5-3
ぶっ続けの練習二時間が行われ、全員がへとへとになり、哀川がやっと休憩を取ってくれた。本人はまだまだ行ける様子だったが、いつも何時間もアイドルこなしている人間と同じにしないで欲しいものだ。
何よりも驚かされたのは彼女のやる気だけではなく、その実力だ。演劇に詳しくない僕から見ても彼女の演技は見るものを引き込む魅力がある。大げさかもしれないが、素人の練習だけでその差を実感させられるというのはやはり、彼女に素質があるのだと思う。普段からアイドルの仮面を被っているだけある。
一方で元々大きな声をあまり出さない僕にとって声を腹から出すというのは相当に疲れるものであり、暑いのも相まって完全にバテていた。
少しでも固まっている役者組の和から外れようと音無の隣の椅子を見つけ、そこに腰をかける。ペットボトルの水を口に含み、喉を潤してから隣の音無に声をかける。
「なあ、哀川の奴あんなにやる気なんだと思う?」
「知らない」
音無にしては珍しくそっけない態度だった。そして今度はもじもじと躊躇ってからたどたどしく言った。
「あ、あの彩葉くん」
「ん?」
「彩葉くんは、絵を……その……描かないの?」
そう言って未だ真っ白な舞台へ視線をやる。描いて欲しい、ということか。
「…………。好きじゃないからな」
「そう、なんだ」
……隠すのが下手だな。
なんとなく、彼女の様子から察する。こんな反応する奴は三年前にたくさんいた。だから見飽きたとも言えるし、ある種懐かしいと感じてしまうほどだった。
たぶん彼女は、知ってしまったのだ。
僕の過去を。――人殺しの異名を。
隠していない以上はどこから漏れる。人の噂なんてものはそういうものだし、僕はそれを止めようともしていない。調べようというならどうぞご自由に。
今更他人にどう言われたって構わない。そんな程度では壊れないほどに、嵐にさらされてきたのだから。
強くなった、のとは違うのだと思う。どちらかというと、感情の壊死。
絵を描くことやめてから非難にさらされるのも耐えられるようになったのだ。
良くも悪くも、絵を描くことが僕の存在を大きく揺るがす。だから、絵をやめた。
そうするのが一番楽だったから。
「何も描けなくなったから、な」
僕は自分の掌を見る。失われた右腕の握力と左目の視力。僕の世界から立体が消え、平面の世界になってしまった。
そんな僕に絵を描けというのはあまりにも死体に鞭打つ行為じゃないだろうか。
自分のための絵なんて、苦痛でしかない。
しかし、音無は簡単に僕を逃がしてくれない。
「じゃあ、どうしてあの絵は描けたの?」
あの絵とは舞台のイメージ絵のことだろう。
「……それは」
それは――何故なんだろう。
あの衝動。こみ上げてきたイメージ。
それは僕の中で生まれたものであるのに、決して僕のものではありえない。
音無の言葉がそのまま絵になったかのような、そんな感覚。
結局僕は休憩終了までにその答えを出すことはできなかった。




