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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
29/59

5-7

 それから数時間後。僕と音無は彩られた世界で寝転がっていた。

 傍らにはペンキの缶がいくつも転がり、窓を開けているのに化学染料の匂いが辺りに充満していた。

 舞台装置は全体を塗ったのでそれなりに時間もかかったし、何よりも疲れた。しかしなぜか倦怠感も清々しい。

 鉛筆で落書き程度ならともかく色を使ったものは久々であり、かなりの抵抗がある。そして何より、自分から「絵を描く」ということが僕の動きをぎこちないものにさせた。それが必要以上に疲れさせた原因だろう。

「しっかしまあ」

 こんなにも楽しいものだったのか。

 僕と音無のイメージは一緒ではない。全然違うものだ。しかし、僕の描く平面に彼女は奥行きを与えてくれた。彼女は僕の目になってくれ、そして僕のイメージを言葉によって洗礼させてくれた。

 僕は彼女の世界を描き、また僕自身も描いてたのだ。

解釈だとかそんな小難しいことはどこにもない。

一緒に描いて、ただただ、それが楽しかった。

 誰かと一緒に絵を描くことなんてなかったから、こんなのは初めての感覚だった。

 ――――――――――――

 遠くで爆音が鳴った。その後に続く歓声。ずっと絵に集中していたから気づかなかったが、外が騒がしい。窓の方を見ると、天に花が咲いているのが見えた。

「花火か……?」

 やっと早めの下校を促された理由を悟る。近くに花火大会の会場があるのだが、立ち見客のせいでこの日の交通関係に大きな遅れが生じるのだ。学校に忍び込んで花火観戦なんてことも考える輩を防ぐために、学校は一部を除いて戸締りをするのだ。

 僕と音無は教員に黙って残っているが、まあ、事務員さんに声をかければ平気だろう。どうしても必要な話し合いがあったとでも言えばいい。

「花火……そういえば、哀川さんのライブ……」

「そうだっけな……」

 音無の独り言に、僕もふわふわとした返事をする。何も考えていない。だから彼女の言っている意味が浸透するまでしばらく時間がかかった。

 ライブ。ライブ。…………。

「……………………。やばっ!」

 僕は半身を起こし、ポケットから折れ曲がったチケットを取り出す。

 現在の時刻は九時。ライブ開始からすでに一時間は経っている。

「なに? それ」

 音無はキョトンと目を丸くし、紙切れに目を落としている。

「チケット。哀川から貰ってたんだ……しまったな」

「私の、せい……」

 どこかバツの悪そうな音無。その様子を怪訝に思いながらもチケットを持った手を額に当てる。行ってないことがバレたら殴られそう。哀川の奴、やけにこの花火大会にご執心だったから。昨日もわざわざ「ライブ明日よ」と家に知らせに来たほどだ。それにも関わらず忘れている僕のポンコツ記憶能力もどうかと思うが。

 それほどまでに絵に集中していたのだけど。まあ、言い訳にしかなりえない。哀川は納得しないだろう。

 もしかして、と早朝に妹が持たせた携帯の存在を思い出し、メッセージを確認する。

「うわあ」

 お兄ちゃん待ち合わせどうしようか。お兄ちゃん今どこにいるの。早く来て。もう始まっちゃうよ。もう始まっちゃうよ。始まっちゃう。とライブ開始前三時間前から十分刻みにライブ開始までメールが届いていた。始まってからはライブを楽しむためか会場で電源を切るように言われたか、はたまた僕に愛想を尽かしたかは知らないがメールはない。我が妹ながらストーカーのような文面だ。

「行ってきなよ」

 音無は教室の掛け時計に目をやり、それから窓の外の賑やかな空へ視線をやった。

「花火終わるの一時間後までだよね? まだ間に合うよ」

「いや、でもまだ、」

「あとは片付けだけでしょ? 私がやっとくよ。哀川さんに悪いよ?」

「しかしだな……」

 と僕は辺りを見渡す。別段綺麗好きというわけでもない僕から見てもこのままにしておくのは気が引けるほどにペンキの缶やら筆やらが散らばっている。これだけ乱雑な環境の後処理を彼女一人に任せるのはいかがなものだろう。

「私はもう、満足だから」

「え?」

 花火の轟音が重なる。聞き取れこそしたものの彼女の行っている意味がやはり分からず、聞き間違いかと思った。しかし、難聴の疑いがある僕に対し、彼女は何かを振り切るように首を振った。

「ううん、早く行って。本当に終わっちゃうよ?」

 その儚げな表情に後ろ髪を引かれるものがあったが、ここに留まっているという選択は僕の中にはもうなかった。

「……すまん、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

 音無に見送られ、教室を後にした。出る時に一瞬、やはり彼女のことが気になって後ろを振り返る。

「…………あ」

 花火のライトアップ。薄暗い教室。音無と一緒に作り上げたガラスのような脆さを持った舞台。その中心に壊れてしまいそうな微笑を浮かべた音無。

 それは、僕の思い描いていたお姫様そのものだった。


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