〈 意味のないこと。〉
まるで薬漬けの毎日だ、と僕は思う。
世界からみるとそれはそれは小さな町の中にある、人知れず存在する小さな病院の中のとある小さな小さな部屋で、僕は生を与えられていた。その世界のほんのわずかな空間でしか僕は存在できない。
技術による希望を与えるプログラムは日夜起動し僕の為だけにその役割を果たしてくれている。
絶えず体内を流れる紅い液体はそのほとんどがプログラムによるものであり、まるで僕が僕じゃないみたいに思える。
いつしかこの世界が白いキャンパスみたいだと思えるようになった。何も描かれることのないただ白く美しい世界。しかしそれは必要のない、意味のない世界。
彼女は目を細め、微笑みをこちらに向ける。それでも良いじゃありませんか、と言うのが彼女の癖であった。
「意味や理由など、本当はいらないんです。ただ流れゆく日々の中できちんと存在さえしていればいいんです。それ以上を証明しようとするのは、意味のないことだと思いませんか?」
僕はそのとき彼女に「わからない」と言った。確かに存在する以上に意味や理由を問われても生きることに差し控えはないのかもしれない。それならば存在しないものに対しては意味や理由はいるのか。僕はいらないと考えている。
存在してもしなくても、たったひとつ世界にとっては小さな事でありるが故に地球が回り続けるという事実も、価値観も何ひとつ変わりはしないのだ。周囲には多少影響のあることかもしれないがその程度で、地球の裏側の人は気にかけることもない。
わかっている、僕は小さな存在だ、もうこれ以上惨めな存在にはなりたくなかった。
ある日、静かな風の吹く夜のことであった。とある人が僕の元へやってきて、1人の女性の死を告げた。僕は当然のことながら始め何の話かわからなかったけれど、停止していた脳は急に回転速度を上げてありふれた日常の中にある、たった1つの本当にようやくたどり着いた。僕に話をしてくれた彼女が、その女性である。
その日から、僕の日々は意味のあるものへと変わっていったような気がする。彼女が存在していたキャンパスは色鮮やかな絵の具が朽ち果て、物悲しいものへと変わっていく。 僕の世界に対する価値観変わった瞬間であったのだ。
プログラムされた技術が死んでまえば、プログラムされていた物も消滅してしまう。プログラムするという意味や理由がなくなればそれと同時に存在する事もできなくなる。
ある晴れた日、僕のキャンパスに色鮮やかな花束が描かれた。その世界はただ白く美しく色鮮やであり、どことなく寂しいものであった。僕はそんな世界に向かって呟く、さよならと。
存在するという以外に意味や理由などいらないのだと誰かが言ったけど、存在しなくても意味や理由がいらないことには変わりがない。
とある小さな空間で、僕がプログラムを停止させるとキャンパスに描かれた色もまた、枯れていった。
たった1人の女性の死が与えた存在という価値観はとても大きい。