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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
36/59

● REC

 午後七時。先生も早々に帰宅を促され、夏休み中の日直の教師も去った頃合。先日の花火大会もあったせいか、後者を包む静寂の闇は深く、そして重たい。

 そんな全体に対して、教室の一つから明かりが漏れ出していた。名簿上はこの時間誰もいないことになっている。しかし、その教室からは堪えきれなくなったように下卑た笑いが響いた。それも一人ではなかった。

「全く、ここまで思い通りに行くとは思わなかったな」

「本当ですね、これで七組の奴らは出場できないでしょうし。いやあ、道明寺さんには頭が上がらないっすわー」

 舞台の上に椅子を置いて腰をかけていた道明寺と呼ばれた男は、その言葉ににやりと不敵な笑みを浮かべる。

「ああ。当たり前だろう? この俺がいるんだよ? 負けることなんてあるはずがない。あっていいはずがないんだ」

「でも、どうするんです? うちでは丁寧に分割してたからすぐに組み立て直されてましたけど、他はそうはいかないでしょ? まさか一クラスで競う気ですか?」

「それこそまさかさ。いいか? 俺たちの最大の敵は七組だ。奴らさえ潰せればそれでいい。ほかのクラスは直前になって手を差し伸べればいい」

 道明寺は脚を組み直し、手に持った缶を煽った。その缶のラベルを見ればアルコールの文字が見える。一方で青年はどう考えても二十歳を超えているようには見えない。見れば周囲の人間の手にも似たような缶が握られている。道明寺が煽ると、高校生がアルコールを煽るのが珍しいのか周りにいた女子生徒が黄色い歓声を上げる。その声に道明寺は満足したように頷く。

 未だにプルタブも開けていない取り巻きの一人が、伺うように尋ねる。

「そんなことできるんですか?」

「おいおい、俺を誰だと思ってるんだい? 道明寺家の息子だぞ? 父の力があればセットぐらい一日でできるさ。父の会社は土木関係も携わっているしね」

「でも大人の介入はあまり好まれないのでは?」

「こんな非常事態にプライドかい? そもそも大人の助力は禁止にされてさえないだろう? 地域グループは学校主体ではなく、地域グループ主体で葵祭を進めたいと考えているぐらいなんだから」

「それは、そうかもですが……」

「大体、それは俺様の舞台を否定することになるんだぞ?」

「す、すいませんっ」

 道明寺が教室を見渡し、セットを見やる。照明道具。繊細さで描かれた舞台背景。凝った作りをした豪華な衣装の数々までもがハンガーラックにかけられている。

 そのどれもが素人が使うとは思えないほどの高性能、あるいは丁寧に作りこまれていた。

 生徒だけで作るのは難しい。そのバックには“スポンサー”がいることが容易に伺えた。

「脅かしてすまない。さあ、今日は騒ごう! 俺たちの優勝は約束されたわけだしな。前祝いだ!」

 道明寺の温度にクラス全体が賑わう。全員が手に持っていた缶を掲げ、己らの悪行を正当化するための祝いを始める。


「ああ、あったあった。――忘れ物が」


 その声は決して大きくはないというのに、やけに通っていた。

 弛緩しきっていた空気割いて、寒空のような静寂をもたらした。

 一人の青年。それが引き戸からつかつかと、入ってくる。彼の登場にその場にいた人間の動きが固まり、そしてざわめきに変わる。

「霧隠彩葉?」

 道明寺は他を代弁するように来訪者の名を呼んだ。しかし、応じることなく、黒板前に積み上げられたダンボールの中に手を突っ込んだ。

「君は何しに来たんだ! 帰ったんじゃないのか?!」

 ダンボールから引き離される。霧隠と呼ばれた青年はつまらなそうにその顔を上げた。

「だから言ってるだろ、忘れ物だって」

 ほれ、と持ち上げてみせたのは、ビデオカメラ。それを見た瞬間に悲鳴が上がる。

 そのカメラは作動していた。

「知ってるか? 最近のカメラは十時間も取れるらしいぞ?」

「……いつからだ」

 道明寺の顔から余裕はすっかり消えていた。一方の霧隠はピリピリとした空気を意にも返さず、ひらひらと手を振る。

「お前、身内を信用しすぎ」

 その言葉に、道明寺は鬼の形相でクラス中を睨む。睨まれたクラスメイトは一斉に首を振る。しかし、彼の中で疑念は消えていない。

 霧隠の言葉がハッタリだったとしても、内部分裂を有無には十分すぎる言葉だった。

 道明寺は歯を見せるほどに、強く歯ぎしりをしながら唸る。

「……おい落ちこぼれ、それをどうするつもりだ?」

「別にどうもしない」

 大げさに肩をすくめる。霧隠の目的がこの現場を差し押さえるとしたらあまりにも粗末な計画だ。せっかくバレていなかった監視カメラを自らの姿を晒してまで明かしてしまうのだから。

「リークするか? だけど、親父に頼めばいくらでも揉み消せるぞ」

「うるせえファザコン」

 霧隠は声を荒らげ凄む。静かな凶暴性を含んだその眼光に道明寺は怯む。

「これが欲しいか?」

 指先に挟むのは、カメラから取り出したメモリー。

道明寺が視線で合図をすると、周囲にいた大柄な一人が飛びかかった。霧隠の顔を殴る。霧隠の体は飛び、ダンボールの山を崩す。「きゃっ」女生徒の声が上がった。道明寺は霧隠の手から離れたメモリーを取り上げる。

「お粗末なのはお前だ、霧隠。これで、形成逆転だ」

 転がる青年に見下し、周囲に合図。クラス中の男が霧隠を取り囲んだ。

 霧隠は「いてて……」と頬をさすりながら、ふらふらと起き上がる。

「まあ、飲酒に暴行、これだけあれば十分かな」

「……何を言ってる?」

「なあ。――カメラが一つなんて誰が言ったんだ?」

「……っ?!」

「さ、探せ!」

 周囲に動揺が焦り、道明寺が飛ばす命令に何人かが辺りを慌てて探し出す。

 霧隠は堪えきれないように「くっくっくっ」と忍び笑いを漏らす。それが道明寺を苛立たせたらしく、殴るよう指示。今度は喧嘩慣れしていていなそうなひょろりとした男が振りかぶる。霧隠はそれを左腕で受ける。その手には力は入っていない。しかし、素人の拳を受け取るには十分だった。眼帯でおとなしい印象しかない、抵抗する姿さえ想像のついていなかったのか、男は一歩引いてしまう。自分の攻撃が一度受け止められただけで及び腰になるのはなんとも情けなかったが、それが人を殴ったことのない類の人間の普通の反応とも言えた。

「これで、僕にも殴る理由ができたわけだ」

 と不敵に笑い、拳を握る。暴力からは程遠いはずの彼のその行動に取り囲んでいた全員が一歩引く。彼らとて全員が全員喧嘩に明け暮れているわけではないのだろう。その表情には戸惑いと躊躇いの色が伺えた。

「な……っ。ふ、ふん、わざと殴られたとでもいうのか? 大体、一人で何ができる? お前を殴ってからカメラはゆっくり探すさ。そうでなくともお前一人が道明寺グループの情報操作に勝てるわけがないだろうがッ」

 つかつかと歩み寄り、霧隠に殴りかかろうとして、その手を止めた。

 じ、じじじじという音が聞こえたのだ。それは各クラスの取り付けられた黒板の上あたりに付けられたスピーカーから。

 そして聞こえてきたのはさきほどの道明寺の得意げな演説。それが教室全体に、いや学校全体に響いていた。

「放送、だと……?」

「ああそうそう。最近のは音声を飛ばせる機能まであるらしいぞ。すごいなあ」

「――ざけんな!」

「て、てめえ!」

 いよいよ頭に血が上ったのか、道明寺を含め短気な者たちが拳を振り上げる。それを迎え撃つのは、今までに見せたこともないほどの笑みと怒りを重ね合わせた不気味な表情をした霧隠。彼もまた喧嘩の経験はないのだろう。拳こそ握ってはいるが、構えもせず、棒立ちだった。

 霧隠の顔に、苛立ちだけが込められた拳が襲う――

「……全く、一人で格好つけられると立場がねえつうの」

 しかし、それは届かなかった。

 それを遮るものがいたのだ。

「滝本?」

 それは長身の青年。彼がバッグを振り回し、道明寺一同を吹き飛ばしたのである。

「お前、実は喧嘩が強いとかそんな裏設定あんの?」

「ない」

「だよなあ。でもまあ、」

 突然の来訪者に取り囲んでいた一人が滝本に掴みかかろうとして、

「――俺にはあるんだわ」

 その鳩尾に掌底が叩き込まれた。

「…………。実力は?」

「実家が空手道場。家に帰ると部活の後だろうが問答無用で稽古」

「何で空手部じゃないんだ?」

「空手部がなかったからだ。それに、」

「それに?」

「バスケの方がモテそうだから」

「……馬鹿だなあ、お前」

「青春と言ってくれ。それに、馬鹿はお前もだ」

「それもそうだなあ」

「馬鹿同士、一緒に青春しようぜ」

「なんの得にもならないぞ」

「スカッとする」

「そうか。なら――僕と同じだ」

 それが今の彼の全ての行動原理。

 感情のままに、少年たちは吠えた。

 ただそれだけの話。



 不意に喧嘩で吹き飛ばされた誰かが飛び――こちらへ。

 衝撃で視界が傾く。

 そして、暗転。

 ピピっと、電源が切れる音と、強制停止の作動音が木霊する。

 録画はそこで途切れる。

 世界はゆっくりと深い闇に落ちていく。

 そうして、再び目覚めの時を待つ。

 映像に込められた言葉が、誰かの手に渡るまで。


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