…………」

「あたしは御免だわ。あの子なら、尚更」

 昨日感じた二人の距離感は、馴れ合わない強い繋がりは気のせいだったのだろうか。

 いや、この反発心こそが、彼女たちの繋がりの根底なのか。

 人は誰かを嫌うと、大抵は嫌いというよりも無視に走る。しかし哀川の場合は露骨だった。それが変容し、今の関係に至る。

 決して親友と呼べる関係ではないのだろう。しかし、哀川が音無を以前とは違い、彼女を認めているのは明白だった。

「あんたには、もう絵を描くのをやめて欲しくない。あんなに楽しそうなんだから」

「やめるって……」

「やめるに決まってるわ。だって、三年前に絵をやめたのは誰かの苦しみを共感したからなんでしょ? 同じじゃない、今も昔も」

 お前に何が分かる、なんてテンプレに叫ぶ気力はなかった。他人の気持ちが分からないのは当たり前。だけど、彼女の知ったかのような口調を否定もできなかったのだ。

「あたしがアイドルになった理由、分かる?」

 哀川は唐突に言い出す。彼女は何かと自分のアイドル業の話を僕に話してくるが、彼女自身については何も知らない。それは彼女が、僕が絵を描いていたことを知らないのと同じ。

「まあ、大抵はチヤホヤされたいからーだとか、思われてるんだろうけどね。少し、自分語りさせなさい。他の人には誰にも言ってないことよ?」

 そう前置きしてから、哀川は語る。

「あたしね、テレビっ子だったの。パパもママも共働きであんまり家にいなくて、いつも一人だった。寂しいの紛らわすためにずっとテレビばっか見てた。特に歌番組とか好きでね、その頃からアイドルには憧れてたかな。キラキラして、みんなに愛されてる。そんなことあるはずないのに、そんな風に思ってたのね、あたし」

 そして、どこか疲れたように笑う。

 それは、本物を知ってしまったから――本物になってしまったから。

「それがどうしようもない偶像崇拝なのは分かってる。でもね、それ見て元気になれる私もいた。それは事実なの。だからね、もっともっと憧れたわ。私にも誰かも笑顔に出来るんじゃないかって。せっかくそれに近づいたのよ? それを捨てれるわけないじゃない」

 誰かのために自己犠牲をするのではなく、誰かのための存在そのものであろうとする。

 それはなろうと思ってなれるものではない。

「それを捨てなきゃ、あいつを追いかけちゃいけないのか」

「当然よ、あの子を追いかけるのは自分を否定することよ」

「関係ないだろ」

「分かってないのね。私にとってのアイドルは、あんたにとっての絵そのもの。もう欠けちゃいけないものなの。本当なら葵祭りなんてやってる暇なんてない。寄り道なんかしてられない。でも、私は自分をかけて、葵祭をやってるの」

 ――青春したいと思って。

 いつだったかの電話の内容が蘇る。

「あんた聞いたじゃない。どうしてそんなに一生懸命なんだって。――そんなの好きだからに決まってるでしょ? 夢を疎かにしちゃうくらいに好きだからに決まってるじゃない。――あんたとやる葵祭は、ここにしかないのよ」

 ああそうかと僕はやっと理解する。

 アイドルは夢。誰かのために光を振りまく。孤独なものだ。一方で、葵祭は違う。誰かの為じゃない。自分のためにやる場所なのだ。そこには嫌いな人間は当然いるし、共に創りたい人間もいる。

 だけど、僕は何を見ている? 何のために音無を探しに行こうとしている? 

 少なくとも、葵祭のためじゃ、ない。

 哀川は僕を引き止めるしかないのだ。ここで葵祭のためではなく探しに行く僕を認めれば、葵祭のために夢を追いきれていない自分を許せないから。

「あたしじゃ、駄目なの?」

 ………………。

 ちょっと待て。

 ただ音無を追いかけて欲しくないのか? ――どうして?

 ………………。

「お前は、誰を笑顔にしたかったんだ?」

「……え?」

何で、そこに音無はいない?

「お前はすごいよ。誰か一人でも笑顔にさせようとしてる」

 何でお前はそんなに辛そうに僕を引き止める。何でお前は笑ってないんだ。

「でもな、僕は違うんだ」

 僕は誰かを笑顔にするために動くことなんてできない。

他人を背負うには僕はあまりにも弱い。

「あんたはそれで笑えるの?」

「……え?」

「私は見たことがないのよ、あんたの笑顔。いつも、疲れて諦めたような顔してる」

 ……そうか。

 やっと、気づいた。

 いや、気づかされたというべきか。

 こんなにも簡単なことも分からなかったなんて、恥ずかしい限りだ。

 僕はもっと自己中心的だ。

僕は、僕の声が届けば、それでよかった。

 ただ満足したかっただけなのだ。

なのに。

「あいつには、ずっと僕の声は聞こえなかったんだな」

 自重気味に漏れたそれは、実に弱々しい。満足した気にずっとなっていた。

 それがいとも簡単に否定されて、僕は落ち込んでいたのか。

「……なによ、あたしの声は聞こえないくせに」

「……え?」

 意味が分からず、思わず聞き返すと哀川は「何でもないわよ」と語気強めに誤魔化し、僕の背中を叩く。

「答えが出たらさっさと行きなさい。心ここにあらずで参加されても迷惑。引き止めて悪かったわね」

 活を入れられ見送られた僕はバランスを崩しながらも、体勢を保つ。動き始めていた足は、硬直する。

「――駄目だ」

 振り返り、教室を見る。練習に、道具作りに勤しむクラスメイト。中心にある舞台装置。

 僕と音無と二人で描いた、儚いお姫様の世界。

 それはあまりに綺麗で脆く、雪景色を思わせる。

 そこには僕の描いたはずの音無の言葉が描かれている。

 確かにあの晩、二人で描いた時には確かに描けたと思った。

 だけど、今改めて見ると、それはあまりにも薄っぺらだった。

 何も伝わってこない。音無の想いも、僕の想いも。

 僕はどんな想いでこの絵を描いたのだろう。

「どうして止まるのよ。あの子のことを心配してんじゃないの?」

 僕は何のために音無を連れ戻す。

 再び自身に問う。

 あいつが求めているのは同情じゃない。救いの言葉でもない。

 思いっきり、あいつが言葉を出せる世界だ。

 僕は、音無の声を聞きたい。何を思っているのかを。何が言いたいのかを。

 それは、こんな舞台じゃない。

 好きでもないものに自分の想いはのせられない。音無は言った。あの落書きにはあって、この舞台にはないもの。それは何だ?

 僕は教室の隅に追いやられていたペンキの山に手を伸ばし、それを広げる。

 そして色を選別し、舞台上で演劇練習をしている中へ歩いていく。

「ッ?! ちょ、あんた、なにやってんの?!」

 その僕の手を哀川が引き止め、悲鳴に近い声で驚愕する。振り返りもせず応える。

「描き直す」

「描き直すってあんた、これから通し練するつもりだったのよ?! あんただけの舞台じゃないのよ?! せっかくこんなに綺麗なのに!」

 哀川の叫びに辺りの注目を集めてしまう。僕の手に持ったものに非難の声が上がる。蓋の隙間から漂うシンナーの匂いと不穏な空気が教室に充満し始める。

 だが怯まず、声を絞り出す。

「……お前らだけの舞台じゃ、ないだろ」

「……っ?!」

 哀川は目を剥く。唇を噛み、そしてゆっくりと深呼吸する。

「……あんたは、そこにいるの?」

「ああ。ここには――僕の言葉を描く」

 それは願望でも予想でもなく、宣言。

 好き勝手に描いていた過去の自分とは違う、確かな意思。

 ――僕の叫び。

 音無のあの歌のように。

 音無の言葉も、哀川の言葉も入り混じらない、僕だけのものを、世界をここに描こう。

 ここは僕の領分だ。誰にも手出しさせない。させるものか。

 僕は眼帯を外す。邪魔くさい。立体感覚なんて知ったことか。僕は僕と向き合う。

 眼帯を外したところで変わらない視界。しかし、確かに僕には描くべき世界が見えていた。

「そう。じゃあ、こっちはあたしの担当ね」

 哀川は台本をちらつかせる。クラスの連中を役者に変える。彼らの想いをその演技に乗せる。それはたぶん、彼女にしかできないことだ。哀川は手を叩き、注目を自分へと向ける。

「さあ、みんな舞台装置の仕上げに入るみたいだから別の場所で練習しましょ。廊下でもいけるわね。大道具も場所を変えてもらってもいいかしら。こいつの我が儘だけど、許してやって。最高のもの、描いてくれるから。――そうでしょ?」

 心の中で哀川には感謝しつつ、もちろんだと内心で了承する。

 僕は筆を取った。


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