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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
24/59

5-1

 夏休みも半分が過ぎてしまった。

 時間というものは平等に過ぎ去るものだというけれど、それを体感する人間が早いと感じればもうすでに時間は不平等でいいんじゃないだろうかと思う。時間の有意義さなんてものを説く気はさらさらないけれど、それでも密度の濃い時間というものはあっという間なものだ。

 例年に比べ怠惰な時間が少なく感じるのは、年齢のせいだろうか。

 こんなにもだらけているのに。

「のう、彩葉。今日も教室に行かないのかえ?」

 いつものように暑い屋上の上で寝転がっている僕の隣で、同じく横になっているのはいなりと名乗った妙な言葉遣いをする少女だった。

 幼い容姿で、可愛らしく頬杖を付きながらこちらを見るが、それを全力で無視する。一人になりたいのにどうしてこうなった。

 パーソナルスペースになっていたはずの真夏のその空間はいつの間にか彼女によって侵食されていた。どこから持ち出したのか、パラソルを開き、日光浴に明け暮れている。どうせなら水着にでもなってくれればいいのにとやましいことを考えたのは一度だけではないが、不意にそのことを進言したら水着は持っていないと言って下着姿になろうとしたので全力で止めた。防犯意識の薄い奴である。僕としても露出狂を製造する気はさらさらない。

「無視は悲しいぞえ?」

「一人にさせてくれよ」

「だったら自分の家にいればよかろう。ここにいる時点でお主が祭りに意識が向いてるの明白じゃ。なのに、どうして参加しない? ここでは準備しておらんじゃろうに」

「見透かした物言いだな」

「見透かしておるのじゃよ」

 ニカっと冗談めかしに笑う。純粋すぎるその笑顔を直視できず、目元を手の甲で隠し、視界を遮る。

「役に、立てないからな」

「劣等感か。いや――見たくないだけか」

 ……まいったな。本当に、見透かしている。

 こちらは彼女のことを何も知らないというのに、彼女には何もかも筒抜けのようだ。

「…………。お前こそ、いいのかよ」

「どうして儂が準備せねばならんのじゃ。見る専門じゃぞ?」

 不思議そうに首を傾げる。すると首筋に長い黒髪がかかる。それには絹を思わせる光沢があった。

「見たくなのなら、見なくても良い」

「……え?」

「聞きたくないのならば聞かなければよい。知りたくなければ知らなければよい。知らなければならぬ道理はどこにもないのじゃよ」

「人として駄目だろうそれは」

「そう思うのならやってみるといい」

 ぐうの音も出ない。話はとてもシンプルだ。だけど、僕は素直にそれを受け入れられない。

「かっかっか。少し意地悪じゃったかのう。儂がお主の目になってやろうか?」

 吸い込まれそうな瞳。キラキラと光るそれに映り込む僕は直視できないほどに濁って見えた。

「お前の目は僕には綺麗すぎるから、いい」

「くっくっく。いいのう、その反応。そうじゃな、見ないのもいい。じゃが、本当に大切なものを見落として後悔するのはお主じゃぞ」

 僕は半身を起こす。羽音が耳元で鳴る。蚊だ。しかし、それを煩わしく思う気力もなく、横目で炎天下でも元気な少女に視線を投げる。

「お前には、僕がどう見える?」

「幸せの鐘のお嬢」

「……なんだ、うちの演目知ってたのか。せめて王子ぐらいにはならないのか」

「だったら、なってみせい。それもまた一興じゃ」

 とまたカラカラ笑う。僕が姫。言い得て妙な表現だった。

 特に女装や性転換の願望の類はなかったけれど、誰かを助けに行くという柄でもないので合っているのかもしれない。

 だとすれば、王子様は誰なのか。自分を変えてくれるのは誰なのか。ああもう女々しい。僕は心中吐き捨てる。男がシンデレラシンドロームになってどうする。

 僕は頭を掻きむしりながら立ち上がった。

「……ったく、分かったよ、行けばいいんだろ」

 回りくどく行っているが要は、参加して来いということなんだろう。

「土産よろしくのー」

 ブカブカの制服をブンブンと腕を振って見送られた僕は憩いの場であったはずの屋上を追い出された。

「……あいつ、ずっといるつもりか」

 普通に見送られてきたが。土産を待つなんていうと、彼女がずっとあそこで留守番することにを意味するはず。僕がすぐに引き返すとでも思っているのだろうか。間違っていない。

 こんな気温の中で少女を一人屋上において行くのは気が引けたけれど、熱中症になるほど自分管理ができない奴でもなさそうだ。この間なんか、自分の分だけアイス用意して見せつけてきたし。

「あ、哀川……」

 屋上から階段を下りていく途中、ずんずんと力強い足取りで階段を下りていく哀川の姿が見えた。声をかけようとしたが、振り返りもせずに行ってしまう。なんだか怒った様子だったが、学校であんなに感情を顕にするとは珍しい。……教室の方から来たか。

 彼女が教室で問題を起こしてないといいけど。問題を起こされると実行委員が何かと仲介に回らないといけなくなるのだ。すでに準備に参加していない以上、実行員の責任を放棄しているようなものだけど。

 当初の目的通りそのまま教室へ行こうかと考えたが、なぜか哀川の様子が気になり、その後を追った。言い逃れができないストーキングだ。

 アイドルだとストーカーなんかに迷惑かけられているのかなあとぼんやり考えるも、あいつならストーカーぐらい腕力で撃退するなと勝手な感想を抱く。毎日我が儘を言われ、受け入れないと殴られる僕が言うのだ、間違いない。

 哀川が向かった先は階段を下りた先にある災害用の出入り口。さらにその先にある焼却炉だった。今では使用されておらず、隣にゴミ捨て場が設置されているだけとなっていた。アイドル様がゴミ捨て場に何の用だろうとしばらく遠目で伺っていると、携帯電話を取り出した。確かにここはあまり人が寄り付かないので電話に適した場所だとは思うが。

「あ、マネージャー?」

 どうやら相手はビジネスパートナーらしい。アイドルの電話と表現すると興味が沸くが、電話の内容まで聞くのは悪趣味すぎると思い、盗み聞きとストーキングの間にどっちもどっちな境界を作った僕は、その場を後にする。

 しかし、その後の「やっぱ、マネージャーの言う通り懸命にあたし学生するわ」という意味深な発言に足を止めた。

 僕は息を殺し、掻き乱されている、早口な彼女の感情に耳を傾ける。


「今月の仕事だけど、昼の奴は全部キャンセル。夜に回して頂戴。あ、今度のライブ関係以外ね。できない? そんなわけないでしょ。ほとんどバラエティなんだから他の子に回したら? 社会的責任? あたしがでなくて誰かが死ぬの? 安心して、その責任はちゃんと取る。干される? はン、あたしを舐めんじゃないわよ。大体活動の大半は夜に回してって言ったでしょ? なんなら来月休日返上で働くわよ。お願い、……お願いします。……ありがとう。でも急に何で? ……そりゃあ、あたしだって学生だし……やりたいことあんのよ。……ううん、やらなくちゃいけないこと。――負けられないこと。青春って……ち、違うわよっ! 図星? うっさい、もう切るわよっ!」


 ………………。

 その後、僕は自販機へ向かい珈琲を購入し、誰の目にもつかない階段下のスペースの壁にもたれながら缶に口をつける。その時になって、自分の口元が緩みっぱなしになっているころに気づいた。何が嬉しいんだ、僕は。

 にやけながら一人珈琲を啜る図というのは傍から見れば危ないものそのものだ。しかし、僕は堪えきれなかった。

 彼女に何があったのかは知らない。だがタダ飯を食いに来ている時から、彼女が普段から葵祭に対してどんな思いを抱いているかはなんとなく察していた。

 経緯不明だが、あれだけ口では馬鹿にしていた葵祭に本腰を入れて参加する決意をしたのだ。アイドル、という自らの夢の舞台に立っている彼女が、その道を疎かにしてまで臨もうという、”ただの”葵祭。

 何も感じないでいろという方が難しいというものだ。

「甘い物、好きなんだよな」

 何か菓子でも買っておこう。ふとそう思った。別に深い意味はないが、たまにはご機嫌取りもいいだろう。

 妹と、それと哀川にも。


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