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集合の一時間前に教室に到着して真っ先に見つけたのは一人で机を凝視している音無だった。
まだ夏休みも始まったばかり。まだ葵祭以上に部活の方が活発な時期であるということもあり、クラスの半分も集めることはできなかった。
そんな中、音無は僕が教室に入ってきたことにも気づかずにじっと何かを見ている。トレードマークのヘッドホンもつけていないのに、戸の音でも気づかないか。
「音無」
呼ぶが、反応はない。
別段驚かすつもりもなく、教卓の前で突っ立っている音無の背後に立つ。無用心だな、と思いつつ、何を見ているのやらと肩ごしに覗き込む。
「…………っ」
絵。
それも僕が昨日描いていた絵だった。なくなったと思っていたのに。どうして、ここに。
僕はその絵に思わず手が伸びる。後ろから伸びた手にさすがに気づいたらしい音無はビクリと体を跳ねさせる。「彩葉くん……っ?」そして教卓に体を見事にぶつけ、逃げ場を失う。追い詰めるつもりは毛頭なかったのだが。
僕は手にとった紙をじっと見る。改めて見てもやっぱり酷い。音無はこれを見て、固まっていたのか。あまりにも下手で驚愕していたのだろうか。
「そ、それって、彩葉くんが……?」
僕の登場に心底驚いているらしい彼女の言葉にこれが偶然にどこかの誰かが描いたものでないと判断。いや、ありえないけど。僕が描いたこと知らせて置いていった人間。そんなのは一人しかいない。
「哀川か、これ」
「……うん。朝来てこれだけ置いて言っちゃった……」
あいつ。思わず舌打ち。僕が露骨に感情を表に出すとは思わなかったのか、音無が肩を縮こまらせる。そして、「ご、ごめん」となぜか彼女が謝る。
そして指を絡ませ、俯いてしまう。前髪の向こうで視線が右往左往する。
「あ、あの、それ使っちゃダメかな……? 今回の舞台のイメージに。そうだよね? これ」
やっと出たその言葉に僕は目を見開く。
「こんなんでいいのか」
音無は背伸びをして、僕の手から紙を取る。そして守るように僕から身を引く。
「これがいいの」
「…………。好きにしてくれ」
決して納得のできる絵ではなかったが、強く否定する理由も僕にはなかった。ただの落書き。燃えるゴミに出す以上に価値のないそれが誰の手に渡ろうと、どうでもいいことだった。
しかし落書きでしかないそれを音無は嬉しそうに眺める。
「音無」
「ん? な、なにかな」
「今、楽しいか」
「うん」
喜んでくれる彼女の笑顔を見ても、僕はその絵を描いて良かったとは思えない。
その落書きを否定する理由がなかった。
ただ、それだけ。




