5-2
翌日の教室。珍しく真っ直ぐに教室に向かうと、教室から一際大きな声が聞こえた。発声からして他の人とは違う。哀川の声だとすぐに分かった。「ほら、セリフ間違ってる!」だとか鬼指導をしている様子。
はて、彼女はここまで積極的に取り組んでいただろうか。確かに電話の時はやる気に満ち溢れていたが。
せっかく近所のスーパーでカステラどら焼きみたらし団子を買いだめしたのにも関わらず彼女は夕飯を食べに来ず結果妹が一人で完食してしまい、肥えてしまった妹の責任をどう取ってもらうかと考えながら、教室に入る。入室音が練習を妨げてしまったようで静けさとともに、注目を集めてしまう。
「あら、腑抜けさん。やっと来る気になったのかしら?」
開口一番、挑発的な哀川は相変わらずなご様子。しかし、クラスでそんなキャラだったか、こいつ。
「……なんだか元気だな」
「ええ、負けられないから」
何に勝つつもりなんだろう。
負けず嫌いなのは知っていたが、急にその心持ちが変わったということは他のクラスに喧嘩でも売られたのだろうか。うちに喧嘩を吹っかけるのは道明寺ぐらいだと思うが。
「ねえ、あんたは――――」
哀川は少し視線を逸らして俯き、何か言い淀む。その先をいくら待っても彼女の口からは何も出てこない。
「なんだよ」
「ううん、やっぱり今はいいわ。それより、このあたしがやる気出したからには、あんたも活入れてやりなさいよ。とりあえずは……王子の代役ね」
「はあ?!」
いきなり腕を引っ張られ、役者組の輪の中に取り込まれる。聞けば滝本は今日、練習試合らしく、遠征で来られないらしい。それはそれでいいのだが、どうして僕が王子をやることになるのやら。
哀川に予備の台本を押し付けられ、家臣やら王様やらに囲まれながら実に棒読みで僕は王子の役をやることになった。全員から「ダイコン」と不評を頂いたが、そのまま交代することもなく、練習は続いた。……なぜ?
いつもとは違う活気の中、遠くからじっとこちらを見る音無の姿が印象的だった。