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青春画廊のお姫様!  作者: えつを。
2/59

1-2

 葵祭。

 それはこの街最大の祭事である。

 昔は何か理由があったのだろうが、今ではすっかりそれも忘れ去られ、ただただ屋台を出すだけの行事となった。

 毎年秋口に行われるこの地域で、その中心にあるのが我が学校である。

生徒が自主的に活動し、自分たちで描いた物語に生徒が今までの人生で培ってきた能力をぶつけ演じ、仲間と心を一つにして行うという伝統を持った由緒正しくもきらびやかな誇り高い行事……だそうだ。校長曰く。

 要約すれば、学園祭と簡単に表されてしまうのだが。

 少し変わっているとすれば全クラスの出し物が演劇、ミュージカルの類であることだろう。来校者にアンケートを取り、学年ごとに順位まで定められているという競争精神が染み付いた制度まであった。この学校の魅力というか、それしかないというかこの葵祭をやりたいがゆえに我が校に入学してくる奇異で奇特な新入生が例年後を立たない。

 しかもこの葵祭、準備を夏休み全てかけて行うのである。

 こちらとしては夏休みにどんなに思い入れがなくともこの学校に葵祭目的でやってくる熱血青春野郎に振り回されるのは御免である。何が悲しくて毎日のように学校に召喚されなければならないのか。

僕のようなやる気のない人間がいる一方で、部活動ある人間はそちらを優先し、しかしこの葵祭には手を抜かないというど根性の持ち主も多々いるというから驚きである。

 それゆえに部活に入っていないにも関わらず、葵祭に参加しない人間なんているはずがないという謎のプレッシャーが存在する。

 この後の生活でそんな圧迫した生活を強いられるのは嫌だったので、去年は無難に小道具をちまちま作っていた。劇で全く使わないようなオブジェばかりだけど。

 それで、だ。

「その葵祭を取りまとめる委員長ねえ」

 僕はざわついているクラスの中、頬杖を付きながらぼんやり黒板見た。

 そこにはチョークで書いたとは思えない綺麗な字で「葵祭実行委員選出議事録」と仰々しく書いてある。しかしその候補者の名前は空白だった。

 クラス委員も押し付け合うクラスを取り纏めるのに苦労したのか、普段笑顔を絶やさない上品な物腰の美人委員長(他称)の眉も八の字だった。

「なあ、今年何やるんだろうな? 彩葉、何かやりたいことあんの?」

「プラネタリウム」

「演劇じゃねえし……。寝たいだけだろう、お前」

「お前が聞いてきたんだろ。強いて言えば知らんし興味もない」

 呆れた調子の前の席で逆向きに跨ぐように椅子に座っているのは、滝本だった。

 身長は高く、短髪に清潔感持って切りそろえている。腕まくりをした腕は筋肉質で、全体として細身。人当たりのいい笑顔に対し、僕は仏頂面。別に怒っているわけではない。

 先日の球技大会でもバスケ部員として相応の活躍をしたらしく、最近妙に機嫌がいい。球技大会が終わってから三日もたったというのに。さっきはテスト返却で急にテンションを下げたが、もう復帰した。前向きな奴である。

 テスト返却後のホームルーム。その時間を生徒に丸投げした担任は早々に職員室に戻ってしまい、タガが外れたクラスメイトは騒がしく、話し合いという名のただの雑談会の真っ最中だった。

「浮かれているところ悪いが、進行のための委員が決まってないんだぞ? 題目を気にしてる場合か」

「彩葉がやればいいじゃねえか。帰宅部のエース」

「自分が面倒だからって押し付けるのやめい」

 開始から十分。誰も立候補が挙がらない。葵祭に対し積極的なのはいいが結局のところみんなは騒ぎたいだけなのだ。葵祭という熱に浮かされて集団としての統制はいつも以上になくなる。加熱して跳ね回るポップコーンを素手で掴みたいと思う奴はいないだろう。去年も酷いものだった。意見相違による喧嘩ならいい。ただ祭りに毎回私情を持ち出し、掻き回す輩が必ずいるのだ。なんと面倒なことか。去年は恋愛のもつれによって周囲を巻き込み、劇一つ台無しにしてしまったクラスもあった。

「どうせ委員長が兼務するだろ」

 困った様子でただ立つ人の良い委員長に目をやる。クラス委員長。誰に対してもいつも敬語で礼儀正しく和風美人の彼女も困り果てすっかり元気がない。

「つっても、男女一人ずつの選出だろ? クラス委員は一人だけどよ」

「あの委員長ならホイホイついていく奴もいるだろうさ」

「そこでどうしてこっち見るんだよ?」

「別に」

 彼が裏で学年女子美人度格付けを勝手に行って僕に聞かせていたことなどあえて引き合いに出す必要もないだろう。ちなみにクラス委員長は五本の指に入っていた。

 滝本は手持ち無沙汰になったのか、携帯を取り出しいじり始めた。僕はその指先をぼんやり見る。そして滝本が突然ニヤニヤし始めた。思い出し笑いにしてもそうだが、他人の対象物不明のニヤケ顔を見るのは正直気味が悪い。

 何を見てるのかと覗き込んでみると、そこにあったのはアイドルのライブ映像だった。最近テレビによく出る少女だ。名前はなんだったか。命名した人間の頭はお花畑で少女漫画でも読みながらつけたような名前だった気がするのだが。

 滝本尋ねようかと思ったが、彼に聞けば無駄に熱を上げるのは自明だったので、やめておいた。彼女の源氏名を知ったところですぐに忘れる。

「そういや最近また哀川さん来ないな。期末はどうしてるんだ?」

「追試だろ、知らんけど」

 滝本は唐突に自分が座っている席の本来の主の名前を告げながら椅子を撫でる。その口元は緩みきっている。それもそのはずだ。学年女子美人格付けの一位はその席なんだから。まさか、美少女の席に座ることで興奮するような特殊性癖を持っているとは思いたくはないけど。

 座る変態卿こと滝本はニヤケた顔で動画の視聴に戻る。こいつもこいつで葵祭は楽しみたいが面倒は避けたいらしい。部活があるから、というのもあるのだろう。

「――やってくれるんですか?!」

 突然のクラス委員の弾んだ声に、クラスは静粛を促された。大声でも通らないであろうざわついた教室が嘘のように彼女の笑顔に吸い寄せられる。彼女の魅力的な笑顔の要因は何か。皆が皆気になったのだろう。自然、クラスの視線の先はクラス委員のものと重なる。その先は一番廊下側の列の後方だった。

 そこにいたのは遠目でも分かるほどの顔を真っ赤にしながら俯き、控えめに手を挙げている一人のヘッドホン少女。

「あ、……あ、の……私、……や、やります……」

 あの音無だった。

 彼女は視線を恐れながらも立ち上がり、挙げ続けている手をとは逆の手を心臓の鼓動を抑えるかのように胸に引き寄せている。その手は何か決意にでもあるかのようにきゅっと握り拳を作っていた。

「本当っ?! 有姫ちゃん、ありがとうございます!」

 クラス委員の花が咲くような笑顔とは対象的に周りはどことなく不安げな顔をする。そんな表情をするくらいなら自分がやれという話だ。僕はといえば、あいつの名前そんなのだったのだかと思うばかりだった。

「これで、女子の方は決まったんですけど……。男子の立候補は……いないですよね……」

 クラス全体がお前やれよという押しつける視線が飛び交う。クラス委員ならともかく、という空気が漂っているのが手に取るように分かる。それは音無が悪名高い性格の悪さをしているとかそういうわけではない。どちらかといえば無害な部類のはずだ。しかし無害であるがゆえに、彼女の相方は荷が重いと容易に想像がつく。前で滝本も「どうして兼務しないんだよ……」と本気で悔しがっていた。

 クラス委員は野郎どもの反応がないことに眉をひそめる。優等生の彼女とて心苦しいものがあるのか、言いにくそうに音無に言った。

「ううん、気は進まないんですが、音無さん、やりやすい相手とかいますか? 決まりではないんですけど、その人にお願いしてみたいかなあって思うんですが」

 それはほとんど確定だろうと内心舌打ちする。彼女のお願いはこのクラスの総意に等しい。その決定権を音無に委ねるということは相方に対する罪悪感を彼女に押し付けることになる。クラス委員自身、そのことを自覚していないのがまた問題だ。

 そもそも自己主張の少なそうな音無が誰かを指名できるはずがない。音無が立候補したことで議論が進むどころか停滞してしまった。

 しかし僕の予想は裏切られ、音無は動いた。

「……じゃ、……じゃあ……っ」

 気弱でところどころかすれた声。俯きながら頬を顔真っ赤にして、怖がるように人差し指を向けた。その指先から光線でも出ているかのように人が避けていく。人が捌けてもその指は揺れない。控えめではあるがその指は確かに、こちらを向いていた。

 頬杖をついて他人事として達観していた僕は一瞬それが何を示しているのか分からずに瞬きを数度繰り返す。恐る恐る自分を指さす。

「……僕?」

 音無がこくりと頷く。同時にクラス中から忌々しいぐらいに強制力を持った盛大な拍手が教室に響いた。断れるはずがなかった。

 不詳私事、霧隠彩葉。

 葵祭実行委員、就任。

 どうやら僕の心にもない祈りは届かなかったみたいだった。

 ……面倒だ。


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