6-1
私は、私の世界に取り残されていた。
彩葉くんを見送ってから、ずっと、私は教室で一人体育座りをしている。
辺りにはペンキの缶が無造作に並べられ、強烈なシンナーの匂いが鼻を差す。
彩葉くんと二人で描いた、その幻想的な世界を見る。
私のしたことといっても塗りの手伝いぐらい。
彼は立体感を気にしていた様子だったけど、そんなことはない。
そんな懸命に作り出した世界に一人になり、私は寂しさを感じていた。
あれだけ彼に行けと言っておきながら、みっともない。少しぐらいは格好つけたらどうなんだと思う。
哀川さん、彩葉くんにライブチケットあげてたんだ。
そのことが一体、何を意味するのだろうか。
彼女は教室で問題を起こしてから、別人のように練習に取り組むようになった。そのことは喜ばしいことだったが、あまりの変わりように周囲もやりづらそうにしていた。
どうして彼女は突然やる気を燃やしたのだろう。
――負けない。
それがきっと答えなのだろう。
哀川さんは、彩葉くんが好きなのだ。
だから、私を目の敵にした……のだと思う。
だけど私にあるのは、彼に私の世界を描いてもらいたいという一方的な願望だけだった。
そして、それは今叶った。
だとしたら、残るのはなんだろうか。満足感、充実感。もう彼に対する興味は失うのだろうか。
分からない。私が彼を実行委員に選んだ理由も、執拗に絵を頼んだ理由も、彼を見送って、胸のどこかがチクリも痛む理由も。
何も、分からない。
――自分の声を聞いたことがあるかえ?
いつだったかの風変わりな少女の言葉が蘇る。あれは確か録音の声の話だったか。彩葉くんが私の朗読を録音していたことはあったけれど、私は耳を塞いでいた。自分が歌う時も、いつもヘッドホンをしていた。
……ああ、そうか。
私は自分の声を聞いたことがないのか。
その事実は思いの外、私の胸に重くのしかかる。耳を傾けないから聞こえないし、尋ねないから返ってこない。
私が何をしたいかなんて。
彩葉くんに私を描いてもらって、何か気づけると思ったのに。
……もしかして。
不意に、一つの可能性に辿り着く。
本当にそれはもしもの話。
私は、私の声を誰かに聞いて欲しいんじゃないかって。
少しだけ、そう思った。
私は自分の世界に閉じこもっていた。
周りの音なんて聞こえなかったし、自分の音さえ耳に入らなかった。
だから、私は気づくことができなかった。
夜の学校で行われていた悲惨な事件なんて。