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それは遠い昔のこと。
とある国にお姫様がいました。それはもう可愛らしく、国中から愛されていました。
お姫様は歌が上手でした。
天使の鐘のように綺麗な幸せを呼ぶ歌を持っていました。
その歌で作物はみるみるうちに育ち、動物たちは惹かれてやってくる。
お姫様の歌の前で欲しいものを願えばなんだって手に入ることができました。
幼かった彼女は始めは楽しく歌っていました。
だけれども、次第にそれは変わっていきます。
――私のために歌っておくれ。
そんな言葉がお姫様にかけられるようになりました。
かつては優しく頭を撫でてくれた大好きな人たちは、お姫様に跪くようになったのです。
国民も、家臣も、王妃様も、王様も。
みんな、みんな、お姫様の歌だけを見るようになりました。
お姫様はそんな声が、嫌になりました。
だから、音を捨てました。
その日からお姫様の世界から音が消えました。誰の声も聞こえず、誰にも声が届きません。
音を捨てたお姫様は、幸せな歌も歌えなくなりました。
国民はそんなお姫様のことを次第に必要としなくなりました。力のないお姫様はただの女の子に過ぎないからです。否定されることが嫌だったのではありません。必要とされていたのがお姫様ではなく、力だったことが悲しかったのです。
音の聞こえないお姫様は、段々見るのも嫌になりました。
だから、色を捨てました。
今度はお姫様の見る世界は色がなくなりました。どんなものも面白くなく、触れることを恐れるようになりました。ずっと笑っていた彼女は周りから一歩引くようになりました。モノクロの世界に彼女は触れることを恐れたのです。
そんな彼女を可哀想に思った王様はお姫様に好きなものを与えてやります。綺麗な服、おいしいお菓子、一生かけても読みきれないほどの本。それは他の人が羨むほどです。
しかし、王様は一緒に過ごす時間だけはお姫様にあげませんでした。
かつては、一人の女の子として愛してくれたのに。
たった一瞬だけ、幸せを運び、そしてそうでなくなってしまったその瞬間、愛がどこかへ消えてしまったのです。
そうして、愛のないきらびやかな毎日を送るり、何年も経過した、そんなある日のこと。
毎日のように王様がお姫様のために開いていた舞踏会に、隣国から王子様がやってきました。
彼は勇敢で優しく、誰からも愛される人でした。お姫様ととは比べものになりません。
しかし彼は、優しいがゆえにお姫様を愛するようになりました。可哀想に思ったのでしょうか。誰にも分かりません。
しかし、求婚されたお姫様は頑なに拒みます。
王子様の言葉には音がなく、とても信じられなかったのです。
昔のみんなのように、いつか私を必要としなくなる。そんな冷たい氷に彼女の心は包まれていたのです。
私には音がありません。――ぼくはあなたが聞ける音を奏でましょう。
私には色がありません。――ぼくがあなたに見える色を塗りましょう。
言葉という音を、色を、世界を、あなたに届けましょう。
お姫様は見てみたいと思いました。裏切られるかもしれない。それでも一度だけ信じてみようと思いました。
そうして二人は言葉の世界に逃げ出しました。
嫌いになったその世界から、王子様に手を引かれて。
お姫様が振り返ることはありません。
二人はどこに向かったのでしょうか。
きっと、二人は愛という言葉で世界に音を奏で、色を塗っているのでしょう。
その後の二人を知る人は、誰一人いませんでした。